「障害者病棟」に障害者が入院できない

 CBニュース(2008年4月25日)、「障害者病棟」に障害者が入院できない、より。

「障害者病棟」に障害者が入院できない
【特集・第8回】 2008年度診療報酬改定(8)
小森直之さん(医療法人社団恵仁会理事長)


 今回の診療報酬改定は、慢性期治療を担う病棟に対する入院基本料の算定要件を厳しく締め付けた。重度の患者か、在宅復帰の見込める患者でないと、入院を続けるのは難しいという内容だ。慢性期への評価を下げ、在宅医療を進めようとする政策は、地域医療を担う民間病院にどのような影響を与えるのか。少子・高齢化が進む中、今回の改定は医療の将来像をどう変えたか_。京都市内で病院を経営する京都私立病院協会理事の小森直之さんに聞いた。(熊田梨恵)


−先生の病院では、一般病棟169床すべてに障害者施設等入院基本料を算定しています。今回、特殊疾患病棟入院料と障害者施設等入院基本料の算定要件だった「重度の肢体不自由児(者)または脊髄(せきずい)損傷等の重度障害者」から、脳卒中の後遺症や認知症患者が10月から外されることが決まりましたが、どうみますか。
 今回の診療報酬改定は、身体障害者手帳を持っていても「障害者病棟」に入院できなくなるという矛盾した事態を起こしました。「特殊疾患病棟入院料I」では、「意識障害レベルがJCS(Japan Coma Scale)でII−3(または30)以上か、GCS(Glasgow Coma Scale)で8点以下の状態が2週以上持続している患者や、無動症の患者は算定を認めると言ってはいますが、これらに該当するのは触れてもほとんど反応しないほどの重度の患者で、絶対数が少ない。これでは1級の障害者でも入院できないことになり、大問題です。本当に対象から外してよいか、国は再考すべきです。


−今回の診療報酬改定では、脳卒中の後遺症を持つ患者の行き場がなくなることを問題視する声も聞かれます。
 慢性期病棟に入院できなくなったり、急性期病棟からの早期の転院を迫られたりする脳卒中の後遺症の患者は行き場がなくなり、今後、無視できない問題になることは確実です。呼吸管理のため、手術後にレスピレーターを付けている患者が、療養病棟に転院する場合、スタッフの労働力や医療費の負担が重くなることなどを考えれば、療養病棟も手いっぱいで、受け入れは難しいでしょう。10月を待たず、6、7月になれば問題が顕在化し始めるように思います。


−今までの入院基本料が算定できなくなり、病院経営にとっても大打撃です。
 障害者病棟または特殊疾患療養病棟を一日約3,000円として試算した場合、100床有していれば年間で約1億円の減収になり、経営を維持できません。算定を継続するためには、筋ジストロフィー患者か難病患者をどこまで受け入れるかということになりますが、類似する患者は少ないため、厳しいでしょう。また、障害者病棟は、一般急性期の患者を病棟の3 割未満で受け入れているため、亜急性期病棟のような役割も果たしています。この機能がなくなれば、急性期の受け入れ先も一層少なくなるでしょう。


■急性期を担う民間病院が消える
−今回の診療報酬改定の民間病院への影響は。
 そもそも病院の利益率は2%以下という、民間企業から見ても低過ぎる状態。その上、今回の改定は、トータルで0.82%のマイナス改定です。また、薬の処方も2002年度改定で長期投薬制限が撤廃されている上に、今回の改定で睡眠導入剤や医療用麻薬の30日処方が可能になったため、外来患者は確実に減ります。再診料がわずかに上がったものの、つまるところ病院は減収です。現在でも7:1の看護配置が満たせない民間の急性期病院は、国公立病院に看護師を取られてしまい、100床単位で病棟閉鎖している状況です。さらに、厚生労働省医療機関の新規建て替えに対する補助事業として、「医療施設近代化施設整備事業」を実施していますが、国公立病院の建て替えが一定程度終わった約2年前から、実質稼働していません。病棟を閉鎖して診療所になる病院が増えることは間違いなく、現在約9,000か所ある病院は、ここ2、3年で確実に減少し、実質的な二次救急の役割を果たせる急性期病院は少なくなるでしょう。厚労省は民間病院をなくそうとしているとしか思えません。


