「脳卒中患者の行き場がない」

 問題の本質を適切にとらえた記事が配信された。CBニュース、「脳卒中患者の行き場がない」より。

脳卒中患者の行き場がない」


【特集・第5回】 2008年度診療報酬改定(5)
埼玉みさと総合リハビリテーション病院院長・黒木副武(そえむ)さん


 急性期病院で治療を終えた後、身体の機能を回復するために行うリハビリテーションについて2008年度診療報酬改定では、疾患別リハビリテーション料の逓減(ていげん)制廃止や早期リハビリの加算、回復期リハビリテーション病棟入院料への「成果主義」の導入など重要な変更があった。今回の改定について、リハビリの専門病院はどのように見ているのだろうか。埼玉みさと総合リハビリテーション病院(埼玉県三郷市、175床)は脳血管疾患を中心としたリハビリテーションの専門病院で、120床の回復期病棟と55床の障害者病棟を持つ。急性期病院との地域連携クリティカルパスを昨年から試行的に導入し、急性期からの患者の受け入れに迅速に対応。脳血管疾患・頭部外傷などのリハビリに特化し、中でも嚥下(えんげ)障害・失語症高次脳機能障害訓練に注力している。今回の改定の影響について、同院の院長・黒木副武さんに話を聞いた。(新井裕充)


−−今回の改定で、リハビリの日数が伸びると診療報酬が下がる「逓減制」が廃止されました。
 疾患別リハビリテーション料の逓減制は、外来のリハビリを創設した分の財源を生み出すために昨年4月にいきなり導入されました。リハビリに掛かるトータルの医療費を調整する目的で導入されたわけですが、逓減制への反対があまりにも多いので廃止したのです。もともとおかしな制度ですから逓減制の廃止それ自体は良いですが、点数が下げられて一本化されたのでは意味がありません。今回、逓減制の廃止によってリハビリの収入は当然下がります。例えば、脳血管疾患等リハビリテーション料(I)を見ますと、改定前は治療開始日から起算して140日までが1単位250点、それを過ぎると210点でしたが、今回の改定で一律235点になりました。「逓減制の廃止」と聞けば、あしき制度を改善したように思えますが、逓減制の廃止に乗じてリハビリテーションの点数を削減して、さらに医療費を減らそうとしているのです。


−−しかし、厚生労働省は減らした分の財源を早期のリハビリに加算すると説明しています。
 新設された早期のリハビリへの加算は、手術した日などから起算して30日以内にリハビリを実施した場合です。しかし、急性期病院での治療を終えて回復期の病院に転院するのは30日を過ぎた場合が多いのです。従って、早期リハは急性期の病院にとってはプラス要因になりますが、回復期リハの病院にとっては「あまり使えない」という加算です。ただ、手術した直後は大したリハビリはできませんから、急性期の病院にとってもメリットは大きくありません。確かに、「脳卒中の患者を早期に回復させるために早期リハに加算する」と言えば、いかにも良い医療政策であるかのように聞こえます。しかし、回復期のリハビリを集中的に実施する回復期リハ病院は早期加算がほとんど取れませんから、早期加算に多くのお金が投じられるわけではないのです。救急や小児医療の加算でも同じようなことが言えます。トータルの医療費の中で救急や小児医療に掛かるお金はほんの一部にすぎません。ちょっとだけお金を入れて、いかにも良い政策をしたかのように見せるのは厚労省がよく使う手法です。逆に、病棟などにおける早期歩行やADLなどの自立を目的に、訓練室以外での訓練を評価した「ADL加算」は全廃したため、回復期病院としては大きな打撃となっています。


■ 重度の脳卒中患者の行き場がない
−−脳卒中の後遺症がある患者を「特殊疾患病棟」や「障害者病棟」から除くという改定はどうでしょうか。厚労省は「本来の役割に戻す」と説明しています。
 これは大きな問題です。現在、特殊疾患病棟と障害者病棟には脳卒中の患者がたくさん入院しています。当院の障害者病棟も7割以上が脳卒中の患者です。障害者病棟の対象患者は「重度の肢体不自由児(者)」となっていましたので、重度の脳卒中患者は当然に想定していると読めます。厚労省は、障害者病棟に脳卒中の患者が多くなったので減らそうと考えたのでしょう。しかし、重度の脳卒中患者は回復期リハの病院には入れませんから、リハビリをする場所がなくなります。


