土田前中医協会長へのインタビューより

 CBニュースに、2回連続して土田前中医協会長へのインタビューが掲載された。「再診料、きつかった」と、「残された課題は多い」より、リハビリテーション関係の話題を中心に引用する。

−−診療報酬改定を終えて、感想をお聞かせください。
 きつかったです。改定率がマイナス3.16%だった前回の改定は医療費抑制が強く、かなり強引な改定を行わざるを得ませんでした。その影響で、今回はリハビリや療養病床、7対1入院基本料の見直しなどを求められました。2006年と07年の上半期まで3つの後始末に追われ、今回の改定の議論は10月からになってしまいました。前半は事務局(保険局医療課)のペースでスムーズに進みましたが、後半は再診料の引き下げ問題があり、とてもきつかったです。

−−これまでの改定と今回の改定はどのような点が違いますか。
 2004年度改定までの中医協は改定率の議論が中心で、1号側(支払側)と2号側(診療側)の意見をどうやって一致させるかということが課題になっていました。改定率が決まると3分の2以上は終わりです。年が明けると点数設定の議論に入りますが、既にヤマを越えていますので、あとは(厚生労働省保険局の)医療課と日本医師会に任せるだけでした。それが、中医協汚職事件で「中医協改革」があったため、改定率を内閣が決め、改定の基本方針を社会保障審議会が決める方法に変わりました。つまり、06年度改定から中医協の議論が点数中心になったのです。


−−前回(06年度)の改定率はマイナス3.16%でした。
 きつかったですね。03年の閣議決定で診療報酬改定の抜本見直しを行うことになり、それが06年度から始まりました。マイナス3.16%でしたので、良く言えばメリハリの付いた改定、別の言い方をすればかなり強引な改定でした。その影響として、リハビリや7対1入院基本料の見直しなど、メリハリの付き過ぎた改革は後始末が大変だということが1つの反省材料になりました。そこで、今回は大きな改革をバサッとやるよりも慎重に、小刻みにやるという手法を取ったのでしょう。振り返ると、今回はそういう改定です。しかし、基本的な流れは同じです。やり方が違うだけです。


−−基本的な流れとは、どのようなことでしょうか。
 病院と診療所の区分、急性期疾患と慢性期疾患の区分、病気の難易度に応じた診療報酬体系、患者が納得する診療報酬体系など主に4つあります。この中には足踏み状態のものもありますが、基本的な流れは今回も次回も同じでしょう。全体的に大きな改革をしていかないと、日本の医療のパフォーマンスを保てないことは確かです。これまで、日本の医療は奇跡的に良かった。費用が安くて治療効果は高く、寿命も伸びるし、新生児の死亡率も低い。しかし、高齢化と経済のグローバル化は進むし、小泉改革で財政的な圧力が強くなってきたため、今までのパフォーマンスを維持することが難しくなってきたのです。


−−「医療崩壊」と言われています。
 医療崩壊は明らかに進んでいます。これまで3回の改定にかかわり、一生懸命にやってきたつもりですので、その時は「うまくいった」と思うのですが、後で振り返ると必ずしも適切ではなく、がく然とします。財政面、医師を増やさなかったことなど、いくつかのファクターがありますが、診療報酬改定にも責任があります。


■ 療養病床の再編やリハビリの逓減制は問題が多い
−−06年度改定、具体的にはどのような失敗が挙げられますか。
 療養病床の再編やリハビリの逓減制などです。星野前会長の時代は改定率の議論が中心でしたから、コスト分析がベースでした。コストが安くなればそれを反映させる。病院を過度に儲けさせることはしないが、かといって赤字にさせることはしない。そういうコストを正確に反映した診療報酬体系が基本だったのですが、前回のように改定率がマイナス3.16%にもなると、明らかに医療費コントロールと政策誘導が強くなります。例えば、療養病床の医療区分1の点数を下げれば患者を介護保険に移行させるという流れをつくる。リハビリの逓減制もそうです。


