「病院がないほうが死亡率が下がる!」の関連資料を読んで

 病院がなくなっても幸せに暮らせる! 夕張市のドクターが説く、”医療崩壊”のススメ - ログミー[o_O]というエントリーが話題となっていた。刺激的なタイトルに反発を覚え、論者の根拠となっている資料がないか調べてみたところ、トップページ|日本医事新報社に「夕張希望の杜の軌跡」という連載記事が載っていたことがわかった。掲載誌は、2012年4月14日号、5月5日号、6月2日号、7月7日号、8月4日号、9月1日号、10月6日号、11月3日号、12月8日号、2013年1月12日号、2月9日号である。各号とも2〜4ページという読みやすい分量であり、一気に読了したところ、夕張市財政破綻、市立病院廃院という逆境のなかで、「ささえる医療」を旗印に「医療崩壊」を起こした元都会部における地域医療のモデルを作り上げて来たことが理解できた。真摯な医療活動に頭が下がる思いがするとともに、何故にあのような反発を元エントリーで抱いたのかを考えてみた。
 一言でいうと、論者の説明不足である。一般聴衆向けには良いかもしれないが、医療関係者からすると情報量が全く少なく、いらぬ反感を招いたことはもったいない。当初、私が抱いた3つの疑問に関しても、全て医事新報内に説明の文章があった。老婆心ながら、論者に対する誤解を解くためにご紹介したい。


1)救急車の出動回数はなぜ下がったのか。

 上記の答えは、救急を受けられない罪悪感を背に −ささえる医療:救急医療(後編)(2012年9月1日号、30〜32ページ)にある。

  • 高齢化率日本一の夕張市の救急車出動回数がピーク時から半減した。
  • 「ささえる医療」は在宅医療の重要性を認識し、推進するのが基本的なスタンスである。
  • 在宅患者・施設患者の急変に24時間365日対応し、患家や施設に赴いて直接診療する。
  • 施設入所者のお看取り直前に慌てて救急車を呼ぶなどということはまずない。


2)高齢者一人あたりの医療費はなぜ下がったのか。

 これに関しては、世界の未来を照らすもの(2012年12月8日号、28〜31ページ)にある。

  • 夕張市の高齢者一人あたりの医療費が2007年度から減少に転じた。2010年度は、ピーク時(2006年度)から実に13%減となり、全国平均より10万円、北海道平均より30万円も低い医療費となった。
  • 夕張市では2007年から予防医療の取り組みを積極的に取り入れた。しかし、今回の夕張市の医療費削減の主要因であるという確証は得られなかった。
  • 実は、医療費増大の主犯格は「医療の高度化」だと言われている。
  • 「過去50年の米国の医療費を分析した結果、医療費高騰の要因と考えられていた『高齢人口の増大』や『医師数の増加』などは、実は限定的な役割しか演じていなかった。その主犯は『歩みをとめない医療技術の進歩』であった(American Economic Association)。
  • 夕張市の医療費が低下し始めたのは、市内で唯一病床を持っていた市立総合病院が廃院になった時期に他ならない。


 医療費高騰の原因に関しては、「改革」のための医療経済学」(兪 炳匡著)の第4章でも、同様の趣旨で詳しく論じられている。

「改革」のための医療経済学

「改革」のための医療経済学


3)死亡率が下がったというのはどういう意味か?

 死亡率に関しては明らかに説明不足である。救急を受けられない罪悪感を背に −ささえる医療:救急医療(前編)(2012年8月4日号、29〜31ページ)を読むと、この死亡率は粗死亡率でも年齢調整死亡率でもなく、SMR:Standarlized mortality ratio(標準化死亡率)であることが示されている。

 死亡率は年齢によって大きな影響を受けるため、異なった年齢構成を持つ地域別の死亡率に基づいて比較することはできない。(中略)そこで、よく使用されるのがSMR(標準化死亡比)。これは基準死亡率(人口10万対の死亡率)を対象地域にあてはめた場合、算出された期待される死亡数と実際の死亡数とを比較するもの。日本の平均は100で、それを上回った場合は死亡率が多く、下回った場合は低いと判断される。


 筆者が用いた資料は、人口動態統計特殊報告 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口にある「人口動態保健所・市区町村別統計」と思われる。平成20年〜24年版をみると、夕張市の死亡総数のSMRは男115.1、女110.9と全国平均を大きく上回っており、死亡率が高いことになる。経時的な変化に関し、筆者は次のように記載している。

  • 2007年以降、心疾患、肺炎などの主要急性期疾患のSMRは、脳血管疾患を除いて方針転換後でも横ばい〜低下傾向を示していた。また不慮の事故もほぼ横ばいだった。
  • 市内での初期救急・プライマリケア対応の欠如は、救急搬送時間こそ2倍に延ばしたものの、市民の急性期疾患の予後に悪影響を及ぼしていなかった。市民の「安心」はある程度損なわれたかもしれないが、真の「安全」は保たれていたのではないだろうか。
  • 因果関係は明確ではないが、予防医療が心疾患・肺炎・胃がんなどの死亡率低下に作用したのではないか。そんな思いを抱くようになった。


 最後の死亡率低下に関しては、SMRの変化を継続的に追わない限り、断定的なことはいえない。もともと不健康な地域(SMRが高い地域)だったため、予防医学の効果が顕著にあらわれたという推測も成り立つ。SMRはあくまでも他の地域との比較となる。したがって、他の地域が不健康のまま対策をとっていなければ、相対的に夕張市のSMRは下がる。また、夕張モデルへの疑問に答える(2013年2月9日号、26〜29ページ)にあるように、介護費用は増大している。このことが要介護高齢者の死亡を引き下げた可能性がある。なお、医療費+介護費の総額で見れば、明らかに1人当りの費用は確実に減額している、ということも強調されている。
 核となる医療機関(多くは自治体立病院)が明確な地方自治体の場合、夕張モデルは参考になることは間違いない。一方、フリーアクセスが保たれ、医療機関相互が争っている大都市部では別の取り組みも必要である。夕張市のように志の高い医師・従事者たちに支えられた地域だと言われるように、各々の地域の特色を生かし、工夫を積み重ねていく必要がある。