心理的近道(ヒューリスティック heuristic)

 昨年行われた日本リハビリテーション医学会専門医会で、藤田保健衛生大学の才藤栄一先生が、ヒューリスティック heuristic について次のような説明をしていた。

 ヒューリスティックとは自動的知恵、第一感のことである。ただし、知恵には、「歪む傾向」があり、補正が必要である。歪み方に関し理解し、自己修正することが大事である。


 ヒューリスティック heuristicに関し、講演の中で「予想どおりに不合理」という本が紹介されたので、本ブログでもとりあげた。*1 *2


 このヒューリスティックについて、「今日の診療イントラネット版」内にある「新臨床内科学第8版」で、京都大学臨床疫学の福井次矢先生が明快な説明をしていたので、概略を紹介する。

# 判断の認知心理(臨床推論clinical reasoning)
○ 診断の思考様式

  • パターン認識: 患者の症状が医師の記憶にある疾患(群)のパターン像と完全に一致することを瞬間的に認識する心理過程
  • 多分岐法: 枝分かれ図(アルゴリズム)を追って行くように、特定の症状について可能性のあるすべての診断の中から、質問の答えを得るたびに可能性のなくなった診断名を順次除外していく方法
  • 徹底的検討法: 一人ひとりの患者の個別性にはあまり注意を向けず、すべての疾患について、しらみつぶしにチェックしていく方法
  • 仮説演繹法: 新たな情報を得るたびに、頭の中にリストアップされている診断名の確率を変化させたり、診断自体を除外ないし新たなものと入れ替えたりして、最も当てはまる疾患を見出す方法


○ 仮説演繹法の思考様式と心理的近道(ヒューリスティック heuristic)
 日常診療上、最も頻繁に用いられる診断の思考様式は仮説演繹法である。医師はたとえ断片的な情報であってもそれを手がかりとして、なんらかの診断仮説を思い浮かべる。この最初の段階では、しばしばパターン分析が用いられる。
 仮説演繹法の思考様式では、一つひとつの仮説が論理的に思い浮かべられるというよりも、心理的近道(ヒューリスティック heuristic)を経て瞬時に思い浮かべられることが多い。心理的近道が正しい結論に導くかどうかは、医師個人の経験と学習によるところが大きい。つまり、過去の経験や意識的な学習によってどのような心理的近道が形成されているのか、そして心理的近道に任せたときに診断を誤りやすいポイントを自分自身で監査するだけの知識と余裕、習慣を身につけているのかどうかが重要である。


 医師が患者を診察する時、次のような道筋をたどっている。顔を見て(視診)、会話をして(問診)、身体をさわりながら(理学的所見)、仮説を立て、それにしたがって、次に行うべき診察や検査を組み立てる。数限りなく同じような過程を繰り返す中で、心理的近道(ヒューリスティック heuristic)はできあがっていく。
 一方、医学の進歩の中で、新しい知見が次々と生まれていく。常にバージョンアップしていかないと、間違った心理的近道を使い続けることになる。例えば、脳梗塞を疑ったらまずCTという考え方はかなり古い。現在は、脳梗塞を疑ったら、t-PAを使用できる施設に一刻も早く送れ、ということになっている。
 ヒューリスティックという概念は、医師に限らずどの職業でも重要なファクターである。駆け出しの研修医とベテラン医師の違いがここにある。一方、体力は30〜40歳まではなんとか保たれるが、それ以降は低下していく。RPGゲームとは異なり、経験値と体力(HP)が際限なく上がっていくことは、人間世界ではありえない。