−−重度の脳卒中患者が回復期リハの病院に入れないのはなぜでしょうか。
 脳卒中の患者が急性期の病院から回復期の病院に転院するためには、発症日などから起算して2か月以内でなければならないという転院基準(厚労省告示)があるからです。しかし、本当に重い患者は急性期の病院から2か月以内に転院できません。リハビリをするためには、全身状態が回復してリハビリに耐えられる程度の体力が必要です。ところが、脳卒中で肺炎を併発して人工呼吸器がつながっていたり、そのために重度になって意識レベルが非常に悪かったりするような場合、あっという間に2か月が過ぎてしまいます。その後、肺炎が治ってリハビリしようと思っても、2か月の制限に引っ掛かって回復期リハの病院には転院できません。そのため、障害者病棟に移ってリハビリをするのです。しかし、障害者病棟から脳卒中の患者が除かれてしまうと、急性期病院から障害者病棟への道が完全に閉ざされてしまいます。回復期にも行けないので、行き場がないわけです。今回の改定に対しては、既に大きな反対運動が起きています。急性期病院にとっても大きな影響がありますし、大変な問題です。


−−、厚労省は「脳卒中の患者を障害者病棟から療養病棟に戻したい」.と言っています。
 医療型の療養病床がある病院が受け入れればいいですが、難しいでしょう。脳卒中の後遺症患者が慢性期病院に転院する場合、最も点数が低いベッドになりますので積極的に受け入れることはしません。たとえ、受け入れてくれたとしても回復期リハの病院で行うような専門的なリハビリ体制がないことが多いので、リハビリをせずにそのまま寝たきりになってしまうでしょう。在宅復帰なんて、到底できません。厚労省は療養病床を削減しようとしていますが、療養病床の転換も進んでいないと聞きますし、退院後の受け皿も未整備のようです。慢性期病院の側で退院が進まずに出口がふさがっている状態なのに、出口を整備しないまま障害者病棟から送り込もうとしています。かなり難しいと思います。


−−これは大変な問題ですね。中医協の委員は知っているのでしょうか。
 恐らく分からないでしょう。よくよく考えれば問題点が見えてくるのですが、私たちのようにリハビリを専門にしている者でも、中医協の会議でいきなり資料を見せられて「こういう方針にします」と言われたら、すぐに問題点を発見できませんし、その場で理論的に反論することは難しいかもしれません。しかし、厚労省は絶対に知っているはずです。あまりにもひどい改定ですので、私は半年後に延長する方向での見直しがあって、その後、中止になるのではないかとも思っています。先日、あるリハビリテーション病院の医師が、国を相手取って行政訴訟を起こしているほどです。


■ 患者選別をするのは明らか
−−今回、リハビリ病棟の入院料に「質の評価」が導入されました。
 良さそうに見えますが、問題があります。「きちんとリハビリをやって回復させたのだから、点数を高くするのは当たり前だ」と普通は考えるでしょう。しかし、リハビリ病院にはいろいろな病院があります。例えば、田舎ではリハビリのスタッフを十分に確保できない病院もあります。高齢者もいてリハビリのニーズがある地域なのに、点数が低くて採算に合わなければリハビリをやらなくなる可能性があります。リハビリの施設を造るには一定の投資が必要ですから、スタッフが集まりにくい地方では新規参入を控える動きも出てくるでしょう。スタッフがいて施設も整っているところで、きちんとしたリハビリをするのが「質が良い」ということでしょうから、良い方の点数を上げるだけなら分かります。しかし、基準を満たせない方の点数を下げますので、高い点数が取れない地方のリハビリ病院がどうなるのか心配です。


−−確かに、「回復度合い」の基準は問題です。では、「重症患者15%」、「居宅等復帰率60%」という基準はどうでしょうか。
 15%と60%という数値はそれぞれ、調査の平均値で決めたのでしょう。しかし、1種類の組み合わせしかないことが問題です。例えば、重症患者の受け入れが30%なら在宅復帰率は40%にするなど、段階を付けなればおかしい。当院は重症患者の受け入れを制限していませんから、重症患者は現在50%以上、在宅復帰率は80%以上あります。重症の患者を多く受け入れながら、高い在宅復帰率を維持するためにかなりの努力をしています。今後、現在の在宅復帰率(80%)を維持することが難しくなれば、重症患者の受け入れを制限する方針に変更するのは当然でしょう。


