製薬業界とのつきあい方

 製薬協コード・オブ・プラクティス|自主規準|日本製薬工業協会というものがある。医薬品販売活動に関する製薬業界の自主規制方針が示されている。

 製薬協会員会社はその活動においては常に高い倫理性と透明性を確保し、研究者、医療関係者、患者団体等との交流に対する説明責任を果たし、社会の信頼に応えていかなければならない。
 本コードは「医療用医薬品プロモーションコード」をさらに発展させ、会員会社のすべての役員・従業員と、研究者、医療関係者、患者団体等との交流を対象とした行動基準を示し、2013年1月に策定したものである。


 製薬協コード・オブ・プラクティス(PDFファイル 378KB)、第二編 医療用医薬品プロモーションコード、I.プロモーションコードのなかに、医療関係者・医療機関等に対するプロモーション活動規定がある。中項目は下記のようになっている。なお、MRとは医薬情報担当者(medical representative)のことである。


1.プロモーション活動における会員会社の責務
2.プロモーション活動における経営トップの責務
3.MRの行動基準
4.プロモーション用印刷物および広告等の作成と使用
5.製造販売後安全管理業務および製造販売後調査等の実施
6.試用医薬品の提供
7.講演会等の実施
8.物品の提供
9.金銭類の提供
10.医療用医薬品製造販売業公正競争規約との関係
11.国外におけるプロモーション


 プロモーションコード中、6〜9が医療関係者に対する利益供与規制である。これまでの慣行で問題とされたことが列挙されている。例えば、試用という名目で提供された医薬品が保険診療として使われることがあり、利益提供とみなされた。物品、金銭類の提供は言わずもがなである。このなかで、講演会等の実施も規制対象となっていることに注目をしなければならない。

 会員会社が医療関係者を対象に行う自社医薬品に関する講演会等は、出席者に専門的情報を提供する学術的なものとする。
 講演会等の開催場所については目的に適う適切な場所とし、原則、国内で開催する。
 講演会等に付随しての飲食や懇親行事、贈呈品を提供する場合には華美にわたらぬようにし、製薬企業の品位を汚さないものとする。
 また、講演会等に付随して提供する金銭類の提供は、旅費(交通費・宿泊費)、役割者に対する講演料等の報酬に限定する。
 なお、随行者の懇親行事への参加は認めず、旅費も支払わない。

 以前は、講演会を海外で開催し旅費や講演料を提供しただけでなく、随行者(家族など)の旅費分も支払っていたことがあったために、わざわざ、国内でとか随行者の旅費不支給という文言が加わっている。なお、製薬業界からではないが、最近、北京で行われる研修会への参加を打診された当院スタッフがいた。不適切な利益供与にあたると考え、辞退してもらっている。
 製薬業界は積極的に講演会のスポンサーとなり、意見交換会という名目で宴会を行っている。また、院内で開かれる各種勉強会においても、製薬会社の製品説明会とのタイアップの形で弁当が提供される。医師は指導医の姿を見て育つ。悪しき慣行に次第に不感症となってくる。
 

 利益相反の視点から講演料等提供が問題視されていることは、企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン|日本製薬工業協会にある「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」本文をみてもわかる。本ガイドラインでは、以下の資金提供に関して情報公開することになっている。

A.研究費開発費等
 研究費開発費等には、GCP省令などの公的規制のもとで実施されている臨床試験や、新薬開発の治験及び製造販売後臨床試験が含まれ、また、GPSP省令、GVP省令などの公的規制のもと実施される副作用・感染症症例報告、製造販売後調査等の費用が含まれる。
B.学術研究助成費
 学術研究の振興や研究助成を目的として行われる奨学寄附金、一般寄附金、及び学会等の会合開催費用の支援としての学会寄附金、学会共催費。
C.原稿執筆料等
 医学・薬学に関する情報等を提供するための講演や原稿執筆、コンサルティング業務の依頼に対する費用等。
D.情報提供関連費
 医療関係者に対する医学・薬学に関する情報等を提供するための講演会、説明会等の費用。
E.その他の費用
 社会的儀礼としての接遇等の費用。

 これに対し、日本医師会・日本医学会から、「透明性ガイドラインの実施にかかる要望書」について(PDFファイル 396KB)が出された。

しかし、一方で透明性ガイドラインに対して批判的な意見や疑問が出されているだけでなく、将来の産学連携に悪しき影響を与えると懸念する声も多数出ています。特に非難の的になっているのが、製薬協会員企業が透明性ガイドラインに従い、項目C「執筆料・講演料などの支払額が医師名ごとに所属・職名、件数、総額」を公開する方針に対してです。このような特定の項目のみに焦点を絞って公開されることは、産学連携に貢献が多い医師の個人情報が一方的に開示されることになり、このような一方的措置への批判が集中しております。

 具体的には、項目C「執筆料・講演料などの支払額が医師名ごとに所属・職名、件数、総額」を公表を2段階方式にし、最終的な氏名開示までの試行期間を設けることが要望されている。医師の個人情報の保護という名目とはしているが、不適切な利益供与であるという印象を如何にして避けるかということが要望の背景にある。


 現在、高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会のなかで、降圧薬バルサルタン(商品名ディオバン)の不正問題が検討されている。今年9月末には再発予防策に対する結論が出る。しかし、第1回高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会 資料第2回高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会 資料、いずれを見ても、透明性ガイドラインに記載されている「B.学術研究助成費」にあたる奨学寄付金については言及されているが、「C.原稿執筆料等」には触れられていない。
 製薬業界から資金提供を受けて発売後臨床試験を行った結果が学術業績として評価されるだけでなく、講演料やパンフレット等への執筆料を事後に得ることで金銭的な利益ももたらされる。医薬品の発売後の臨床研究を行うことは、研究機関にとってみると、産学協同という名目で研究費を獲得できるだけでなく、研究者個人にとっても利益となる。
 バルサルタンを販売したノバルティファーマ社は、臨床研究に関わった同社元社員への上司からの指示はなかったと報告書のなかで述べている。しかし、業界の慣行のなかで製薬会社に有利な内容の研究成果を得ることは、研究側の利益ともなる。不正行為を誘発する環境に身をおいていただけでなく実行できる立場にいたことが、バルサルタン不正問題の背景にあるのではないかと推測する。


 日本医学会 - バルサルタン論文不正問題に関する日本医学会の見解では、「わが国の臨床研究は危機的な状況」と述べている。利益相反が重大な問題であることを認識し、医療関係者と製薬業界との関係を透明性の高いものとすることが求められている。日本医学会は、日本医師会ともに製薬業界に出した「透明性ガイドラインの実施にかかる要望書」を見直し、早期に原稿執筆料等に関する個人名公表に踏み切るべきである。
 当院では、紆余曲折を経たが、製薬会社主催の製品説明会に関しては食事等の提供をお断りすることになった。身近なところから、医療関係者が襟を正す第一歩だと考えている。