セラチア院内感染、調査報告書からみた教訓

 三重県で発生したセラチア院内感染に関し、調査報告書が出た。伊賀保健所管内の医療機関で発生した事案について(第24報)より。

伊賀保健所管内の医療機関で発生した事案について(第24報)


 上記事案に関して、特別調査班の最終調査報告に基づき、本日、谷本整形に対して改善措置を求めることとしましたので、お知らせします。


1 交付日時 
  平成20年7月4日(金) 15時頃


2 交付場所
  谷本整形(伊賀市上野車坂町620)


3 指導事項
 (1)医療の安全確保のための体制確立
 (2)院内感染再発防止のための体制整備
 (3)医療法を遵守し、医療の安全が確保される診療所体制の確立に向けた改善計画の策定 


4 改善結果の報告期限
  平成20年8月31日


5 添付資料
  伊賀保健所管内の医療機関で発生した事案についての調査報告書


関連資料
伊賀保健所管内の医療機関で発生した事案についての調査報告書(PDF(46KB))


 報告書の概要を確認する。

伊賀保健所管内の医療機関で発生した事案についての調査報告書


平成20年7月4日
伊賀地域医療事案対策本部特別調査班


 平成20年6月9日15時、伊賀市立上野総合市民病院の医師から、伊賀保健所に対して、谷本整形受診後、4名の患者が発熱、吐き気などの症状を訴え、救急搬送されてきたと通報があった。その後、上野総合市民病院への聴き取りにより、6月2日にも同様の入院患者が2名いること、5月23日にも岡波総合病院で3名が入院したという情報を得た。
 また、6月10日、谷本整形で同一の処方を受けた患者のうち1名が、自宅で死亡していたことが確認された。


1 調査の目的 事案の原因を究明するとともに、原因除去および予防対策を考察する。


(中略)


4 調査結果
(1) 事案の原因は点滴液に特定
 1)6月9日に谷本整形で点滴を受けた後で、岡波総合病院に入院した1名、および伊賀市立上野総合市民病院に入院した5名の患者の血液からセラチア・リクファシエンス(Serratia liquefaciens)が、分離された。
 2)6月9日に患者に点滴された生理食塩水100ml容器(52パック)の残液(7パック)からも、セラチア・リクファシエンスが、分離された。
 3)さらに、点滴室で使用されていた消毒綿容器(消毒綿を含む)からも、セラチア・リクファシエンスが分離された。
 4)分離された患者血液、点滴残液および消毒綿由来のセラチア・リクファシエンスの遺伝子解析(パルスフィールド電気泳動検査)の結果、遺伝子のDNAパターンが一致した。
 5)6月10日に谷本整形で回収したアンプル薬剤(ノイロトロピン及びメチコバール)、および未使用の生理食塩水は7日間の無菌試験で陰性であった。


 上記1)〜5)から、今回の事案は、谷本整形で調合された点滴液を原因とするセラチア菌による院内感染症であると特定した。


 この後の報告書でも指摘されているが、保健所に通報したのは、入院先の病院医師である。谷本整形外科医院の危機管理体制に大きな問題があることがわかる。
 分離された患者血液、点滴残液および消毒綿に、一致するDNAパターンを持つセラチア・リクファシエンスが存在したことより、原因が特定された。
 この後、報告書はどのようなルートで院内感染が蔓延したかを明らかにしていく。

(2)点滴液の汚染原因と事故原因
 点滴液の作り方等について、6月17日に谷本整形に勤務している看護師4名から聴き取った結果は次のとおりであった。


ア 点滴液の調合工程


(中略)

2)容器(注入面:ゴム)には、薬剤注入および点滴のセット(ルート装着)のために2回針刺しを行う。注入の際には、消毒綿で消毒する。
 ※針刺しの2回とも消毒綿で消毒する看護師と、ルート装着の際に1回のみ消毒する看護師がいた。また、点滴液の調合作業については、伊賀保健所において看護師の実演により説明を受けた。


 消毒綿がセラチアで汚染されていた場合、この過程で点滴に混入される。

イ 点滴液の作り置き
・点滴液は、10本単位で調合し、不足分を看護師が追加する。診療日の使用残は、次診療日まで点滴室の机上で保管し、廃棄することはなかった。
・こうした、次診療日への持ち越しは日常的に行われていた。
・6月9日(月)への持ち越しは、イチアン10本以上、アリナシ20本以上であった。


