診療報酬改定と後期高齢者医療制度

 社会保険旬報のNo.2336(2007.12.11)とNo.2337(2007.12.21)に、「診療報酬改定と後期高齢者医療制度」という記事が掲載された。さる10月25日に、都内で開かれた医療経済フォーラム・ジャパン主催の公開シンポジウムをまとめたものである。
 今回は、厚労省保険局医療課長の原徳壽(はらのりひさ)氏の基調講演について取りあげ、現在の厚労省の考え方を探る。

* 原徳壽氏のプロフィール
 昭和56年に自治医科大卒。同年京都府衛生部に入り、平成2年に厚生省健政局計画課、同6年に医療課の課長補佐、富山県厚生部長、環境庁特殊疾病対策室長、文科省がん研究調整官、防衛庁運用局衛生官をつとめ、18年7月から現職。


【基調講演】
# 日本の医療の現状 老人医療費無料化の影響
 昭和23年、医療法制定。
 昭和36年国民皆保険成立。
 昭和48年、老人医療費無料化。モラルハザード(病院が老人サロン化、高齢者の長期入院)。10年後に、特例許可老人病棟制度を作る。さらに、5年後に老人保健法制定。


# ベッドの量的規制には成功した医療計画の導入
 昭和60年、医療計画導入。病床の量的規制。
 平成13年、一般病床と療養病床の区分を設ける。
 平成18年、医療法改正。病院の機能分化をはかる。
 ベッド数の推移: 昭和30年代から40年代前半に一つの山(国民皆保険の影響)。昭和55年をピークに第2の山(老人病院の急増)。昭和63年をピークとした山(駆け込み増床)。結果、一般病床が昭和30年当時の20万床から125万床になった。以後、一般病床+療養病床=125万床はほぼ変わっていない。量的規制の意味で医療計画は成功した。


# 各国に比べ圧倒的に多い日本の125万床
 人口比でみて、125万床というベッド数は、世界のどの国と比べても多い。人口千人あたり、日本は14.1(精神病床含む)。一般病床に限ると10〜11。ドイツ10.2、フランス7.5、イギリス3.9、アメリカ3.2。「病院」の定義もいろいろあるが、「病気をもった人々を医師や看護師が常駐している施設で治療する」ところと考える。
 人口千人あたり医師数は、イギリス、アメリカは2.4、ドイツ・フランスは2.4に対し、日本は2.0と少ない。アメリカは医師以外のスタッフが日本でいう医療行為をどんどんやっているので、医師が行う仕事量は比較的少なくてすむ。いずれにしろ、日本の医者は少ない。
 人口千人あたり看護職員数は、日本が9.0であり、他の国と比べて遜色がない。ただ、100床あたりや患者あたりの医師や看護師数はやはり少ない。特に医師数は圧倒的に少ない。


# 医師は絶対数が少ない 医療費全体も増やす必要
 医師の仕事量が増えている。
 さらに、日本では病院では面倒をみていない患者を慢性期に張り付けているので、急性期病院は非常に手薄になっている。
 日本ではGDPに対する医療費が非常に少ない。先進30ヵ国が加入するOECDデータでみると、日本の医療費は対GDP比8.0%で、30ヵ国中22位である。イギリスは低医療費政策をずっとつづけてきて、医療の中に歪みが生じてきた。そこでブレア政権が方向転換をし、GDP比では18位となった。韓国が6.0%で最も低く、アメリカは15.3%で飛び抜けて高い。しかし、それで国民みんながハッピーかどうかは疑問である。アメリカをそのまま見習う必要はない。ドイツ、フランスは10.7〜11.1%程度だから、日本ももう少し医療費全体を増やさなければいけない。
 もう一つの問題は、死亡場所である。現在、8割程度が主として病院で亡くなっている。他の国では、ケア付き住宅などの福祉系施設やナーシングホームが多い。日本の病院は一部そのような機能まで担っている。他の国では福祉のところでやっている仕事まで病院が担い医師がやっている。


# 高齢者の入院需要が急増 脳血管疾患が多い
 平成17年患者調査によると、60歳あたりから年齢が10歳増えると入院率は2倍になる。90歳以上になると、10万人あたり1.2万人入院している。人口ピラミッドでみると、65歳以上人口のヤマ場は2025年に迎える。入院受療率と人口ピラミッドの変化を掛け合わせると、2035年までは入院需要が増え、180万床程度必要となる。
 疾患では脳血管疾患が多い。早期治療、早期リハビリ、回復期リハビリをしっかりする。そうすることで入院が必要な状態をできるだけ避けていく。
 平成18年度に医療制度改革が行われた。安心・信頼の医療の確保と予防の重視、医療費適正化の総合的推進、超高齢社会を展望した新たな医療保険制度の実現の3つの大きな目標がある。病院という医師や看護師を必要とするところで、あまり医療の必要度がない人を診るのは非常に高価につく。病院という形態でのサービスの提供は控えるようにしなければ適正化は進まない。そのため、療養病床を少し減らそうということになった。


