目標はニーズと評価から導きだされる

 リハビリテーションの目標設定について、http://sankei.jp.msn.com/life/body/081224/bdy0812240316002-n1.htmを題材に説明をする。

【断 久坂部羊】箸で刺身を食べるのはぜいたくか


 介護・福祉系の大学で、リハビリテーションの講義をしていて、最近のリハビリは、医学的な所見だけでなく、患者の満足度も重視しなければならないと話した。
 その例として、ある脳梗塞(こうそく)の患者が、懸命のリハビリで、フォークで食事ができるようにまで回復した話をした。医学的にはそこまでが精一杯だと思われたが、本人は箸(はし)で食事ができるようになりたいと望んでいた。
 その理由を聞くと、「フォークで刺身を食べてもうまくないんや。刺身はやっぱり、箸で食べんと」と言った。さらに、「茶漬けをスプーンで食べても食べた気がせん。茶漬けは、箸でさらさらとかき込むもんや」とも。
 だから、リハビリは医学的な判断だけで中止せず、患者の希望を考えてプログラムする必要があると説明した。
 すると一部の学生から、「箸で食べてもフォークで食べても、刺身は刺身では」という声が上がった。私は驚き、その意見に賛成かどうか、ほかの学生の考えを聞いてみた。すると幸いなことに、結果は「フォークでも箸でも同じ」派は少数だった。
 介護に携わるなら、自分の感覚ではなく、相手の感覚を尊重すべきだと、一応は説教をしたが、将来は決して楽観できないなと思った。
 これからは、刺身をフォークで食べても同じという若者が増えてくるのだろう。そういう世代が介護を担うようになれば、箸で刺身を食べたいと思うのは、ぜいたくと言われるかもしれない。嗚呼(ああ)。(医師・作家)


 久坂部羊氏の略歴は、2008-12-09に詳しい。1997年、42歳時に外務省辞職し、老人デイケアセンターに勤務している。現在、大阪人間科学大学社会福祉学科で教授をしており、老人医療と終末期医療を担当している。本コラムも、同大学の講義を描写したものと推測する。

 
 久坂部羊氏の「最近のリハビリは、医学的な所見だけでなく、患者の満足度も重視しなければならない」という発言および目標設定のいい加減さは看過できない。リハビリテーション医学は、「復権の医学」であり、うぶ声を上げた当初より、QOL(人生の質)を重視してきた。*1同氏はリハビリテーション医学を系統的に勉強したことはないようである。


 リハビリテーション医学の目標は重層的である。1980年にWHOが発表した国際障害分類(ICIDH)は、2001年に国際生活機能分類ICF)へと発展した。生活機能を大きく「心身機能・構造」、「活動」、そして、「参加」に分け、それぞれのレベルで障害構造を明らかにしたうえで、目標が設定される。中でも、「参加」レベルの目標が主目標として重視される。復職・復学、家庭内役割発揮など、社会参加の形を考えながら、リハビリテーションプログラムを組む。ちなみに、「箸で刺身を食べる」という目標は、「活動」レベルの摂食動作に位置づけられる。


 リハビリテーションの目標を設定する上で、私は以下の点に注意している。

  • 希望・要望=ニーズではない
  • 目標はニーズと評価から導きだされる
  • リハビリテーションは目標指向的であると同時に時間限定的アプローチである


1.希望・要望=ニーズではない
 「箸で刺身を食べる」という希望の奥にどのようなニーズがあるのかまで検討しなければ、リハビリテーションの目標は設定できない。多くの右片麻痺患者は、「利き手である右上肢を実用的に使いたい」というニーズがある。食事時に箸を使いたい、しかも、それを麻痺した利き手で行いたいという願望が、「箸で刺身を食べる」という形で表明されたと考える。さらに言うと、右手で字を書きたい、両手でネクタイを締めたいなどといったニーズも同様にあると推測する。


2.目標はニーズと評価から導きだされる
 次に、「利き手である右上肢を実用的に使う」というニーズがそのまま目標になるのか、ということを検討しなければならない。そこで、専門的評価が必要となる。箸を使用する、字が書けるという目標は、脳卒中片麻痺の場合、難易度がきわめて高い課題である。フォークで食事ができるようになった場合でも、箸使用は不可能な状態にとどまることが多い。ニーズを確認せず、個別性を無視して、評価に基づいた画一化した目標を患者に押しつけてはならないが、医学的評価を軽視する態度もとるべきではない。
 ちなみに、どうしても箸使用の能力を獲得したい場合には、利き手交換という手段もある。麻痺の程度によってはバネ付き箸という自助具もある。


3.リハビリテーションは目標指向的であると同時に時間限定的アプローチである*2
 リハビリテーション医療はチームアプローチである。様々な職種がバラバラに動くのではなく、ニーズと評価に基づく目標(主目標=社会参加レベルの目標、個別目標=活動、心身・機能構造レベル等の目標)を確認する。目標を達成するために、課題ごとに個別プログラムを組み、職種を超えて協力しあう。例えば、「下肢筋力を強化し、歩行能力を向上させる」という課題が設定されたならば、PTだけでなく、OTも意識的に立位や歩行での作業を指導する。病棟でも、看護師たちが立ち上がり訓練や歩行訓練を行う。結果を常にモニタリングしながら、評価を繰り返し、目標の調整をしていく。


 課題達成時期を明記したものでなければ、目標とはいわない。単なる治療者の願望に過ぎない。難易度が高いほど、時間がかかる。若年で復職を目指すという主目標を立てた場合には、疾患別リハビリテーション料で定められた標準的算定日数を簡単に超える。必要だったら、レセプトコメントを毎月提出してもリハビリテーションを施行する覚悟をする。さらに、職業的リハビリテーションのプロ(ジョブコーチなど)との連携も意識的に行う。


 久坂部羊氏の今回のコラムは、「リハビリテーション医療は、患者希望から導き出されるニーズを大切にし時間をかけて行うものである」と善意に解釈することもできる。ただし、箸を使用する訓練をしないのは、患者の希望を聞かないからだという誤解も招きかねない。
 【断 久坂部羊】のどのコラムを読んでも言えることだが、底の浅さが目立つ。標準的な医師人生からかなりはずれた経歴だから仕方がない。謙虚さがあればまだしも、人を見下すような態度が鼻につく。
 リハビリテーション医学の心を知らない教授に、訳の分からない説教をされた上で、コラムのネタにされた学生が気の毒でならない。