デフレの正体 経済は「人口の波」で動く

 『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』という新書を読んだ。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)


 本書は、急激な高齢社会の到来とそれに伴う現役世代の減少が日本経済にどのような影響を与えているのか、今後の予測を含めて論じている。講演記録をもとに編集したものであり、全12講(11講+補講)の構成になっている。著者が日本経済を病気に例えて論じていることを受け、大きく3つの部分に分けてみた。


# 病歴と検査結果の確認

  • 第1講 思い込みの殻にヒビを入れよう
  • 第2講 国際経済競争の勝者・日本
  • 第3講 国際競争とは無関係に進む内需の不振

 冒頭3章で、日本経済の停滞は、国際競争に負けた結果ではなく、内需の縮小(内需不振病)であることを示している。小売販売額など各種指標が1996年度をピークに減少していることをデータを用いて示している。


# 診断

  • 第4講 首都圏のジリ貧に気付かない「地域間格差」論の無意味
  • 第5講 地方も大都市も等しく襲う「現役世代の減少」と「高齢者の激増」
  • 第6講 「人口の波」が語る日本の過去半世紀、今後半世紀

 内需縮小の原因は、「現役世代の減少」と「高齢者の激増」であることを資料を提示しながら説明している。疲弊する地方に対し首都圏が潤っているという「地域間格差」論の誤解を論破している。さらに、所得はあっても消費しない高齢者が増えている理由を次のように説明している。

彼らは特に買いたいモノ、買わなければならないモノがない。逆に「何歳まで生きるかわからない、その間にどのような病気や身体障害に見舞われるかわからない」というリスクに備えて、「金融資産を保全しておかなけれなならない」というウォンツだけは甚大にある。実際、彼ら高齢者の貯蓄の多くはマクロ経済学上の貯蓄とは言えない。「将来の医療福祉関連支出の先買い」、すなわちコールオプションデリバティブの一種)の購入なのです。先買い支出ですから通常の貯金と違って流動性は0%、もう他の消費には回りません。これが個人所得とモノ消費が切断された理由です。(102ページ)

 戦後の「生産年齢人口の波」を振り返りながら、現役減少の波が大阪と首都圏で大きな影響を及ぼしていることを示している。さらに、団塊の世代の高齢化とともに、高齢世代が急増することが避けられず、たとえ好景気が続いたとしても内需縮小が延々と続く予測を述べている。*1 *2


# 治療法の提起

  • 第7講 「人口減少は生産性上昇で補える」という思い込みが対処を遅らせる
  • 第8講 声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち
  • 第9講 ではどうすればいいのか(1)高齢者富裕層から若者への所得移転を
  • 第10講 ではどうすればいいのか(2)女性の就労と経営参加を当たり前に
  • 第11講 ではどうすればいいのか(3)労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受入を
  • 補講 高齢者の激増に対処するための「船中八策


 まず、「いくら生産年齢人口が減少しようとも、労働生産性さえ引き上げられれば、GDPは落ちない」という命題の間違いが指摘される。

  • 付加価値額とは、企業の利益に、その企業が事業で使ったコストの一部(人件費や賃貸料などのように地元に落ちた部分)を足したものである。日本のGDPと言っている場合には、地元とは国内全体となる。
  • 企業が最終的に儲かるほど付加価値額は増える。トントンだったとしても途中で地元に落ちるコストをたくさんかけていればやはり付加価値額は増える。
  • 地域経済全体が元気になれば、結局巡り巡って自分の業績も伸びる。そういう貨幣経済の基本を、「金は天下の回り物」と言っていた江戸時代の商売人と同様に、付加価値の定義を考えた西洋人も体得していた。
  • 付加価値額を労働者数で割ったものが労働生産性である。
  • 労働生産性を上げるためには、分子である付加価値額をブランドを向上させるなどの努力によって増やす道もあれば、分母である労働者の数を機械化を進めることで減らすという方法もある。
  • しかし、分母である労働者の数を減らしていくと、分子である付加価値額もどうしてもある程度は減ってしまう。付加価値額の少なからぬ部分は人件費であるからである。
  • 放っておいても生産年齢人口減少とともに進行していく経済の縮小を、企業の人員合理化が加速させている。

(142〜158ページ)

 続いて、日本経済再生の目標を次のように提起している。

個人消費が生産年齢人口減少によって下ぶれしてしまい、企業業績が悪化してさらに勤労者の所得が減って個人消費が減るという悪循環を、何とか断ち切ろう」ということです。


1)生産年齢人口が減るペースを少しでも弱めよう。
2)生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やそう。
3)(生産年齢人口+高齢者による)個人消費の総額を維持し増やそう。


 この1)2)3)が目標になります。
(177〜178ページ)

 個人消費の総額が増えない経済成長も技術革新も解決策ではないと著者は主張している。加えて「出生率上昇」や「外国人労働者受け入れ」も生産年齢人口減少という事態を根本的に解決しないことを数値をもとに示している。
 具体的には次のような解決策を提示している。

1)高齢富裕層から若い世代への所得移転の促進
 若い世代の所得を頭数の減少に応じて上げる「所得1.4倍増政策」を進める。年功序列賃金体系を弱め、若者の待遇を改善する。団塊世代の退職で浮く人件費を、足元の利益に回さずに若者の給料に回す。若者の所得増加推進は「エコ」への配慮と同じように、企業の目標になっていなくてはならない。
 高齢者にモノやサービスを買ってもらうための対策をとる。
 生前贈与促進で高齢富裕者層から若い世代への所得移転を実現する。
(202〜223ページ)
2)女性就労の促進と女性経営者の増加
 現役世代の専業主婦の4割が働くだけで団塊世代の退職は補える。女性を経営側に入れて、女性市場を開拓する。女性が働くと出生率が下がるというのは思い込みである。若い女性の就労率が高い都道府県ほど出生率も高い。
(224〜236ページ)
3)訪日外国人観光客・短期定住客の増加
 観光収入の多くは人件費に回るので、輸出製造業や薄利多売の小売業一般に比べ付加価値率は高くなり経済に貢献する。さらに、外国人観光客を誘致するために費やされる公的支出の費用対効果が極めて高い。
(237〜245ページ)

 最後に、補講として「激増する高齢者に対応してどのように医療福祉や生活の安定を維持していくのか」ということに関し、「自説」を展開している。


 本の帯をみると、「2010年度新書経済部門ベスト1!!」(小飼弾)と激賞されている。*3私も全く同意見である。特に、付加価値額に関する論考は一読の価値がある。国際的な競争激化とともに企業のグローバル化が進んでいる。国というものへの帰属意識が薄れている企業は、消費者でもある従業員への人件費を削ることにより経済のデフレスパイラルを招いている。まるで、持続可能性を否定し焼き畑農業を続けているような愚かさを感じる。
 高齢者と現役世代の世代対立をあおる論調に対しも、本書は一線を画している。両者の軋轢を避けながら、日本経済をどのように再生するかの提案を行っている。
 なお、補講として論じられている高齢者急増対策は、問題が大きすぎ、本書では論じるにはページ数が足りないことを著者も述べている。高齢化社会の進行に耐えきれずに公的な社会保障制度が瓦解したり縮小したりすることは、「将来の医療福祉関連支出の先買い」をいっそう進めていくだけであり、経済的にも問題が大きい。医療介護関係者が本書の基本的な内容を理解したうえで、具体的高齢社会対策を提案していくべきものといえる。その意味で、本書は医療や介護関係者にとっても必読書であると私は思う。