# 若人の仕送りがないと後期高齢者医療は賄えない
 医療費全体を増やすとしたら、誰に出してもらうかという問題になる。もう国費は出せないと財務省はいう。各国の自己負担をみると、日本は17%、アメリカが13%、イギリス11%、ドイツ13%、フランス6.9%である。後期高齢者の医療費は全体で11兆円強だが、1割は自己負担として、残り9割は公費5割(国4、都道府県1、市町村1)、74歳の医療保険からの仕送り(後期高齢者支援金)、そして高齢者自身の保険料1割とする。この構造では若年者の仕送り部分は徐々に減り、公費部分は増える。しかし、税金で補うのは限界がある。若い人からの仕送り部分は重要な意味を持っている。


# 国保中央会と日医が提言 登録医制には反対意見も
 国保中央会が研究報告を出し、かかりつけ医機能について述べている。しかし、登録医制については反対の意見もあった。医師会からも、「在宅における医療介護の供給体制、『かかりつけ医機能』の充実指針」で決意を示された。
 中医協でも、支払側と診療側に大きな相違はない。ただ、登録医制度を入れるかどうか厳しい対立がある。特別部会で、「後期高齢者医療の診療報酬体系の骨子」をまとめた。そこでは、1)74歳以下の者に対する医療との連続性、2)これまでの老人診療報酬の取組みの継承を基本とする、とはっきり書いた。


# 後期高齢者医療の入院・外来・在宅ケアの姿
 外来では、「後期高齢者を総合的に診る取り組みの推進」がある。
 入院では、急性期医療を大きく変えるつもりはない。慢性化する、あるいは完全に治りきらないうちに退院することが多々あるので、どうスムーズに退院させるかに着目したい。
 在宅医療では、様々な工夫をしたい。急に悪くなった時に病院にスムーズに入れるようにする、ショートステイの施設に入れるようにするために、主治医とケアマネージャーとが十分な情報を共有し、より適切なサービスにつなげていく。
 終末期医療では、がん末期の疼痛緩和ケア、ターミナルの医療をどうするか。


# 次期改定は医師不足対策が最重要課題
 来年度の診療報酬改定で、いちばん重視するのは医師不足対策である。産科、小児科に限らない。医師の地域的偏在もある。


# 30年後は180万床必要 医療の3要素は崩壊する
 現在の医療の提供をそのままにしておいて今の入院の状況が続くと、病床は180万床必要となる。医師をどう配置するか、そのお金をどのように賄うかを考えた時、実現させてはいけない数字だと思う。そのためには、非常に大きな問題となっている脳卒中対策をしっかりとやっていく必要がある。とにかく脳卒中になって入院を長引かせない医療をめざすべきだと思う。
 望まれる医療として3つの要素がある。質の良い医療、アクセスの良い医療、安いコストである。今、これがどんどん崩壊し始めている。日医はフリーアクセスは絶対必要だと言い、財務省はコストを下げろと言う。そうしたら質を下げなければいけない。もうすでに急性期病院から医師がいなくなっている。
 質がよく、アクセスも保たれ、コストの安い医療をなぜ日本はやってこれたのか。おそらく医療従事者のボランティア精神によってなんとか持ちこたえてきたのだろう。急性期医療が疲弊してきている。臨床的な面で病院をサポートしていかないと質はどんどん下がっていく。ではどの道を選ぶか。国民に判断してもらわなければいけないのだが、なかなか難しい。したがって、この辺は日本的な考えで、ほどほどにやる。おそらくそれが結論になる。
 質は頑張って下げないようにしてほしい。
 アクセスについては、国民にもう少し考えてもらいたい。モラルに期待してできなければ、制度的に締めていかなけばならない。
 それから、「コストをもう少しください」というのが、私どもから財務省へのお願いになる。
 日本の医療は、今までは確かに余裕もあって、ある程度いい状態できていたのかもしれないが、もう限界点に達しているのではないか。


 厚労省幹部の講演とは思えない部分が散見される。
 特に、「医師の絶対数が少ない」という部分や低医療費政策のひずみに関する認識は、この間、本田宏先生など医療崩壊に危機をもった医師が全国で発言してきた内容とほぼ同じである。具体的データをもとにした訴えを、厚労省も無視できなくなったのだろう。
 一方、財務省のコスト削減の圧力に対しては抵抗していない。それどころか、「この辺は日本的な考えで、ほどほどにやる。おそらくそれが結論になる。」などと逃げ口上を述べている。官僚の限界か、覚悟をもっておらず、腰が引けている。
 医療費自己負担の高さは認識されている。しかし、後期高齢者自身から保険料をとる悪影響については自覚していない。


 脳卒中対策の必要性、リハビリテーションの重要性については、認識しているようだ。しかし、臨床の経験がないためか、リハビリテーションに対する無知のためか、観念的な言葉だけを並んでいるように思える。


 このシンポジウムは2007年度医療費総枠が決まる前に実施された。診療報酬本体部分わずか+0.38%では、2006年度マイナス改定も取り戻せない。医療崩壊が決定的とならない限りは、抜本的対策を国はとらないつもりなのだろうか。