難治性誤嚥性肺炎である医療・介護関連肺炎は他の肺炎とは別物

 先日、日本老年医学会に参加したとき、「わが国で増え続けている肺炎死亡率を改善するために−高齢者肺炎と新たな肺炎診療ガイドライン−」というランチョンセミナーに参加した。

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 演者は、http://www.jrs.or.jp/home/modules/glsm/index.php?content_id=51の作成委員のひとりである門田淳一教授(大分大学)である。「医療・介護関連肺炎診療ガイドライン」の設立の経緯については、医学書院/週刊医学界新聞(第2943号 2011年09月05日)で次のように紹介されている。

  • 肺炎は従来,発症場所別に市中肺炎(CAP)と院内肺炎(HAP)の2つのカテゴリーに分けられ,日本呼吸器学会でもそれぞれに対応するガイドラインを作ってきたが,これだけではカバーしきれない新しいカテゴリーとして医療・介護関連肺炎(NHCAP)を定めた。
  • NHCAPの議論が始まったきっかけは,2005年に医療ケア関連肺炎(HCAP)という新たなカテゴリーが米国胸部学会と米国感染症学会が合同で作成した院内肺炎ガイドラインのなかで提唱されたことだ。
  • 日本の場合,米国でHCAPとされる肺炎の発症時点ではまだ入院していることが多くHAPと扱われるため,どこで区切るかが課題だった。結局,長期療養型病床群介護施設の入院患者も含めることとなり,特に介護を重視した形でカテゴライズした。

NHCAPの定義
(1)長期療養型病床群もしくは介護施設に入所している*
(2)90日以内に病院を退院した
(3)介護**を必要とする高齢者・身障者
(4)通院にて継続的に血管内治療(透析,抗菌薬,化学療法,免疫抑制薬等による治療)を受けている
以上の,(1)―(4)のいずれかに当てはまる肺炎をNHCAPとする。

 *精神科病棟も含む。
**介護の基準:PS 3(限られた自分の身の回りのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす)以上をめどとする。


 それぞれの略語の意味は次のとおりである。

  • CAP: Community-acquired pneumonia(市中肺炎)
  • HAP: Hospital-acquired pneumonia(院内肺炎)
  • HCAP: Healthcare-acquired pneumonia(医療ケア関連肺炎)
  • NHCAP: Nursing and healthcare-acquired pneumonia(医療・介護関連肺炎)


 講演内容は概ね以下のとおりだった。

  • CAPでは、ガイドラインに準拠した治療をすると、治療効果があがることが知られている。
  • しかし、HCAPは、ガイドラインに従っても治療効果がない。わざわざ区別する必要があるのかという疑問がある。
  • この原因として、HCAP(日本ではNHCAP)のなかに、治療困難な誤嚥性肺炎が多く含まれているためではないかと考えた。
  • 実は、誤嚥性肺炎に関する厳密な定義はない。嚥下障害リスクがある者の肺炎が全て誤嚥性肺炎ではない。
  • 誤嚥性肺炎は、胸部CT上、下葉か背側に病巣があるという特徴がある。
  • そこで、嚥下造影で嚥下障害を確認し、かつ、胸部CT上嚥下性肺炎を疑う病変があった者を誤嚥性肺炎と厳密に定義し多変量解析をしたところ、全身状態や耐性菌の有無など他の要因と比較しても、誤嚥性肺炎は死亡に関するオッズ比が最も高かった。
  • 誤嚥性肺炎と肺炎は別物である。誤嚥性肺炎ではない肺炎は、ガイドラインに準拠した治療を行うと死亡率が下がる可能性がある。
  • 誤嚥性肺炎は、嚥下障害に対する治療を行い、予防することが大事。具体的には、嚥下障害の程度を確認し、口腔ケア、摂食・嚥下リハビリテーション、肺炎球菌ワクチン接種などの対応を行う。
  • 欧米では、肺炎治療の概念に誤嚥性肺炎というものは含まれていない。おそらく、老衰と考えて治療しないからだろう。
  • 高齢者医療における人工栄養の差し控えに関し、http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/は、「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 〜人工的水分・栄養補給の導入を中心として〜」をまとめた。慎重に検討すべき課題である。


 日常診療で疑問に感じていたことを明快に指摘していただいた。ランチョンセミナーで配布された「医療・介護関連肺炎ガイドライン」を読み直してみたが、さすがにここまでは断言していない。講演では、英文雑誌に投稿し、in pressとなっている研究内容だと述べていた。論文になるのが楽しみである。


 門田淳一教授の講演内容をふまえて、自分なりに、CAP、HAP、NHCAPと誤嚥性肺炎の関係をまとめてみると、次のようになるのではないかと考えた。

  • NHCAP(医療・介護関連肺炎)
  • CAP(市中肺炎)
  • HAP(院内肺炎)

 悪性腫瘍や臓器不全患者を含むHAPは予後不良であるが、同様に誤嚥性肺炎を繰り返すNHCAPも難治性である場合が多い。一方、CAPでも誤嚥性肺炎は起こりうるが、NHCAPと比べて概ね軽度である。
 当院内科に入院する肺炎患者のほとんどが、誤嚥性肺炎を伴うNHCAPである。嚥下障害のリハビリテーション依頼を受けることが多いが、効果なく不帰の転帰をたどることも多い。要介護者の肺炎で難治性で反復するものは予後不良であるという臨床的実感がある。
 内科と共同して、「医療・介護関連肺炎ガイドライン」を参考に治療戦略を練り直すことにしたい。同時に、終末期医療のひとつとして倫理的検討を行う必要もある。少なくとも、予後不良疾患であるため、人工栄養の差し控えや中止について相談することもありうる、ということをご家族に説明することが不可欠となっている。
 肺炎は既に日本の死亡原因の第3位となっていること、要介護高齢者では肺炎死亡率が高いこと、誤嚥性肺炎を繰り返す場合予後不良であること、嚥下障害に対する治療が重要であること、胃瘻は肺炎の予防につながらないという見解があること、十分な検討をすれば人工栄養の差し控えや中止をすることは社会的に許容されることなど、簡潔でわかりやすい説明資料をあらかじめ作っておくことにしたい。