診療報酬改定と後期高齢者医療制度(続き)
社会保険旬報No.2337(2007.12.21)「診療報酬改定と後期高齢者医療制度」より、医療経済フォーラム・ジャパン主催の公開シンポジウムの続きを。
【シンポジウム】
# 新川浩嗣(財務省大臣官房企画官・主計局厚生労働予算担当)
◇ 当面の歳出削減目標は11年度のプライマリバランス
一般会計歳出の経費別の推移をみると、社会保障の伸びは14.6兆(平成9年度)から21.1兆(平成19年度)と1.45倍となる。他の歳出に比べると非常に大きい伸びである。経済の伸びと社会保障の伸びに大きな乖離を生じている。
消費税は1%が2.5兆円に相当する。国の収入は10兆円である。多くの部分が地方交付税に回り、その残りの部分が年金・介護・高齢者医療の経費にあてられる。こういったものでファイナンスされた社会保障比21兆円が社会保障給付費90兆円の財源として投入される。
「2025年」は団塊の世代が75歳以上になり、後期高齢者医療制度に入っていく年である。それまでを視野に入れて推計すると、国民所得が1.4倍、年金給付が1.4倍の伸びに対し、医療・介護は1.7〜2.6倍になる。
当面の歳出削減額は14.3〜11.4兆円としている。「骨太の方針2006」を決めた際に、06年度まで過去5年間で歳出削減を行ってきたが、それと同等の削減努力を残り5年間、2011年度までつづけるという趣旨である。最大限14.3兆円の削減は3%後半という高めの経済成長が2011年までできた場合に初めてプライマリバランスがゼロになるということだ。2011年度というのは、団塊の世代が65歳になり始める、つまり年金受給開始年齢になるということで、2025年と並んでひとつの節目となる。
プライマリバランス達成後も2025年までを展望し、安定的・持続可能な財政状況をどのようにしていけばよいのか。一般歳出の相当規模を占める社会保障費の財源をどのように確保していくか。そうした議論を中長期的にしていくべき局面にきている。
# 竹嶋康弘(日本医師会副会長)
◇ 低い医療費で満足度の高い医療を提供している
OECDのヘルスデータ07によると、わが国は世界一の長寿国であり、健康寿命も第1位である。乳児死亡率も、アイスランド、スウェーデンに次いで世界で最も低い。国際的にみて保健医療水準は高いことがわかる。ところが、世界第2位の経済大国であるわが国の医療費は、対GDP比で8%とOECD加盟30ヵ国のうち、22位まで後退している。
イギリスは医療体制の崩壊に陥った。ブレア前首相は5年間で医療費に対する公的支出を1.5倍にする政策を打ち出した。結果、05年には医療費のGDP比で8.3%まであげている。06年には9%を超えるだろう。
医療に対する国民満足度は、日医のアンケートでは国民全体で83.6%、患者層では88.5%が満足と答えている。
昨年来、地域医療の現場から医師不足、とくに産科や小児科の不足が叫ばれ、勤務医の過重労働が社会問題化している。
厚生労働省は、医師の絶対数が足りないのではなく、地域偏在があるからだと指摘してきた。しかし、私どもはデータを示しながら、絶対的に医師数が不足し、加えて偏在があり、そのことが地域医療の崩壊をもたらしていると訴えてきた。
看護師も昨年の診療報酬改定で導入された7対1入院基本料により大病院が大量に採用し、地方の中小病院や有床診療所は急激な看護師不足に陥っている。
医師不足の根本的原因は長年にわたる医療費削減の中での人的資源不足である。
女性医師の割合が増えていることも影響を与えている。
勤務医の過重労働の改善を求める声も強い。
◇ 在宅変調の政策は後期高齢者を苦しめる
医療提供者として、75歳という年齢で医療に差をつけてはならない。
後期高齢者は疾病が発生するリスクが高く、保険原理が働きにくい上、年金生活者が多く、保険料、患者一部負担は大きな負担となる。国民の税による保障の理念によって後期高齢者を支えるべきである。
後期高齢者の特性として、一旦疾病に罹患すると全身の状態が急激に低下しやすい。同時期に複数の疾患にかかり認知症・廃用症候群になりやすい。世帯環境からみても、後期高齢者の1/3は「独居」または「老々世帯」である。在宅偏重の政策は、地域の総合的支援体制がないと後期高齢者を苦しめることになる。
療養病床の削減の根拠として、厚労省は医療区分1が社会的入院であるとしているが、日医の調査では医療区分1の2割は医学的管理が必要な患者である。医療の療養病床は平成12年に26万床が必要だと主張している。
後期高齢者の診療報酬体系は、外来は出来高払い、入院は原則出来高払い、慢性期の一部を選択制の包括払いとする。
