「影響力の武器」にみる認知バイアス
「影響力の武器」を久しぶりに読んだ。内容が多岐にわたるため、頭の整理のために内容をまとめた。
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- 作者: ロバート・B・チャルディーニ,社会行動研究会
- 出版社/メーカー: 誠信書房
- 発売日: 2007/09/14
- メディア: 単行本
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「影響力の武器」では、直感的な処理を行う自動的な反応のことを「カチッ・サー」という言葉で表現している。動物のなかにあるテープレコーダに行動パターンが録音されており、「カチッ」とボタンを押すとその場面に適したテープが「サー」と動き出すことを表現している。人間の行動の多くも自動的、紋切り型のものである。とてつもなく複雑な環境のなかに住んでいる人間は、あらゆるものを分析しながら行動することはできず、簡便法を用いて対応せざるをえなくなっている。通常はそのような行動が最も効率的ではあるが、場合によっては「カチッ・サー」と反応すると危険なことがある。本書は、自覚せずに行動することで誤りの原因となる認知バイアスについて、豊富な研究結果をもとに概観している。
まえがきの部分で、著者のチャルディーニは次のように記載している。
承諾誘導の実践家が相手からイエスを引き出すために使う戦術は何千とありますが、その多くが六つの基本的なカテゴリーに分類できるということです。(中略)これらの原理ー返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性ーは、社会でどのように機能するのかだろうか(中略)原理を検討するつもりでいます。
六つの基本的なカテゴリーのなかに含まれる各種行動パターンの要点を抜き書きしてみる。
1.返報性
恩義の感覚を伴う返報性のルールは、人間社会の文化に深く浸透している。私たちを人間たらしめているものの真髄は返報性のシステムである。
返報性のルールは、強力であり、受け取る義務があり、かつ、不公平な交換が導かれるという特徴がある。人は親切を施された相手から何かを頼まれると、お返しにそれ以上のことをしてあげることが多い。
返報性のルールのヴァリエーションとして、最初に譲歩して、そのお返しとして相手の譲歩を引き出すテクニックがある。これを「拒否したら譲歩」法あるいは「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」という。
2.一貫性
ほとんどの人には、自分の言葉、信念、態度、行為を一貫したものにしたい、あるいは、他人にそう見られたいという欲求がある。一貫性を志向することで、複雑な現代生活をうまくすり抜ける簡便方略が得られる。
コミットメント(自分の意見を言ったり、立場を明確にすること)をしてしまうと、人はそのコミットメントに合致した要請に同意しやすくなる。行動を含み、公にされ、努力を要し、自分がそうしたかったのだと見なされるコミットメントが最も効果的である。
小さな要請から始めて、関連する大きな要請を最終的に承諾させるという方略は「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」と呼ばれる。また、コミットメントを公表すること(「パブリック・コメント方略」)はコミットメントを持続させる効果がある。
人は自分がしたコミットメントについて、それが正しいということを示す新しい理由や正当化を付け加える。その結果、最初の条件が取り除かれたあとでも、コミットメントの効果が持続する。この過程を「ローボール・テクニック」という。
3.社会的証明
社会的証明の原理とは、私たちは他人が何を正しいと考えているかにもとづいて物事が正しいかどうかを判断する、というものである。要請に応じた他者が多ければ多いほど、ある人がその要請に応じるように促すことができる。
他人を模倣することの効果は、二つの状況において最も強い影響力を持つ。一つは不確かさである。もう一つは類似性である。
曖昧な状況では、他人の反応を知ろうとする傾向を皆が持つことにより、集合的無知という現象が生じる。大勢の傍観者がいるにも関わらず、助けを求める犠牲者に誰も援助を差し伸べようとしない事態が生じる。
自分に似たものが自殺するとそれをまねるものが相次ぐ。ゲーテの小説「若きウェルテルの悩み」の出版時の影響にちなみ、このことを「ウェルテル効果」と呼ぶ。
4.好意
人は自分が好意を感じている知人に対してイエスという傾向がある。
全体的な好意に影響する要因の一つは、その人の外見の魅力である。身体的魅力はハロー効果を生じ、才能や親切さや知性などの他の特性についても評価を高める。
第二の要因は類似性である。わずかな類似性でさえ、他者に対する望ましい反応を作り出す効果がある。
もう一つの要因は称賛である。私たちはお世辞に対して自動的に望ましい反応を示す。
親密性を高めることも、好意を促進する効果がある。特に相互の協力で成功がもたらされる経験が影響を及ぼす。
第五の要因は連合である。好ましい事象と自分を結びつけることが効果を及ぼす。プロスポーツ選手や人気のある芸能人が広告に用いられるのは、望ましいイメージを商品に結びつけることを期待されているからである。
5.権威
有名なミルグラムの実験が取り上げられている。権威者に対する服従は、通常は適応的な行為であるが、一緒の短絡的な意思決定として、思考が伴わない形で生じてしまう。
