誰も責任を問われない、要介護老人置き去り事件

 無届け居住施設で置き去り事件発生(2008年5月15日)の続報。毎日新聞ニッポン密着:無届け老人ホーム ずさん経営「夜逃げ」 高齢者置き去りより。

ニッポン密着:無届け老人ホーム ずさん経営「夜逃げ」 高齢者置き去り


 福島県は5月、いわき市の有料老人ホーム「シルバーレジデンス」の運営会社に改善措置命令を出した。無届けで、経営陣が入所者を置き去りにするなどずさんな運営だった。その実情からは、高齢者福祉が抱えるあやうさが垣間見えた。


 発覚のきっかけは、電気料金滞納だった。


 JRいわき駅から徒歩5分の3階建てビルを東北電力社員が訪ねたのは昨年9月26日。「ディサービス南町」の看板がかかる玄関から中を呼ぶと、2階から現れた男性が言った。「電気を止めないでほしい。生命維持装置を付けた人がいる」。そこにいたのは、身寄りのない66〜91歳の男性1人、女性5人。要介護度は3〜5で、歩くのもままならなかった。


 運営会社は市内の「有限会社ワールドアシスタンス」。06年7月、かつてビジネスホテルだった築25年のビルを月130万円の家賃で借りた。


 1階はデイサービスセンター、2階が「老人ホーム」、3階が会社事務所として使われていた。


 エレベーターはなく、荷物搬入用に車庫を改造して取り付けた工事用昇降機が、車椅子の入所者の移動にも使われた。ヘルパーらが詰めていたが、部屋にナースコールはなく、夜間はドアが開け放たれていた。


 家賃も払われなかった。経営陣が入所者を残していなくなった9月14日時点で滞納は約1800万円。事務所には、ジャージーや靴下が脱ぎ捨てられ、ゴルフボールや書類が散乱していた。夜逃げを思わせた。


 その日から、東北電力社員が訪れるまで12日間。かつて勤務していたホームヘルパーらが交代で面倒を見ていたことで、幸いに入所者は事なきを得た。


     ■


 ワールド社は04年4月、市内で病院を経営する院長(51)が、訪問介護などの居宅サービスを目的とする「メディカルサービス法人」として設立した。当初、別の場所に木造平屋の「宅老所」を開き、病院の患者で身寄りのない人たちを住まわせたが、老人福祉法改正で、有料老人ホームの届け出が必要になったため、旧ビジネスホテルを利用することにした。


 入所者には、2階の部屋を「賃貸アパート」として住民登録させた。家賃は生活保護受給者が月3万円、最高でも6万円。元社員は「1カ所に抱え込めば介護報酬も医療費も稼げるから、一石二鳥」と解説する。


 入居者の要介護度は平均4。1人当たりが利用できる介護保険サービスの限度額は毎月30万6000円(自己負担1割)で、身寄りのない人を礼金・敷金なしで入居させても元は取れる。生活保護者の場合は、医療費が公費で負担される「上客」。ワ社に支払われる介護報酬は一時、月500万円にも上ったという。


 だが、院長が昨春ごろから、「サービスが劣悪になった」として、施設を利用していた患者を引き揚げ始めた。最大約20人いた入居者は激減、ワ社は従業員の給料も支払えなくなった。本当の理由は双方の言い分が食い違い、やぶの中だ。


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 ワールド社の実質経営者は取締役(59)だった。主に80〜90年代、新潟市の弁天橋病院(当時)など経営難の病院乗っ取りを繰り返し、その過程で中心人物らが刑事責任も問われた「新田グループ」との関係を認める。「頼まれて病院の経理を調べたが、犯罪には関与していない」。院長との関係は10年以上前、「病院経営のことで相談を受けて縁ができた」という。


 「法律(老人福祉法)が変わったから、老人ホームでなくアパートにした。届け出は必要ない。行き場のない人を低家賃で入れた。それが問題なら、なぜ罰せられなかったのですか」


 「医療介護経営アドバイザー」の名刺を持つ取締役は、法律を知り尽くしている。福島県の中井重幸・高齢福祉課長の言葉が、それを裏付ける。「県は有料老人ホームだと認定して調査に入ったが、その届け出がない以上、相手が『老人ホームではない』と主張すれば、裁判で争ってみないと分からない。それでも今回何もしないと、行政の不作為になってしまう」


 置き去りにされた6人は別の施設に移ったが、当時、県の担当者に「身寄りのない者を預かってもらい、ありがたかった」などと、感謝の気持ちを示したという。結局、誰も責任を問われることはなく、老人ホームは既に閉鎖され、ビルは今、競売にかけられている。


 厚生労働省の集計では昨年7月現在、31都府県で501の無届け有料老人ホームが確認されている。【沢田石洋史、立上修】


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 ■ことば


 ◇老人福祉法と有料老人ホーム
 06年4月に老人福祉法が改正され、有料老人ホームは1人でも入居者がいれば都道府県への届け出が義務づけられた。従来は10人以上だった。入所者に(1)食事の提供(2)介護の提供(3)洗濯、掃除などの家事(4)健康管理のいずれかのサービスを提供する施設を指し、07年7月現在、全国に2846施設あり、法改正前(05年7月)の1418施設から倍増した。

毎日新聞 2008年8月31日 東京朝刊


 世間から忘れ去られた要介護老人置き去り事件の後追い調査をした毎日新聞記者にまず敬意を表する。「誰も責任を問われることはなく」という記載にやり場のない怒りを覚える。
 本件は、介護事業者による虐待事例である。市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援についてには、高齢者虐待防止法に基づく虐待の定義を次のように記載している。

  • 身体的虐待:高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴力を加えること。
  • 介護・世話の放棄・放任:高齢者を衰弱させるような著しい減食、長時間の放置、養護者以外の同居人による虐待行為の放置など、養護を著しく怠ること。
  • 心理的虐待:高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
  • 性的虐待:高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること。
  • 経済的虐待:養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること。


 家族(養護者)だけではなく、養介護施設従事者等も、高齢者虐待防止法の対象となる。「有限会社ワールドアシスタンス」は単なる賃貸アパートの経営者ではない。居宅支援事業者(ケアマネージャー)が介護保険サービスを調整し、自らの介護サービス事業所の利益を追求していた。この居宅支援事業者(ケアマネージャー)も高齢者虐待防止法による規制を受ける対象である。本事例のような「介護・世話の放棄・放任」が大手の優良老人ホームで行われたなら、コムスン事件と同様に社会的制裁を受け、介護事業からの撤退を余儀なくされたことは間違いない。


 おそらく、「医療介護経営アドバイザー」の肩書きをもつワールドアシスタンス社の実質的な経営者は、高齢者虐待法について百も承知なのだろう。法律の網をくぐり、介護事業で営利をむさぼろうとしている人間たちの姿に嫌悪感を感じて仕方がない。