医療費の総額については、OECDの平均に達するためには現在の医療費を9〜10%増やす必要がある。その財源としては、独立行政法人の運営交付金や国家公務員の人件費削減を行うほかに、保険料率の見直しをすべきである。さらに、国の財政を見直し、一般会計と特別会計を連結し予算・決算を行うべきである。
# 田中一哉(国民健康保険中央会理事)
◇ 登録定額報酬めざせ
国保中央会はかかりつけ医に関する研究報告を提言するに当たって、モデル事業を行った。
たとえば、茅野市では、いつでも必要な時に入院できる体制が必要と考え、病院のベッドをかかりつけ医のために常時4床確保した。多くの住民が安心して診療所にかかるようになった。
こうしたかかりつけ医の機能を発揮するために、地域住民を対象とした「登録担当医制度」をわれわれは提言している。そのポイントは、1)かかりつけ医体制の強化による地域高齢者の医療と健康への関心、2)出来高報酬と登録人数に応じた定額報酬を併用した医師報酬体系の確立である。
厚労省が提示した後期高齢者医療の診療報酬体系の「骨子」では、登録制度の導入が留意事項のところに記されている。これはぜひ本文の中に入れてもらいたい。
住民がかかりつけ医を登録することにより、頼れる開業医が増える。診療所と病院という医療資源機能を明確にし、病院との連携が緊密になる。医療のムダも排除される。
もうひとつ今回の「骨子」で不満なのは、主治医の役割である。かかりつけ医にわれわれが期待するのは、治療だけでなく地域住民の健康管理と疾病予防に積極的な役割を担ってもらうことである。来年4月からは国保も含めて特定健診・保健指導が新たに始まる。生活習慣予防に医療保険者は義務として取り組まなければならない。
登録定額報酬を導入すべきだというわれわれの主張は、こうした治療以外の役割を積極的に果たしてもらうためにも、ぜひ実現してほしいと考えている。
# 中村洋(慶應大学大学院教授)
◇ 医療機関のムダ 「合成の誤謬」がある
財政収支の悪化と高齢化を背景に診療報酬が連続してマイナス改定となっている。ムダの部分を削るだけで、不採算の部分に対応しなければ、経営に大きな悪影響を与える。
そこには経済学でいう「合成の誤謬(個別には正しいが全体としては間違っていること)」がある。
今後、何をめざすべきかを考えると、「希望と安心」、「財政健全化」、この2つを両立させなければならない。
日本の財政構造は先進国で最悪である。日本政府の債務残高は2006年には対GDP比160%をこえている。「財政健全化」を「財政主導」と批判するだけでは、なにも解決しない。健全な財政があってこそ持続可能な制度が確立できる。
一方、診療報酬が連続してマイナス改定になったことは、医師の不足(偏在)、診療科の廃止といった医療現場の問題に直接的・間接的に影響している。財政健全化は持続可能性を高めるための「手段」であるはずなのに、それ自体が「目的」になっていないか心配される。
◇ コストを把握した点数の効率化・適正化を
コストをしっかりと把握する。そして、コストパフォーマンスが良い効率的な事業者や地域を参考にし、適正コストを算出し、適正な利潤を加えて報酬点数を設定する必要がある。適正なコストから見て、点数が足りない部分は増やし、余分は部分は減らすことが本来の効率化・適正化である。今後マイナスに偏った効率化・適正化が行われると、現在顕在化している医療現場の問題がさらに深刻化しかねない。
効率的なコストに基づく診療報酬点数の設定の課題は、第1にコスト把握である。第2の課題は、点数引き下げで医療現場を混乱させないことである。
◇ 財源確保のため国民の理解と納得を得る
日本は先進国に比べて高齢化率が最も高いにもかかわらず、国民負担率、消費税率、実効所得税率(とくに中所得者層)が比較的低い。「共生」の必要性から、どこで、どうやって税負担増を行うかの真摯な議論が必要である。
国民の負担増を可能にするには以下の3点が必要である。
第1に、負担増の目的(メリット)の明確化・具体化である。どんな社会をめざそうとしているかビジョンを明確に示すことが重要である。その一環として、後期高齢者医療制度におけるサービス拡充は優先順位の高い施策となる。
第2に、医療分野自体での「効率化・適正化」は必要不可欠である。「医療分野での『効率化・適正化』は進めないが、他の部門での『効率化・適正化』を進め、あまった資金を医療分野に」という論理は世論へのアピールが弱い。
第3に、社会的弱者の負担増の軽減・回避は重要である。たとえば、消費税引き上げの議論において、食料品に対する引き上げ幅の圧縮は検討する価値がある。
最後に、われわれはこの問題を政争の具にしている時間はないことを指摘したい。遅れれば遅れるほど、苦しんでいる人を救えない。
シンポジウムの主な質疑と読み終えた感想は、明日まとめて記す。