喀痰吸引と嚥下障害者への食事介助、どちらが危険?

 地区医師会刊行誌への寄稿を依頼された。ブログに記載したエントリーをもとに記載したので、ご紹介する。


関連エントリー

喀痰吸引と嚥下障害者への食事介助、どちらが危険?


 厚生労働省の「安心と希望の介護ビジョン会議」において、介護従事者の医療行為について、一定程度は認めるべきではないかという議論が進んでいる。委員の意見は概ね肯定的であり、介護従事者による喀痰吸引や経管栄養が認められる可能性が高い。以前は、爪切り、湿布の張り付け、軟膏塗布、服薬介助、検温、血圧測定までもが医療行為だと言われ、介護従事者が行うことに制限があったことを考えると、隔世の感がする。
 一方、日常的な介護業務の中に、喀痰吸引や経管栄養よりずっと危険な行為がある。嚥下障害者に対する食事介助である。
 先日、次のようなニュースが配信された。
 「ヘルパーが、在宅で重度の身体障害者の食事介助をしていたところ、窒息による死亡事故が起こった。家族より損害賠償を求めた裁判を起こされ、業者とヘルパーに計2000万円の支払いを命じた判決がおりた。」
 嚥下障害者への食事介助には、窒息事故や誤嚥性肺炎という危険がつきまとう。厚生労働省、「平成19年人口動態統計(確定数)の概況」をみると、「その他の不慮の窒息」は3,762人となっている。その82.9%が65歳以上であり、基礎疾患を有する者が多い。重度障害者になると、摂食・嚥下機能の低下が顕著になる。福岡市の介護施設の調査では、食べ物や異物が気道に入ったり、食べ物以外を誤って飲み込んだりする誤嚥・誤飲事故が5年間で計19件報告されている。高齢者の死因の第4位は肺炎であり、その多くは嚥下障害による誤嚥性肺炎と言われている。
 当院回復期リハビリテーション病棟では、嚥下障害の治療を専門的に行っている。水飲みテスト、嚥下造影や嚥下内視鏡などの検査を行い、病態把握を十分行う。その上で、食事内容、体位、介助法の工夫を行う。食事摂取困難と決めつけられてしまい、経管栄養に留まりかねない重度嚥下障害者の中にも、経口摂取が可能になる者がいる。しかし、このような取組みができる医療機関は限られている。在宅や介護施設では、病態を把握できないまま食事介助を行わざるをえないのが現状である。
 介護従事者に一定程度の医療行為を認めるとしたら、個々の行為それぞれに対し、危険性および緊急時の対応法について研修や教育をあらためて行うことになる。その際、嚥下障害者への食事介助、窒息・誤嚥の予防という項目をぜひともいれるべきである。同時に、嚥下障害者に対し、重症度に応じた標準的な食事介助をしている時に起きた窒息事故や重度誤嚥性肺炎では、当事者個人に責任を負わせないことが社会通念になることを望む。さまないと、介護従事者が刑事告発を免れるために、過剰な防衛にはしる可能性がある。嚥下障害者の食事介助を介護従事者が忌避した場合、重度障害者に最後に残された楽しみ、食事が奪われることになる。