「疫病と世界史」

 以前、本ブログでもとりあげたウィリアム・H・マクニールの「世界史」とジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」がベストセラーとなっている。

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 カナダ出身の歴史家、ウィリアム・H・マクニールさんの『世界史』(増田義郎佐々木昭夫訳、中公文庫・上下巻各1400円)は、発行部数が上下巻計48万部を突破した。原著は45年前に英オックスフォード大学出版局から刊行されているベストセラー教科書。固有名詞の羅列はなく、人類史を年代順に平易な文章で描き出す。



(中略)


 2月発売の草思社文庫『銃・病原菌・鉄』(倉骨彰訳、上下巻各945円)との相乗効果も指摘されている。同書は米国の進化生物学者ジャレド・ダイアモンドさんの世界史ノンフィクション。1997(平成9)年にアメリカで刊行され、98年度のピュリツァー賞に輝いた。今年2月の文庫化から3カ月で、上下巻計27万部を達成。平成12年刊行の邦訳単行本との合計部数は57万部を数える。タイトルは、ヨーロッパ人が他の大陸を征服できた3つの決定的要因のことだ。

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 書店に行くと、「世界史」、「銃・病原菌・鉄」両者が仲良く並んで平積みされている。そして、「世界史」のわきに、ウィリアム・H・マクニール著の「疫病と世界史」(原題 Plagues and Peoples)が便乗商法よろしく並んでいる。

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)

疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)


 「疫病と世界史」の方はベストセラーにはなっていない。疫病(Plague)という言葉自体がほとんど死語となっている。私も、「疫病」を「疾病」と空目をしてしまった。しかし、人類史上、大量死の最大の原因は疫病であり、疫病が世界史に与えた影響は軽視できない。


 人類史と感染症との闘いをまとめると、次のようになる。


 道具使用、言語機能発達、集団行動がもたらした狩猟革命を通じ、現生人類は他の大型肉食動物より優位に立った。出アフリカを果たした後、ユーラシア大陸全体に広がっただけでなく、オーストラリア、南北アメリカ、太平洋諸島など世界中に単一種として居住地域を拡大した。
 メソポタミアの肥沃な三日月地帯などで起こった農耕・牧畜の開始により、人類の個体数は急速に増大した。政治革命も起こり、国家が生まれた。しかし、人口の稠密化に伴い、人畜共通感染症が猛威を奮う素地が生まれた。古代史上、国家の存亡に関わる感染症として恐れられたのは、天然痘、麻疹だった。疫病が成人を含む多数の人命を奪うなかで、古代ローマ帝国ではキリスト教が、南北朝時代の中国では仏教が、人びとの魂の救済を図る宗教として受入れられていった。
 中世ヨーロッパを恐怖に陥れたのは、黒死病と恐れられたペストだった。ペストは、ネズミなどのげっ歯類とノミとの間に安定した共生関係にあった。モンゴル帝国の勃興とともに、ユーラシア大陸草原地帯に生息していたペスト菌が中世ヨーロッパにもたらされた。1347 ~ 1351 年の大流行時には、当時のヨーロッパの人口の 3 分の 1 が死亡するという大惨事となった。その後、検疫や公衆衛生策の徹底が行われ、ペストは次第に下火となっていった。
 流行が繰り返される中で、ユーラシア大陸では天然痘、麻疹などの疫病は小児期にかかる小児病となり、病原菌となる微生物は宿主となる人類に安定したミクロ寄生を行なうようになった。一方、南北アメリカ大陸など新世界の原住民は天然痘などに対する免疫を持っていなかった。このため、旧大陸から来た少数の侵略者がもたらした病原菌により天然痘などの疫病が大流行し、人口が激減し、植民地化に対し抵抗が全くできなかった。
 アメリカ大陸からもたらされた、とうもろこし、ジャガイモなどの高カロリーの作物は、人類の食料確保に多大な貢献をもたらした。ジェンナーが実用化した種痘などワクチンの開発により疫病の流行が抑制された。顕微鏡を用いた研究が進む中、細菌の存在が確認され、感染症対策が進んだ。栄養学の発展も効果的だった。
 農業、医療、公衆衛生、政治など様々な分野の発展に伴い、世界の人口は急激に増大しつつある。一方、土壌の荒廃、環境破壊、貧富の差の拡大に伴い、飢餓の問題は深刻化し、世界の不安定因子となっている。感染症も、サハラ以南のアフリカを中心に、人間と共存しながら慢性経過をたどるAIDSや結核が主要問題となっている。


 歴史の転換点に重奏低音のように流れているのが疫病であることがわかる。本書は、1975年に出版されたものであるが、全く古びていない。
 なお、人類史における疫病の重要性を調べているうちに、医学と公衆衛生に関する学術情報誌【モダンメディア】というサイトに、「人類と感染症との闘い」(加藤茂孝氏)という連載記事があるのを見つけた。人類と感染症との闘い−「得体の知れないものへの怯え」から「知れて安心」へ− 第11回「余話」 の最終ページに、全11回のWebアドレスが記載されている。この連載も、世界史や日本史に関する興味深いエピソードが満載である。ご参照にしていただければ幸いである。