−−今回はプラス部分を病院勤務医の負担軽減に充てました。
 医療費を増やせないので診療所から財源を持ってくるということは本来やるべきではありません。しかし、今回も医療費コントロールが強く、やらざるを得ませんでした。診療報酬はコストを反映させるのがベースだと考えますが、政策誘導や医療費抑制というファクターも入れていかざるを得ません。コストを反映させる改定では支払側と診療側との折り合いが付きやすいのですが、政策誘導が絡むとなかなかうまくいきません。医療費抑制となれば、完全に利害が対立します。今後も政策誘導や医療費抑制のファクターは入るでしょうから、対立する場面が増えるでしょう。


−−今回の中医協では労使交渉のような場面が多くありました。
 中医協は数少ない当事者自治の組織で、どこかで折り合いをつけなくてはいけません。上からバサッとやるのではなく、不満を残しながらもどこかで歩み寄ることが必要です。しかし、合意形成がだんだん難しくなってきました。以前はマクロベースの議論で、物価の上昇率など経済との関連性を議論しました。医療費コントロールが強くなり、点数中心の技術的なミクロの話になりますと、中長期的な視点が弱くなります。公益委員に求められるのは、ここをかじ取りすることでしょうが、なかなか難しいですね。


−−点数設定の技術的な議論になると、医療課のペースになります。
 非常にうまかった。巧みでした。易しい議題から出してきたので、意図したことではないでしょうが、全体像が見えないという文句を言ったことがあります。また、総会の前日に医療課と打ち合わせをして、多くはそのまま進むのですが、総会を終えて帰宅してから問題があることに気が付くこともありました。あらかじめ練っておかないと、ブレてしまいます。


■ 残された課題
−−会長は「残された課題」として初・再診料の抜本的な見直しなどを挙げましたが、それだけでしょうか。
 いや、もっとたくさんあります。例えば、回復期リハビリの成果主義は問題でしょう。成果主義というのは、生産や販売では数値目標が出ます。医療の場合、その数値をどのように出すか。「退院率」などと言うわけですが、そうすると患者選択をすることがあります。他の公益委員も反対していましたし、全国の医師から抗議のメールが来ています。リハビリの関係学会が成果主義の導入を認めたと聞いていますので、それが大きかったのでしょうが、リハビリに成果主義が本当に必要なのか疑問が残ります。検証をしながら進めてほしいと思います。ほかに、4月から始まる75歳以上の後期高齢者医療制度、医療と介護の接点の問題、療養病床と障害者施設の問題など、残された課題は多いです。


−−産科・小児・救急はいかがでしょうか。
 正常分娩は医療給付化していくべきでしょう。かかりつけを持たない妊産婦の問題や少子化対策などを本気でやるのなら、給付率を高くして正常分娩を全部保険でやった方が良いでしょう。また、小児については前回にかなりやりましたし、予算を使い切れなかった対策もありましたので、今回はこれでいいでしょう。救急は難しいですね。夜間の診療所がうまく機能してくれればいいと思います。


−−今後の日本の医療、どうしたら良いでしょう。
 年金や介護に比べれば医療は信頼性が高いと思います。しかし、今のうちに対応しないと大変なことになるでしょう。日本は対GDP比で医療費が安く、医師は少ないがパフォーマンスが良かった。医療事故の問題ばかりでなく、日本の医療の良さを国民が認識してほしいと思います。訴訟のために医療費の1割を使うようなアメリカ型医療に進んではいけません。残念なことに現実にはアメリカ型の医療に向かっていますが、医療はすべての国民に対して平等でなくてはいけません。国民皆保険制度は守らなければなりません。


 「リハビリや療養病床、7対1入院基本料の見直し、後始末に追われ」、という表現から分かるように、2006年度改訂の荒波はこの3分野に集中した。特に、リハビリテーション分野と療養病床問題は、「医療費コントロールと政策誘導」のターゲットにされた。この流れは、2008年度改訂に引き継がれている。
 回復期リハビリテーション病棟に対する成果主義の導入に関しては、明確に疑問を呈している。巧みな医療課の誘導に乗り、「リハビリの関係学会が成果主義の導入を認めた」ということがなければ、このような事態に陥ることはなかっただろう。


 土田武史前中医協会長の誠実な人柄が伝わってくるインタビュー記事である。医療崩壊の原因として、「財政面、医師を増やさなかったことなど、いくつかのファクターがありますが、診療報酬改定にも責任があります。」という発言からは、責任感の強さが伺える。医療費抑制の嵐の中で、少しでも日本の医療を守るため努力されたことに敬意を表したい。