一流のプロは「感情脳」で決断する

 一流のプロは「感情脳」で決断する、を読んだ。

一流のプロは「感情脳」で決断する

一流のプロは「感情脳」で決断する


 最新脳科学研究が明かす、「理性による意思決定」の限界、と本の帯に記載されている。「感情脳」の方が「理性」より大事である、と誤解されかねない邦題となっているが、原題は「How We Decide」である。意思決定における「感情」と「理性」の役割の違いについて理解し、最適の思考パターンを見つけ出す手助けをすることを目的としている。


 Functional MRIなどの知見をもとにした結果、「感情」と「理性」に関しては、次の領域が重要であることが分かってきたと述べている。
 「感情」: 側坐核や前帯状皮質ドーパミン神経伝達物質とする「報酬システム」に関係。予測と実際の結果を比較し、学習した結果をもとに新たな予測を立て、それらの予測を感情に変換する。直感的な知性は意識的な訓練から生まれる。一方、島皮質は嫌悪感を生む器官であり、抑制的に働く。
 「理性」: 前頭前皮質。他の脳細胞の調整役であり、「万能対応型」の細胞でもある。課題に集中するとともに、ひらめきのサポートをする。一方、前頭前皮質は情報フィルターにもなり、一致しない意見を閉め出し、脳内の報酬回路を活性化することにも働く(自己欺瞞は気持ち良い)。


 具体的な例として次のような事例が紹介されている。
# 瞬間的に判断する時 → 「感情」

  • クォーターバックがレシーバーを見つける、大リーガーのバッティング
  • 昼メロディレクターの仕事

# 理由もなく「へんだな」と思うとき → 「感情」


# ランダムなものごとにあたるとき → 「理性」

  • 損失の確率が高いとわかってのめりこむギャンブル
  • バブルをうむ株式市場

# 初めての事態にあたるとき → 「理性」

  • 山火事と緊急事態で「退避火」を見つけた消防士
  • エンジンしか動かない飛行機の操縦をしたパイロット


# 情報量が多いとき → 「感情」

  • おいしいワインやいい家を見分けることの難しさ
  • 偽薬効果、安いものは質が悪いという思考
  • 考えすぎて「窒息死」(歌が歌えなくなる)オペラ歌手


 理性的な脳が現実感を歪め、他の選択肢を考えられなくする。磨き上げた技術では、無意識のスーパーコンピューターが情報を処理し、感情のシグナルに変換している。前頭前皮質に頼りすぎると間違った答えを生む。
 1980年代にフライトシミュレーターが出現し、パイロットは意思決定の練習ができるようになった。パイロットは感情脳を鍛えることができるようになった。また、「コックピット・リソース・マネジメント(CRM)」という意思決定の手法が開発された。傲慢なパイロットが全てを決めるのではなく、全員の知恵を総動員するための環境整備が進められた。なお、CRMは外科手術にも応用され、効果をあげている。
 飛行機にとって、コンピューターは感情脳のような存在。膨大な量の情報を処理し、その情報をパイロットがすぐに理解できるような形に変換する。一方、パイロットは機体の前頭前皮質といったところ。コンピューターを監視し、問題があったらすぐに介入する。合理的な脳(パイロット)と感情の脳(コックピットのコンピューター)が完璧なバランスで共存し、それぞれのシステムが自分の得意な分野で力を発揮する。「シックスシグマが定める最高レベルでの経営を一貫して続けているのは、ほとんど航空業界しかないだろう」という評価がされている。
 最後にまとめがされているが、本能的な感情と理性的な意図的な思考プロセスの中でバランスを保つためには、「メタ認知」(考えていること自体について考えること)が重要であることが最も強調されている。


 「判断の科学」は、「学習の科学」の近い位置にあるという感想を持った。
 学習における動機づけを理解するためには、脳内の報酬システム理解が役に立つ。熟練行動(スキル)習得においては、最初は意識的なフィードバックが有効だが、自動化されるにつれフィードフォワード機構が働いてくる。ある時期以降になると、療法士のハンドリングよりは歩行補助具や装具を使って運動学習する方が有効となる。この段階では、微妙な誤りを敏感に感じ修正することのできる感情脳の方が働いているといえる。
 一方、重度認知症では、初めて経験する麻痺を持った身体を上手に使うための学習が、前頭前皮質機能が低下しているためにできない。頭部外傷後遺症では、「メタ認知」が低下しているため、復職や復学が困難になっている。
 リハビリテーション関係者にとって、日常診療に役立つ情報が簡明にまとめられている。急速に進歩する脳科学の基本が学べる良書であると思う。