介護分野人材不足深刻化

 読売新聞、低賃金 介護士いない 老人ホーム開設延期 訪問サービス応じずより。

低賃金 介護士いない
老人ホーム開設延期 訪問サービス応じず


 介護分野の人材難が深刻化し、一部でサービスが提供できない事態が生じている。来年度の介護報酬改定では、給与アップにつながる見直しを求める声が強いが、社会保障費抑制の流れもあり、どこまで実現できるかは不透明だ。団塊世代の高齢化で介護需要の急増が見込まれるなか、人材確保に悩む現場の姿を追った。(社会保障部 小山孝、安田武晴、飯田祐子


 「内定を出しても、介護以外の業種に流れてしまう」


 神戸市内でこの春、特別養護老人ホーム(定員29人)の開設を延期した社会福祉法人「神戸福生会」の中辻直行理事長が嘆く。


 市内で五つの特養などを運営する同法人は、手厚い研修で知られ、例年、全国から新卒者が集まる。だが、今年は法人全体で50人の介護職を採用するはずが、34人しか確保できなかった。


 この特養には、約60人の入居の申し込みがあり、中には、認知症で一人暮らしが難しくなってきた人や、病院から退院を迫られていると見られる高齢者もいる。「無理して開設し、職員の負担が増えて退職者が出れば、かえって利用者に迷惑をかける。苦渋の決断だった」と中辻理事長は明かす。


 神奈川県にある定員50人の特養でも今年4月、「腰痛がひどい」「忙しくて思うような介護ができない」などの理由で、正職員の半数にあたる5人が退職した。派遣会社に依頼して何とか人手は確保したものの、「派遣は、派遣会社を通すために高くつくし、夜勤はできないという人もいる。採用を控えたくても、そうも言っていられない状況だ」と施設長は打ち明ける。


 横浜市社会福祉協議会が昨年、市内100か所の特養を調査したところ、約2割にあたる18施設が「一部のベッドを閉鎖した」と回答。閉鎖したベッド数は1施設あたり16床に上った。


 「パート職員の平均的な時給(900円前後)は、近隣のショッピングセンターの店員よりも低い。報酬引き下げで、『介護の仕事に未来はない』というメッセージを送り続けているのだから、人が集まらないのは当然だ」と、調査にあたった竹田一雄・高齢福祉部会長は訴える。


 状況の厳しさは在宅分野でも同様だ。


 訪問介護大手「ジャパンケアサービス」(東京)の場合、介護職1人にかかる求人コストは、2000年の10万〜20万円から、今では約50万円に上がった。訪問看護など13事業所が人手不足などで休止・廃止し、「重度者の訪問介護の依頼を断ることもある」という。


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 こうした事態に、舛添厚生労働相は4月に都内の訪問看護事業所を視察した後、「プロであるべき介護士の処遇が良くない。なんとか改定で(報酬を)上げたい」と記者団に語った。先の通常国会では、介護職の待遇改善の検討を求めた「介護従事者処遇改善法」が議員立法で成立した。


 しかし、介護報酬の引き上げは、高齢者が支払う月4090円(全国平均)の介護保険料アップに直結するだけに、慎重論も根強い。膨らむ介護給付費を抑えようと、財務省は5月の財政制度等審議会で、軽度の要介護者を保険から外せば給付費が約2兆円削減できるとの試算を示した。先月閣議決定された「経済財政改革の基本方針(骨太の方針)2008」でも、社会保障費抑制維持が決定された。


 政府の推計では、団塊世代の高齢化により、今後10年間で新たに40万〜60万人の介護職が必要とされ、外国人介護士の活用の是非も含め、人材確保は待ったなしの状況だ。今後本格化する報酬改定論議で、人材確保と介護の質の向上につながる見直しが打ち出せるのかどうかが、焦点となる。


人材確保 工夫さまざま


 深刻な人材不足に対処するため、現場では、様々な工夫が始まっている。


 東京都世田谷区内の特別養護老人ホーム6施設は先月から、共同で介護福祉士養成校への求人活動に乗り出した。各施設の施設長が分担して関東地方の学校を回り、6施設分のPRをする。8月以降は、区内全17施設が参加する予定だ。