−勤務医の負担軽減の観点から、「ハイリスク妊娠管理加算」や「新生児入院医療管理加算」などが産科・小児科に重点配分されました。
 これらは病院の収入です。院内では外科医や内科医、脳外科医など、さまざまな医師たちが過酷な労働環境の中で頑張っているのに、経営者としては産科や小児科医の給料だけを上げるわけにはいきません。医療機材や赤字部分の補てんに消えてしまうため、負担の軽減とはほとんど関係がないです。また、へき地に医師を派遣するなどの対策も講じているが、麻酔が必要なことを考えれば、外科医以外は一人で手術はできません。とにかく医師を一人派遣すればいい、というやり方は間違っています。


−ますます勤務医が開業に走るケースが増えますね。
 急性期の若い勤務医は訴訟リスクを嫌がり、現場から離れます。また、厚労省はこの4月から標榜科目を2種類の組み合わせにするよう通知しましたが、例えば「心臓血管外科」などとすると、診療の幅が狭まって、ほかを診られなくなるため、医者はさらに細分化されてしまい、勤務医が減ります。さまざまな要因から、医師不足は広がっていきます。最初は窓口を緩めて誘導しておいて、後からはしごを外すのが国の政策の典型なので、今度はおそらく、数が増えた開業医への締め付けが厳しくなるでしょう。また、開業医が集中する都市部では、在宅患者の奪い合いが始まるかもしれません。


−国は在宅医療を進めようとしていますが、うまくいくでしょうか。
 国は医療費抑制を目的に、病床を減らして在宅医療に移行しようとしていますが、実際は在宅より病院などの施設で診る方が医療費は掛かりません。例えば脊髄損傷で首から下が動かない障害者の場合、病院などの施設では月間40万円掛かりませんが、在宅だと24時間誰かが見ていなければならず、療養環境整備などを考えても100万円前後は掛かります。これでは市町村財政は確実に破綻(はたん)し、いつまで在宅で患者を診られる体制が取れるか疑問です。市町村が運営する介護保険も、介護給付費が制度開始当初の3.6兆円から今では約7兆円にまで膨らみ、財政は限界です。国自体が800兆円近い借金を抱える今、何が正しいのか、もう少しすれば見えてくるのではないでしょうか。


■厳し過ぎる将来像
−民間病院は今後どうなるのでしょう。
 50年後に日本の人口は半減します。東京に日本の総人口の約1割が集中しており、東京・名古屋・大阪に過半数が住み、地方の人口が減少しているというデータが先日出ました。東京都港区や台東区などでは、中学3年まで通院・入院費用を助成という形で無料にしているのが良い例で、人口が多く財政の豊かな自治体はインフラも整備できるため、今後も地方から都市部への移住が広がるのは間違いないです。しかし、移住が進んでも、地域住民の命を守る病院は最後まで残らねばなりません。このとき、地域に民間病院が一つしかなければ、その病院はどうなるのでしょう。医療法人は税金を企業並みに取られますが、配当はできないため、相続税などもろもろの借金を抱えて倒れていくしかありません。こういう部分こそ、本来は国が面倒を見るべきではないでしょうか。社会医療法人なども要件が厳し過ぎて、なれるところはありません。国は地方の民間病院をなくして、都市部の大病院だけが生き残るようにしているとしか思えません。


医療崩壊が叫ばれています。日本の医療に未来はあるのでしょうか。
 行き着くところまで行き、日本の医療は一度崩壊するでしょう。しかし、官僚は入れ替わるので、誰が責任を取るかです。人口が減り、国が少子化対策などを進めようとしている一方で、産科や小児科が減って分娩(ぶんべん)制限する病院があるとは、全くおかしな話です。国民は日本の医療費が先進諸国に比べて安いということを知らなければなりません。病院と診療所の違いすら理解されていない現状ですが、もっと医療のことを知る必要があります。最後には自分の周りで医療が崩壊している現状に、国民が気付いて声を上げていくしかないのではないでしょうか。


 以前、本ブログで、「脳卒中患者の行き場がない」のご紹介をした。本記事と同様の趣旨である。「重度の肢体不自由児(者)または脊髄(せきずい)損傷等の重度障害者」から、脳卒中の後遺症や認知症患者を除外する」という変更は、関係者以外ほとんど知られていないが、障害者に対する人権問題ともいえる重大な問題である。
 後期高齢者特定入院料の問題も深刻である(後期高齢者特定入院料とリハビリテーション参照)。一般病棟に90日を超えて入院している後期高齢者は「後期高齢者特定入院料」というきわめて低い診療報酬設定となる。脳卒中患者や認知症患者は、「後期高齢者特定入院料」除外規定から除かれたため、医療の必要があっても一般病棟で入院を継続できない。


 脳卒中患者の行き場がない。「障害者病棟」に障害者が入院できない。後期高齢者が医療を受けられなくなる。医療を受ける権利が社会的弱者から奪われようとしている。