ずる 嘘とごまかしの行動経済学

 ダン・アリエリーの最新作、「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」を読んだ。

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ずる 嘘とごまかしの行動経済学

ずる 嘘とごまかしの行動経済学


 本書は、著者の代表作「予想どおりに不合理」でも触れられた、ふだん自分が正直者だと思っている人たちが犯す不正行為について掘り下げ論じたものである。
 序章および第1章で、「シンプルな合理的犯罪モデル」(Simple Model of Rational Crime:SMORC)を検証している。SMORCでは、不正を行うかどうかは費用便益効果をもとに決められていると主張する。しかし、ごまかしが可能な心理学的実験を行うと、ごまかしの水準は報酬の金額とともに上昇しなかったという興味深い結果になった。この理由として、著者は、「つじつま合わせ仮説」を提唱した。わたしたちの行動は、二つの相反する動機づけ、自分を正直で立派な人物だと思いたいという自我動機と、ごまかしから利益を得てできるだけ得をしたいという金銭的動機に影響を受けているが、ほんのちょっとだけごまかしをする分には、ごまかしから利益を得ながら、自分をすばらしい人物だと思い続けることができる、という説である。
 心理的負担なくごまかしができる程度を「つじつま合わせ係数」と名づけ、どのような場合に大きくなるかを、第2〜10章で細かく検証している。第10章の「図6 不正をつくる要因のまとめ」に、不正を促す要因、影響なし、不正を減らす要因がまとめられている。


# 不正を促す要因

  • 正当化の能力
  • 利益相反
  • 創造性
  • 一つの反道徳的行為
  • 消耗
  • 他人が自分の不正から利益を得る
  • 他人の不正を目撃する
  • 不正の例を示す文化

# 影響なし

  • 不正から得られる金額
  • つかまる確率

# 不正を減らす要因

  • 誓約
  • 署名
  • 道徳心を呼び起こすもの
  • 監視


 創造性は、厄介な問題を解決する斬新な方法を生み出す助けになるのと同じように、規則をかいくぐる独創的な方法を生み出し、情報を自分勝手な方法で解釈し直す助けにもなると、本書では述べられている。Appleの創業者スティーブ・ジョブスを思い出す。


 上記要因のなかで、利益相反に関する医療界の実態について紹介する。

  • 新しい機器の購入をした歯科医が、意識的にせよ無意識にせよ、機器を利用できる機会を探し、患者に勧める。
  • 学術論文を発表するため、手術を行う患者を探し、治療を勧める。
  • スポンサーが分かる条件では、参加者は報酬提供者に関係するものの方を評価する。
  • 製薬会社は、恩義を返したいという人間の欲求を心がけていて、営業活動を行っている。医薬情報担当者(通称MR)は、手始めに、自社のロゴが入った無料のペンやメモ帳、マグ、サンプル薬などを医師に配る。医師はこうした小さな贈りものにそれとなく影響されて、その会社の薬をより頻繁に処方するようになる*1。製薬会社は、医師を神のように扱うように、担当者を教育している。興味深い慣行として、通称「ただ食い」と呼ばれるものもある。医師に報酬を与えて、自分たちの売りこもうとしている医薬品について、ほかの医師相手に講演をしてもらうという手がある。当の医師自体が、自分が宣伝している医薬品なのだから、さぞかし効果が高いに違いないと、頭のなかで理屈づけ、その信念をもとに処方するようになる。医師にコンサルタント料として、数千、数万ドルの報酬を支払うことがある。学部に建物を寄付したり、寄付金を贈呈したりすることもある。医薬品に対するかたよった見方が医学部の教授から医学生に伝わる。


 「つじつま合わせ仮説」は、実感にあっている。特に、利益相反に関する部分は耳が痛い。幸い、医薬品をあまり使わない診療科であること、回復期リハビリテーション病棟という包括性病棟で高額な新薬を使うと病院の利益が減ること、などの理由でMRとはできる限りつき合わないようにしているため、恩義を受けることも少ない。しかし、我が身を振り返ってみると、決して真っ白ではない。自戒する必要がある。
 他の診療科の医師と話をすると、製薬会社との関係の深さに驚く。例えば、バルサルタン(ディオバン)臨床研究不正問題が起こったにも関わらず、ノバルティスファーマ社を擁護するものが少なくない。降圧剤としてのディオバンは良い薬だ、ノバルティファーマ社の他の薬まで採用中止にするのは困る、面談禁止にしてインフォメーション活動を制限するのはやり過ぎだ、などの意見を堂々と主張される。他の種類よりも高額なARB使用が進み、患者の一部自己負担金がふくらみ、医療保険財政も圧迫したことを考えると、立派な詐欺行為であり、会社の存続にも関わる重大事件にも関わらないのに、この始末である。
 目の前にある医局会議室の机をみると、ティッシュペーパー、ポストイット、メモ帳、ペンの全てにノバルティファーマ社の製品名が入っている現実を突きつけられる。利益相反が小さな恩義から始まるということを考えると、医療界としても製薬業界との関係の透明性をいっそう強める必要を感じる。