 人事制度の一新などで、38・5%(06年度)だった常勤・非常勤職員の退職率を、30%(07年度)にまで下げたのは、有料老人ホーム大手の「ベネッセスタイルケア」(東京)。介護職でも実力次第でホーム長や本社の管理職へ昇進できることを明確化した。退職を希望する職員に対しては、複数の上司が面談し、慰留することも行っている。


 情報技術(IT)による労務管理システムを使って、人手不足に対応しようという動きもある。訪問介護大手の「やさしい手」(東京)では、身体状況や既往症などの利用者情報と、就労希望時間帯など登録ヘルパーの情報をコンピューターで一元管理。ヘルパーが効率良く利用者宅を回れるようにした。


 埼玉県新座市で在宅介護事業を行うNPO法人「暮らしネット・えん」は、「地域に開かれた介護」を掲げ、利用者や家族、近隣住民が参加する花見やコンサートを定期的に開催している。利用者や地域をよく知ることで職員がやりがいを持ち、30人いるへルパーの離職は年間1〜2人程度という。「地域密着型の介護が、人材の定着に結びついている」と小島美里・代表理事は強調する。


 介護報酬 介護保険制度で定められた介護サービスの公定単価。サービス提供事業者に支払われる。報酬額の9割が保険料と税から支払われ、残り1割は利用者が負担する。サービスの種類ごとに単位数が決められており、原則、1単位10円。3年に1度見直される。


(2008年7月3日 読売新聞)


 続いて、産経新聞介護給付費の伸び過去最低 制度改正による抑制効果より。

介護給付費の伸び過去最低 制度改正による抑制効果
2008.7.2 18:02


 平成18年度の介護サービスにかかった費用(介護給付費、利用者負担を除く)の総額が前年度比1・4%増の5兆8743億円となり、介護保険制度が発足した12年度以降、最低の伸び率になったことが2日、厚生労働省介護保険事業状況報告で分かった。施設の食費や光熱費の自己負担化など制度改正に伴う抑制効果や、新たな要介護認定者数の伸びが鈍化したことが要因とみられる。
 給付費は13年度に26・9%増と急速な伸びをみせ、その後も毎年10%前後の伸びで推移してきた。17年10月から始まった施設の食費や光熱費の自己負担化で17年度は4・2%増に伸びが鈍化したが、通年適用となった18年度はさらに抑制効果が表れた。毎年5〜16%ずつ増えた要介護認定者数が、18年度は1・8%増の440万人と一息ついた影響も大きいとみられる。
 1カ月の給付費は4669億円(低所得層と高額サービスへの補(ほ)填(てん)分を除く)で、前年度比46億円減と初のマイナスとなった。18年度からスタートした「地域密着型サービス」が31億円増えたが、施設、在宅の両サービスがいずれも減った。65歳以上の1人あたり給付費も前年度比2・2%減の21万9000円で初の減少となった。


 介護保険制度は、65歳以上の高齢者(第1号保険者)と第2号保険者(40〜64歳)が保険料を負担することにはなっている。団塊の世代の高齢化に伴い、要介護者増大は必須である。したがって、公費負担を抑制し、高齢者自身の保険料を抑えようとすると、介護サービス自体を抑制せざるをえなくなる。
 介護報酬抑制は、介護分野で働く人の労働条件を切り下げる。社会保障費用抑制が、「介護崩壊」の元凶である。「医療崩壊」と全く同じ図式がここにある。というより、介護分野人材不足深刻化は、近い将来の医療の姿である。
 そもそも保険制度は様々なリスクを持つ人が保険料を拠出することによって成り立つ。介護保険制度は、後期高齢者医療制度のモデルとなった。介護保険で生じていることが、近い将来後期高齢者医療制度でも間違いなく起こる。制度設計を早期に見直さない限り破綻が待っている。


 安上がりの人材を海外に求める必要はない。社会保障費を増大し、介護や医療で働く者の待遇を改善することが、内需を刺激し、国家財政にも良い影響を及ぼす。社会保障充実への路線転換こそが日本を救う。