中医協で行われた「胃瘻等について」の議論

 中医協にて、「胃瘻等について」の議論が行われた。中央社会保険医療協議会 総会(第264回) 議事次第内にある、個別事項(その6:明細書の発行、技術的事項)について、総−2(PDF:1,697KB)の31〜43ページに該当資料がある。その中にある「胃瘻等に関する課題と論点」(32、43ページ)に次のような記載がある。

【課題】

  • 22.9%の患者について、嚥下機能評価が行われない中で胃瘻が造設されている。また、「原則全例に嚥下機能評価を実施してから胃瘻を造設する」施設は25.8%に留まる。
  • 胃瘻造設後の患者を受け入れた介護保険施設等の66.9%が胃瘻を造設した医療機関からの情報提供が不足していると感じている。
  • 胃瘻造設術には、嚥下機能評価に関しての要件が定められていない。
  • 経口摂取に戻る可能性があるとされた患者について、自院でも退院先でも、嚥下機能訓練を行っていないとする施設が19.1%存在する。
  • 嚥下機能訓練により、経口摂取可能となる症例が一定数存在する。
  • 現在、胃瘻を閉鎖した際には、「胃瘻閉鎖術」が算定できるが、「胃瘻閉鎖術」に係る施設基準や算定要件は定められていない。

【論点】

  • 胃瘻の造設前の嚥下機能評価の実施や造設後の連携施設への情報提供を推進するために、どのような評価を行うか。
  • 一旦経口摂取不可とされた患者について、十分な嚥下機能訓練等を行い、高い割合で経口摂取可能な状態に回復させることができている医療機関における胃瘻閉鎖術や摂食機能療法の評価をどう考えるか。


 当初、中医協資料を読んだ限りでは、厚労省の意図がつかみかねた。最初の2ページ(33、34ページ)では、胃瘻に関する日本と英国の比較を行っている。日本における胃瘻造設数(人口百万人当)は英国の10倍以上であり、70歳以上の高齢者が多く、さらに、原因疾患として誤嚥性肺炎、脳血管疾患、脱水・低栄養、認知症の比率が高い、というデータを出している。てっきり、胃瘻造設に関する規制をかけてくるものと思っていたところ、次の35〜42ページでは嚥下機能評価や訓練の話が中心となっている。摂食・嚥下リハビリテーションを如何に推進するかという主張を厚労省がしているようにも思える。


 2012年6月24日、日本老年医学会より、「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン 人工的水分・栄養補給の導入を中心として」が公表された。日本における、人工的水分・栄養補給法(AHN:artificial hydration and nutrition)について、最も参考にすべきガイドラインである。概要は次のとおりになっている。

 本ガイドラインの概要
1.医療・介護における意思決定プロセス
 医療・介護・福祉従事者は、患者本人およびその家族や代理人とのコミュニケーションを通して、皆が共に納得できる合意形成とそれに基づく選択・決定を目指す。
2.いのちについてどう考えるか
 生きていることは良いことであり、多くの場合本人の益になる――――このように評価するのは、本人の人生をより豊かにし得る限り、生命はより長く続いたほうが良いからである。医療・介護・福祉従事者は、このような価値観に基づいて、個別事例ごとに、本人の人生をより豊かにすること、少なくともより悪くしないことを目指して、本人のQOLの保持・向上および生命維持のために、どのような介入をする、あるいはしないのがよいかを判断する。
3.AHN導入に関する意思決定プロセスにおける留意点
 AHN導入および導入後の減量・中止についても、以上の意思決定プロセスおよびいのちの考え方についての指針を基本として考える。ことに次の諸点に配慮する。
 1)経口摂取の可能性を適切に評価し、AHN導入の必要性を確認する。
 2)AHN導入に関する諸選択肢(導入しないことも含む)を、本人の人生にとっての益と害という観点で評価し、目的を明確にしつつ、最善のものを見出す。
 3)本人の人生にとっての最善を達成するという観点で、家族の事情や生活環境についても配慮する。


 あらためて、日本老年医学会のガイドラインを読むと、今回、厚労省が示した「課題と論点」が呼応していることがわかる。医療費抑制の立場からすると、重度高齢要介護者に対する人工栄養をできるかぎり抑制はしたい。しかし、その前提として、経口摂取の可能性を適切に評価し本人の人生にとっての最善を達成するための対応を評価しないといけない。摂食・嚥下障害の問題について関係各学会から情報を収集するなかで、手続きの正当性が重要であることを厚労省は再認識させれらたのではないかと推測する。
 摂食・嚥下リハビリテーションに関わる医療職にとっては、今回の改定は追い風になる可能性が高い。できれば、リハビリテーション料以外のほとんどが包括医療となっている回復期リハビリテーション病棟を経口摂取再獲得に関する評価対象として欲しい。人的資源や経験の豊富さからいうと、回復期リハビリテーション病棟を評価しないで、どこを評価するのかという思いさえする。少なくとも、包括医療対象となっている嚥下造影(VF)や内視鏡下嚥下機能検査(VE)が算定できるようになることを望む。
 一方、急性期医療機関にとっては、より労働が過密になる可能性がある。そもそも、全身状態が変動しやすい急性期に適切な嚥下機能評価を行うことは難しい。医師も看護職も嚥下評価や訓練に慣れていない。リハビリテーション専門職も少ない。在院日数短縮が至上課題となっている現状では、手のかかる嚥下評価や訓練、家族に対するインフォームド・コンセントをするよりは、転院・施設入所促進のため、管理が容易な胃瘻造設が続けられるのではないだろうか。http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=185354を見ると、米国では、重度認知機能障害を持つナーシングホーム入所者の約1/3に対して栄養チューブ挿入がされているが、その多くは、営利型・大病院・ICU利用が多い急性期病院に入院中に行われているとなっている。日本も米国の後追いをしているのではないかという危惧を抱く。