内容よりも姿形が重要視され、権威の単なるシンボルに反応することがある。実験で明らかにされている三種類のシンボルは、肩書き、服装、そして装飾品である。

- 作者: スタンレーミルグラム,山形浩生
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
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6.希少性
希少性の原理によれば、人は機会を失いかけると、その機会をより価値あるものとみなす傾向がある。その理由は二つある。第一に、手にすることが難しいものはそれだけ貴重なものであることが多い。第二に、手に入りにくくなると、私たちは自由を失う。心理的リアクタンス理論によると、この場合、以前よりも自由を欲するという形で、自由の喪失に対して反応する。
心理的リアクタンスが特に顕著になるのは、「おそるべき二歳」と十代である。この時期にあるものは、制限されることにとりわけ敏感である。「ロミオとジュリエット効果」とは、お互いの家同士の不和に基づく親たちの干渉が作り出した様々な障壁が二人の情熱を燃え上がらせてしまった、という現象を示している。
情報に関しても希少性の原理がある。制限された情報はより説得力があることが、検閲や独占的な情報に対する反応で示されている。
希少性の原理は、二つの最適条件のもとで最もより適用できる。第一に、希少なものの価値は、それが新たに希少なものになったときに一層高まる。第二に、私たちは、他人と競い合っているときに、希少性の高いものに最も引き寄せられる。
「影響力の武器」が示しているのは、心の二重過程理論における「自律的システム」のことである。人間には理性はない!?!・・・心の二重過程理論 - NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいんをみると、心の二重過程理論は次のように説明されている。
人間の脳の中には論理的な系統的処理を行う「分析的システム」と直感的な処理を行う「自律的システム」が平行して存在している。それぞれが独自のメカニズムで動いている。つまり一つの脳の中に二つの心が共存しているわけである。「分析的システム」と「自律的システム」を、先に述べた「理性」と「感性」と言う言葉で呼ぶことにする。心の働きに対するこういった考え方を二重過程理論と呼ぶ。
これらの二つの心の働きは、人間の進化の過程で獲得してきた性質である。特に感性の部分は、人間の脳の中にハードワイヤーとして組み込まれているのである。感性を持つことは動物の生存にとって有利な性質であるから、それが脳内に組み込まれているのである。(中略)人間は理性と感性に葛藤が生じるような危機的状態に置かれると、混乱したあげく、より根源的な感性に支配された行動を取る。
「影響力の武器」は、主にビジネスにおける承諾・説得を取り扱っている。六つの武器のなかで、希少性は最もわかりやすい。「残りわずか」、「限定」、「タイム・セール」など様々な文句で多用されており、売り出し側の狙いを見極めることができる賢い消費者も増えている。しかし、それ以外の項目に関しては、存在自体を意識にのぼらないことが多い。
権威に関するミルグラムの研究は、アイヒマン実験という別名もあり、ナチスドイツにおける残虐行為を検証するために研究が企画された。しかし、当初の予想と反し、米国における予備的実験の段階で、権威に対する追従が顕著であることが明らかになった。様々な検証研究がなされ、権威の影響力の強さが明らかになっている。
社会的証明という用語は、同調性という言葉の方が適切かもしれない。島国社会である日本では特に顕著のように思える。この社会的証明も含め、返報性、好意と3つの要素は、他者との相互関係が人の心理に関し、強い影響を及ぼしていることを示している。進化心理学の基本概念である互恵的利他行動が基盤にあり、文化として強化されたものといえる。
一貫性は自己評価を高めたいという行動原理が関係している。自分が他者より優れているという認知バイアスによって心理的安定を図るという性向が人にはある。
本書が紹介した「自律的システム」への働きかけに関しては、ビジネスだけでなく、様々な悪影響を及ぼしていることが過去の歴史をみても示されている。「人間には理性はない!?!・・・心の二重過程理論」では、このことに関して、次のような記載がされている。
しかしヒトラーのような独裁者も意識的、無意識的にこのテクニックを知っていたのだと思う。人々を動かすのは理屈ではない、フィーリング、感性なのだ。ドイツ人の中にあるユダヤ人に対する何ともいえない反感、嫌悪をあおったのである。それにより理性があるはずの知識人を含めて、ドイツ全体がヒトラーの扇動に乗ったのだ。
無謀な戦争に突入して敗北した戦争前の日本も、理性が支配していたとはとうてい思われない。合理的に考えれば、米国と戦争して勝てるはずはなかった。実際、軍部の要請で、ある軍人が、日米の経済力の差を詳細に分析した。その結果、日本はとうてい米国に勝てないという結論が明らかになった。その軍人は日本の指導者数十人の前で、そのことを報告した。それを聞いた東條たちリーダーは報告書を破棄するよう命令した。米国と戦争するという結論が先にあったのだ。大和魂という精神力で戦争に勝てると主張した。
バイアスとは歪みのことである。認知の歪みが人間関係にもたらされれば、偏見・差別という現象となる。人間は様々な認知バイアスを持って生活をおくっているという自覚を持ち、いざという時に立ち止まってもう一つの心の働きである「分析的システム」と使うというトレーニングを積むことが必要だが、かなり難易度が高い課題である。