診療報酬改定と後期高齢者医療制度(主な質疑から)

 社会保険旬報No.2337(2007.12.21)「診療報酬改定と後期高齢者医療制度」より、医療経済フォーラム・ジャパン主催の公開シンポジウムの続き、主な質疑を。

【主な質疑から】
# コストに関する質疑
厚労省原医療課長) コスト分析による点数設定は難しい。
慶應大学中村教授) コストの把握を最初のステップとして、次に、政策的設定の是非を考えることが必要。


# アクセス、特にフリーアクセスに関する質疑
厚労省原医療課長) 登録医の部分で、国保中央会と日医が対立している。登録制度のようなものは予防分野においてはいいのではないか。
国保中央会田中理事) 登録医体制はめざすべき方向。総合医をめざす若い先生が増えていけば、そう遠くない時期にわれわれが提言した体制が整備される。予防や健康管理を診療報酬でみるのがいいのかどうかは議論が分かれるところ。「医師報酬」という言い方のほうが適切。医師の報酬は、いわゆる現物給付・出来高払いの診療報酬とそうでないものに区分する形が望ましい。
(日医竹嶋副会長) 登録制は医師のインセンティブを殺ぐ面がある。登録医は皆保険制度に抵触する。国保中央会の提言は、言葉だけが先行している。健康・予防に関しては、現場では治療と一線を画せない。診療報酬が少なすぎる。財源をほかのところから持ってきてもいいという考えもある。
国保中央会田中理事) イギリスのGPシステムがうまくいっているかどうかという評価は、もっと分析しなければならない。イギリスに行く機会があったが、「日本人は何でこんなにお医者さんが好きなのか。何でこんなに医療を受けたがるのか。」ときかされた。日本の医療は社会保険方式であり、保険は収支バランスをとるのが前提である。
(日医竹嶋副会長) 在院日数は長くても、トータルの入院の医療費は決して高くない。外来も1回あたりの医療費は少ない。何回か通院しても医療費がかからない。そのうえ、受診ごとにいろいろチェックするから大きな病気に至らない。フリーアクセスだとムダが生じるとは言い切れない。
厚労省原医療課長) フリーアクセスについては、できるだけ守るほうがいい。ただ、制限をつけなくていいのかという問題もある。例えば、夜間の救急は診療報酬では非常に高く設定しているが、子どもの場合自己負担がないので遠慮なく行く。そのことによって病院の小児科医は疲弊している。制限のつけ方としては、たとえば償還払いにする。また、病院の外来は専門的なところに絞る。そうい制度的なものにするか、受診の仕方を教育するかという方法も含めマネジメントを加えていかないと、大変なことになる。
(日医竹嶋副会長) 日本の病院は外来を診なくてもやっていけるという仕組みができていない。そういう日本の医療費の低さについて、しっかり考えるべきだ。
(全社連伊藤理事長) 厚労省が検討していた総合診療医について、日医の考え方を聞きたい。
(日医竹嶋副会長) 総合診療科というのが5月にいきなり出てきた。議論を十分してから出すべきだと思う。日医としては認められない。総合的に診る医師とか、かかりつけ機能をもった医師とかは、医師として当然やっていくべきことである。日医はそういう医師を養成する方針である。


# 病床数についての質疑
(フロアから) 厚労省は、病床数が多いから、病院は自然淘汰して少なくしていこうという方針ではないのか。
厚労省原医療課長) 病院がつぶれればいいと思っているわけではない。ただ、病院という形で医師や看護師を常駐させている施設で診なくてもいい人は、たくさんいる。そういう人たちは病院ではない形で診ていく方法を考えないと、医療費の問題だけでなく、医師数の問題が出てきて、人材という面で対応できなくなる。それは自宅ではなく、老健施設でもいい。急性期の医療のところで医師が足りない。医師をそちらに持っていくためにも、慢性期の部分は医療の密度を薄めるような形で対応すべきではないか。


# まとめ
(座長、医事評論家 水野肇) 日本が国際的にみて低い医療費で高い健康寿命を維持しているのはなぜか。一つは医師および医療従事者全体の犠牲的な努力があったと思う。ところが、大学の医局のタガが外れて、勤務医や開業の先生がみんな医師としての自覚から、「不当に低い報酬でこんなに働かなければいけないのか」などということを考えはじめた。加えて、小泉内閣の政策がある。小泉さんは医療費を「減らせ」と命令だけして、全部財務省に丸投げした。こうしたことが引き金になって、いま日本の医療はガタガタになっている。ここ1〜2年の間に応急処置を含めて立て直しの方向に行かないと、大変なことになる。しかし、国民のコンセンサスを求める必要があるのに、政府はそれをしない。社会保障というのは国民と政府の一種の約束だと思う。約束を「守れないようになった」と国民に対し率直に説明すべきだ。


