ヒトの睾丸の大きさと育児との関係

 睾丸の大きさと育児参加に関連性、「大きいほど良く」はない 米研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB Newsという記事を読んだ。

 米エモリー大学(Emory University)の研究チームは、男性の睾丸の大きさを計測し、同じ男性たちの子育て習慣を調査した。

 対象となったのは、1〜2歳の子どもを持ち、その子どもの生物学的母親である女性と一緒に住む21〜55歳の米国人男性70人。(中略)研究では男性たちの睾丸の大きさを計測し、また子育てについては男性と女性の両方に別々に調査を行った。


 この結果、睾丸が大きい男性ほど、おむつの取り換えといった育児への参加が少なかった。一方、睾丸が小さい男性の方が、子どもの写真を見せたときに育児を司る脳内の領域の活動が活発で、また実際の子育てにもより積極的に参加していた。

 この調査は進化論上、人類や動物は繁殖し、子孫を育てるようにできているという説を検証する一環として行われたが、結果は「人類が繁殖努力に注ぐエネルギーは限られており、生殖か子育てのどちらか一方に注がれる」とする説を裏付けるものだった。


 元の論文の抄録は、Testicular volume is inversely correlated with nurturing-related brain activity in human fathers | PNASにある。


 どうしてこんな調査をしたかという疑問がネット上にあふれていた。たまたま、進化生物学に興味があり、以下の2つの書籍を読んだばかりだった。睾丸の大きさと親の投資に関する話もあったので、紹介する。

進化と人間行動

進化と人間行動

進化心理学入門 (心理学エレメンタルズ)

進化心理学入門 (心理学エレメンタルズ)


 いずれも、進化生物学の視点から人間行動を解明しようという学問(進化心理学)の入門書である。「進化と人間行動」の冒頭に次のような基本的視点が記載されている。

 本書は、1)ヒトは生物である、という基本的事実から出発し、だとすれば、2)ヒトは進化の産物である、となると、3)ヒトは、他の生物と同様に、おもに適応的な進化の過程によって形作られてきた、であれば、4)生物に共通の進化と適応の原理を考慮することは人間理解に大きく貢献するだろう、という一連の命題を前提にしています。心も行動も生物学的性質の例外ではありません。ゆえに、5)ヒトの心や行動の成り立ちを説明する上で、進化理論が不可欠な基本原理だというのが、本書の中心的なメッセージになります。


 進化心理学においてもっとも研究が進んでいるのが、性淘汰の理論である。「進化と人間行動」では全12章中第9〜11章が、「進化心理学入門」では全8章中第2〜4章が、性淘汰に関する章である。
 性淘汰には、オスメス間の選択に関する性間淘汰と、オス同士メス同士の間で生じる性内淘汰に分類される。性内淘汰の結果として、性的二型の違いが生まれたと言われている。クジャクのオスの羽飾り、シカの角は配偶者獲得競争の影響によるものである。オスメス間の身体の大きさの違いも性内淘汰で説明される。一夫多妻でハーレムを作るようなアザラシの仲間の中には、オスがメスの3倍もの体重差を示すものがある。霊長類では、ゴリラやオラウータンで性的二型の差が大きいが、同様の理由による。
 一方、性内淘汰の特殊型として、精子競争という概念がある。メスが多くのオスと性交する場合には、作られる精子が多ければ多いほど卵子に出会う確率が高まる。激しい精子競争にさらされているチンパンジーでは身体の大きさに比べて大きい睾丸を持っている。
 ヒトは、性的二型でみると、男性は女性よりやや体重が重い。一方、身体の大きさと睾丸との比は、ゴリラよりは大きいがチンパンジーよりは小さい。もし、チンパンジーと同じような乱婚的な集団なら、テニスボールほどの睾丸を持たなければならない。
 ヒトは進化の過程のなかで脳を発達させてきた。このため、脳が未成熟の状態で出産するという選択をした。他の霊長類のようであったら、ヒトの妊娠期間は約21ヶ月にも及ぶことになる。ヒトの新生児は未熟状態で生まれるため、その支援のための社会システムを発展させた。配偶行動としては、男性の保護を確実にするために一夫一妻の配偶パターンが生じやすくなった。また、狩猟採集活動を行うなかで、互恵的利他活動を特徴とする集団生活を発展させていった。性淘汰には、親の投資という概念がある。「親が以後の繁殖機会を犠牲にして、今いる子の生存率を上げるようにする世話行動のすべて」という概念である。オスとメスの間には親の投資の差があり、一般的にメスの方が大きな投資をする傾向がある。ヒトは、未成熟な子供の生存を助けるため、親の投資として男性が育児に関わることがありうる。


 以上が、睾丸の大きさと男性の育児に関する進化生物学からの理論である。人間性とは何かということに関する興味深い説明だと感じた。
 最後に、ヒトの生殖行動に関する「進化心理学入門」記述を紹介して、まとめとする。

 自然人類学の観点から一環して言えるのは、ヒトは一夫一妻に近いが完全な一夫一妻ではないということだろう。もし男性が十分な富を蓄え、その機会があれば、同時的にしろ経時的にしろ、一夫多妻を実行するだろう。その一方で、女性は性的にいつでも受容可能なので、これが女性と配偶者との結びつきを強めもするが、同時にまた、もし条件が許せば、ちょっとした一妻多夫も可能になる。典型的なヒトの配偶を一言で言えば、不倫に悩む表向き一夫一妻制である。もし私たちが自分に正直であれば、ずっとそうではないかと疑ってきたこととそう違わないのだ。