ウ 点滴液の汚染原因
・点滴室の消毒綿の容器から、セラチア・リクファシエンスが分離された。
 ※ 消毒綿に使用する消毒液は中待合室では消毒用アルコール、点滴室ではヒビテン希釈液であった。点滴液は、主に点滴室で調合し、中待合室での調合は少なかった。
・保管されていたタオルから、セラチア・マルセッセンス(Serratia marcescens)、セラチア・ルビダエ(Serratia rubidaea)のセラチア属菌が分離され、今回の原因となったセラチア・リクファシエンス以外にもセラチア菌によって周囲が汚染されていることがわかった。
・点滴室で使用する消毒綿には、患者の皮膚かぶれ対策として消毒用アルコールではなくグルコン酸クロルヘキシジン5%液(ヒビテン)の1000倍希釈液(0.005%)を使用していた。(同液の使用基準は0.1~0.5%液)
 ※ヒビテン1000倍希釈液の実際のグルコン酸クロルヘキシジンの濃度を測定したところ0.0096 %であった。
・点滴室の消毒薬は、従来はヒビスコール原液(グルコン酸クロルヘキシジン0.2%液)を使用していたが、容量が少なく不便であったことから、平成19年12月頃からヒビテン1000倍希釈液に変更していた。
・消毒綿の作成は、前診療日の残りを使用し、追加作成は午前中2回で、午後はほとんど作成していなかった。
・4人の看護師から、院内感染予防対策チェックリストに基づき聴き取り調査を行ったが、衛生対策はほとんど行われていなかった。特に、「輸液療法に関する手技」18項目のチェックにおいて、これを満たしていたのは2項目(注射器・針はディスポの使用、作業工程の最小化)のみであった。


 消毒綿には殺菌作用が期待できない濃度のヒビテンが使用されていた。しかも、消毒綿も前日の作り置きのままだった。しかも、看護師は、院内感染予防対策について全く無知であることが明らかになった。

エ 被害者の発症日について
伊賀市消防本部における救急搬送記録等を調査したところ、谷本整形で点滴を受け、救急搬送され他の病院に入院した患者は、月曜日と金曜日に集中していた。
・谷本整形の休診日は、木曜日午後、土曜日午後および日曜日であるため、発症日の月曜日と金曜日は休診明けにあたる。
・6月7日(土曜日)、8日(日曜日)の2日間にわたって、伊賀地方の最高気温が25°Cを超える高い気温のもとで室内に放置されていた。
  ※25°Cの条件下で実験を行い、当該点滴液中でセラチア菌が増殖することを確認した。


 消毒綿の汚染から点滴内に混入されたセラチアが高い室温のもと放置されたことが、菌の増殖を招いた。

(3)今回の事案に対する考察
 以上ア~エから、6月9日の事案については、セラチア菌に汚染された消毒綿により点滴容器が汚染され、点滴液調合行為により点滴液の中にセラチア菌が侵入したものと考えられる。なお、実験によりヒビテン1000倍希釈液でもセラチア菌の殺菌効果は確認できたが、点滴室の消毒綿は、カット綿を追加し、消毒液を補充するため、点滴治療時の手指等による汚染、また、長期保存によって消毒効果が弱くなった消毒綿がセラチア菌の増殖を招いたと考えられる。
 また、前診療日(6月7日土曜日)から9日(月曜日)に点滴されるまでの2日間にわたり、高い温度で保管されたことによって、点滴液の中でセラチア菌の増殖が起こり、院内感染事故につながったと考えられる。


 以後、報告書は、谷本院長や4人の看護師の聴き取り調査の内容を明らかにし、次のように述べている。

 上記ア~ウから、谷本整形における今回の事故発生の要因と背景として、次のことが考察される。
・谷本院長は、医療に対する責任感および危機管理意識のいずれにおいても希薄であり、医療法が求める医療安全管理や院内感染防止対策が不十分であった。
・また、谷本整形には、長年続いている行為について改善していこうという組織風土の形成が見られなかった。


 最後に、医療安全、感染防止の徹底に向けて、改善計画の策定を含め万全の措置を講ずることを強く求めている。

(1)医療の安全確保のための体制確立
 「良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律」に基づき、 医療の安全を確保するための下記の措置を講ずること。