−−重症患者を50%も受け入れていながら、在宅復帰率をクリアできずに点数が下がったら苦労が報われません。
 そうです。重症患者の受け入れが15%でよいのであれば、15%に合わせる可能性があります。これは救急の病院でも同じようなことが言えます。もし、「死亡率が高いから点数を下げます」と言われたらどうするでしょう。当然、重い病気の患者を制限します。人を配置して設備も整え、重症患者を一生懸命に受け入れれば受け入れるほど、死亡率が高くなるのです。リハビリの「成果主義」も同じことで、重症患者の受け入れを一生懸命やっている病院が報われない可能性がありますので、重症患者の受け入れを制限していくでしょう。


−−脳卒中の重度の患者は障害者病棟に入れないので行き場所がなく、回復期リハに転院できる患者の中でも、さらに制限されるということでしょうか。
 そうです。重度の患者の受け入れが減ることは確かですから、急性期の病院も送り先がなくて困るでしょう。実際、「在宅に復帰できる患者しか取らない」と公言している病院もあります。当院では、在宅に復帰させるためにソーシャルワーカーが患者さんのご家族を説得し、介護保険の準備をするなど最終の出口を設定してから退院していただくようにしています。ソーシャルワーカーや医師らのチームが入院から退院まで一貫して担当していますが、これは大変な苦労です。このような退院調整がきちんとできない病院は入り口を制限するしかありません。


−−スタッフや設備が十分に整っているリハビリ病院ばかりではないですから、問題がありますね。
 「質の評価」という名目で単純に差別化すると問題が大きいのです。地方では、周囲にリハビリの施設がないために重症患者を受け入れざるを得ない場合もありますが、点数が下がって経営が成り立たなければリハビリから撤退する恐れがあります。今回の改定で、リハビリテーションの点数は大幅に下がりました。これを100床の病院で単純計算しますと年間約2,000万円の減収になります。今までと同じことをやっていて2,000万円下がるわけですから、病院の生存にかかわります。患者選別をして在宅復帰率60%に引っかからないようにするのは、誰が考えても明らかです。厚労省脳卒中対策を強化するためにリハビリの質を評価すると言いますが、実は「質の評価」になっていないのです。むしろ、今回の成果主義の導入によって脳卒中患者の行き場をふさぎ、寝たきり患者を増加させる危険があります。非常に深刻な問題です。


 石川誠全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会会長は、2008年度診療報酬改定説明会(3月22日)で、「回復期リハ病棟と医療療養病床のリハ目的の入院に対する適応を明確化する」という発言をした。厚労省の「脳卒中の患者を障害者病棟から療養病棟に戻したい」と同様の趣旨である。


 以前、この発言に対し、回復期リハビリテーション病棟適応の明確化というエントリーで、次のような記載をした。

 「回復期リハ病棟と医療療養病床のリハ目的の入院に対する適応を明確化する」という発言には、棲み分け可能という判断が働いているのだろう。しかし、このような思惑は既に困難となっている。


 療養病棟入院料は、2006年度診療報酬改定で大幅に引き下げられた。医療度が高い医療区分3でないと経営が成り立たなくなっている。さらに、今回の診療報酬改定でさらに点数が引き下げられた。
 医療区分1(ADL区分1、2)の診療報酬7,500円は、回復期リハビリテーション病棟入院料Iの半分以下となる。ちょっとしたビジネスホテルより安い。医療経営上、医療療養病床でリハビリテーションを継続することは非現実的である。医療療養病棟は医療処置が必要な長期入院患者用に特化されてきている。


 さらに、今回の診療報酬改定では、障害者施設等病棟対象から脳卒中の後遺症が除外された。詳細は、中医協答申−特殊疾患療養病棟等の役割に着目した見直しをご覧いただきたい。この結果、障害者施設等病棟で、脳卒中後遺症患者のリハビリテーションを行うことが事実上不可能となった。


 回復期リハビリテーション病棟の適応を厳格にし、適応外患者の受け皿として、医療療養病棟や障害者施設等病棟を利用するという想定はもはや成り立たない。回復期リハビリテーション病棟を利用できなければ、集中的で時間がかかる患者のリハビリテーション医療の提供ができない時代が到来している。「回復期リハ病棟と医療療養病床のリハ目的の入院に対する適応を明確化する」という提言は現実味に欠ける。


 回復期リハビリテーション病棟への成果主義の導入+療養病棟入院基本料引き下げ+障害者施設等病棟要件である重度の肢体不自由からの脳卒中の除外により、「脳卒中患者の行き場がなくなる」ことは、残念ながら、第一線で苦労しているリハビリテーション医以外にはおそらく知られていない。