 近藤克則先生の著書「医療費抑制」の時代を超えて ーイギリスの医療・福祉改革に重要な指摘がある。なお、本書については、後日、じっくりとご紹介したい。

# 「安くて、速くて、質のよい医療」はありえない。
 医療サービス研究の分野では、医療制度や政策を評価する際に、3つの基準、効果(Effectiveness)と効率(Efficiency)と公正(Equity)でバランスよく評価すべきであることが常識になっている。医療費抑制により改善する「効率」は3つのモノサシの1つに過ぎず、「効率」ばかりに注目して改革すると、他の2つにしわ寄せが生じる。ここで注意すべきは、この3つの基準をすべて同時に満たすことはできない点である。満たすことができるのは、「3つのうち2つまで」というのがコンセンサスとなっている。


 1月11日のエントリーで記した厚労省原医療課長の講演の一部をあらためて記載する。

 望まれる医療として3つの要素がある。質の良い医療、アクセスの良い医療、安いコストである。今、これがどんどん崩壊し始めている。日医はフリーアクセスは絶対必要だと言い、財務省はコストを下げろと言う。そうしたら質を下げなければいけない。もうすでに急性期病院から医師がいなくなっている。
 質がよく、アクセスも保たれ、コストの安い医療をなぜ日本はやってこれたのか。おそらく医療従事者のボランティア精神によってなんとか持ちこたえてきたのだろう。急性期医療が疲弊してきている。臨床的な面で病院をサポートしていかないと質はどんどん下がっていく。ではどの道を選ぶか。国民に判断してもらわなければいけないのだが、なかなか難しい。したがって、この辺は日本的な考えで、ほどほどにやる。おそらくそれが結論になる。
 質は頑張って下げないようにしてほしい。
 アクセスについては、国民にもう少し考えてもらいたい。モラルに期待してできなければ、制度的に締めていかなけばならない。
 それから、「コストをもう少しください」というのが、私どもから財務省へのお願いになる。
 日本の医療は、今までは確かに余裕もあって、ある程度いい状態できていたのかもしれないが、もう限界点に達しているのではないか。


 原課長は、おそらく、近藤先生の書籍を読んだ上で、上記発言をしているのではないか。効果=質の良い医療、公正=アクセスの良い医療、効率=安いコスト、ということになる。しかしながら、「したがって、この辺は日本的な考えで、ほどほどにやる。おそらくそれが結論になる。」という部分は無責任すぎて、何回読んでも腹が立つ。水野先生が言われるとおり、国の医療政策の誤りにより、「医療崩壊」という現象が生じたのだということを説明する義務が政府にはある。それをしないから、医療に対する不満が医師をはじめ医療従事者に向けられる。やりがいを失い、病院を立ち去る医師が増え、そのことが残された医師の負担感を増すという悪循環にはまっている。


 後期高齢者医療制度では、登録制度が話題となっている。日医はフリーアクセス制の維持を主張している。国保中央会田中理事の「日本の医療は社会保険方式であり、保険は収支バランスをとるのが前提である。」という発言から伺えるように、登録制度はアクセス制限による医療費抑制を目的としている。保険者と厚労省両者からの集中砲火を浴びながら、日医が孤軍奮闘しているようにも見えてくる。少なくとも、医療費抑制政策の弊害が明らかなこの時期に登録制度を推進しようと国保中央会姿勢には疑問を感じる。るいそう著明な患者に、さらに食事療法を強化しようとしている。もし、これが医療現場なら、栄養サポートチームからの指導が入るだろう。


 各国と比べて飛び抜けて高い日本の自己負担率に加え、後期高齢者に新たに保険料負担がのしかかる。介護保険と同様に、使った費用が増えると保険料にはねかえる。介護保険制度導入時には、介護の社会化という名目があった。しかし、今回の後期高齢者医療制度は、被保険者にとってメリットは全くない。持続可能な医療制度構築のためというお題目があるだけである。医療保険介護保険両者にかかる保険料は格段に増える。経済的困窮にあえぐ後期高齢者は、果たして耐えられるだろうか。


 後期高齢者医療制度で診療報酬がどのように変更されるのか、具体的な姿は見えてこない。後期高齢者を総合的に診る取り組みの推進とはいったいどのようなシステムを考えているのか。入院では、急性期医療を大きく変えるつもりはないとのことだが、早期退院を促されるのではないか。在宅医療における工夫とは何か。五里霧中のまま、水面下で準備が進んでいく。厚労省は、医療機関からの信頼を既に失っている。病院や診療所は生き残りのための対応をひたすらしていくしかない。