〈措置を求める事項〉
1)医療に係る安全管理のための指針については、自らの診療所の体制に即したものとなるよう見直しを行うこと
2)医療機関内における事故報告等の医療に係る安全の確保を目的とした改善のための方策を講ずること
3)医療に係る安全管理及び院内感染対策のための職員研修を実施し、診療所の全ての職員を年 2回以上受講させること
4)院内感染対策のための指針を策定すること
5)当該診療所における感染症の発生状況の報告その他の院内感染対策の推進を目的とした改善のための方策を実施すること
6)従業者に対する医薬品の安全使用のための研修を実施すること
7)医薬品業務手順書に基づく業務の実施については、従業者の業務が医薬品業務手順書に基づき行われているか定期的に確認し、確認内容を記録すること
8)点滴液は、調合者、調合時間等の記録を残し、調合後は速やかに使用すること
9)医薬品の安全使用のために必要となる情報の収集その他の医薬品の安全使用を目的とした改善のための方策を実施すること
10)医療機器の安全使用のための責任者を配置すること
11)従業者に対する医療機器の安全使用のための研修を実施すること
12)医療機器の保守点検に関する計画の策定及び保守点検を適切に実施すること 13医療機器の安全使用のために必要となる情報の収集その他の医療機器の安全使用を目的とした改善のための方策を実施すること


(2)院内感染再発防止のための体制整備
 (1)4)の指針に即した院内感染対策マニュアルの整備にあわせて、特に院内感染に関する標準予防策について、下記の措置を講ずること。


〈措置を求める事項〉
1)重篤な院内感染等が発生、又は疑われる場合は、地域の専門家等に相談できる体制とすること
2)院内感染対策マニュアルは、定期的に見直しを行うこと
3)感染を防止するための適正な手洗い(洗い時間、部位、蛇口の汚染、ペーパータオルの使用、汚染物処理や処置後の手指の清潔、液体石鹸、消毒液などの清潔管理など)が行える技術向上と環境整備を行うこと
4)マスク、ガウン、手袋などの防護具(汚染物の認識、汚染されやすい部位の防護、患者も含めた感染拡大防止のための適正な使用、防護具の適正な処理、適切な検体搬送及び処理など)による感染拡大防止を図ること
5)輸液療法に関する清潔操作の徹底及び清潔な環境整備(清潔で安全な区域での調製、清潔な手指での操作、清潔区域及び適正温度での保管、調製後の速やかな使用、清潔なアルコール綿や万能つぼ管理、目的に応じた消毒液の適正な使用、挿入時の清潔操作の徹底、処置後の適正な廃棄など)を行うこと
6)使用した器具の消毒及び廃棄(使い捨て器具の使用、目的に応じた洗浄、消毒方法の選択、清潔処理後の保持など)の徹底を図ること
7)リネン類の清潔保持の徹底(定期的なリネン類の交換・洗浄・消毒など)を図ること
8)環境整備(ドアやノブの清掃、テーブルなど表面の清潔、清潔管理マニュアルに基づく清潔管理、クーラーなどの空気清浄部分の清潔の保持、廃棄物の適正な保管、清潔と不潔の区分表示など)の徹底を図ること


(3)医療法を遵守し、医療の安全が確保される診療所体制の確立に向けた改善計画の策定
 上記の(1)、(2)が確実に実施され、医療の安全が確保されるよう、所内における意識改革、医 療従事者の充実、業務役割の明確化など医療提供体制の確立に向けた改善計画を策定すること。


(以上)


 医療安全対策をとることは、患者のためであると同時に、医療機関自体を守ることにも通じる。事件の舞台となった谷本整形外科は、医療安全、感染対策の面からみて、あまりにも杜撰としか言いようがない。
 現在、日本看護協会認定の感染管理看護師の養成が進んでいる。しかし、その実数は全体で769名とまだまだ少ない(参照:認定看護師登録者一覧)。カリキュラムをみると、養成に6ヶ月間必要としている。長期休職を必要としており、それなりの規模の病院以外には高嶺の花となっている。しかし、診療所で院内感染問題が生じたことを考慮すると、地域医師会レベルで感染管理看護師配置が必要なのではないだろうか。年に数回、感染管理看護師が巡回をし、指導をするだけでも感染対策は格段に進む。
 今回の事件を特殊な事例と捉えるべきではない。開業医も、保健所の指導を待つという姿勢ではなく、専門団体としての自覚にたち、医療レベルをあげるに感染対策に具体的に取り組むことが求められている。