会議や多職種連携におけるICT活用

 196回社会保障審議会介護給付費分科会(web会議)資料にて、【資料8】令和3年度介護報酬改定に関する審議報告(案)が出された。興味深い改定項目が提示されているが、その中から、今回は会議や多職種連携におけるICT活用について取り上げる。

 

 194回社会保障審議会介護給付費分科会(web会議)資料【資料5】感染症や災害への対応力強化に、これまでの分科会における主なご意見として次のような記載がある。

 新型コロナウイルス感染症対策の関係で、加算要件等における研修や会議のオンライン化等が認められているが、研修は引き続きICTの活用ができるようすることや、加算要件等となる会議等でもオンラインを認めることを前提に、見直しを行うべき。

 感染予防の観点からも、今後も、ICTを活用し、非対面で対応できる業務はICT化を進めるべき。多職種の連携・情報共有の場面や、サービス当者会議等の場面においても、ICTの活用を進めるべきではないか。

 

 【資料8】介護人材の確保・介護現場の革新にも、別の視点からICT活用に関する記載がある。代表的なものは以下のとおりである。

○  ICTを活用し多職種で情報共有するに当たっては、個人情報への厳格な対処が求められており、情報の保管場所等、その部分は十分に担保しながら、より使い勝手のよい機器やソフトの活用を検討してはどうか。

○  在宅におけるサービス担当者会議等について、利用者の状態及び介護度、サービス内容に変更がないような場合にはテレビ会議で可能とするなど、柔軟な対応ができるようにするべき。

○  ICTの活用に置き換えることで、ハードルを不用意に下げ、不要な算定をうまないよう留意することも必要ではないか。また、ICTやオンラインを活用する場合に、移動に要する費用が低減されるのであれが、単位数の適正化を併せて検討していくことも必要。

 

 介護給付費分科会の議論を経て、【資料8】令和3年度介護報酬改定に関する審議報告(案)では、ICT活用に関する様々な提案がされている。特に注目すべきは、44ページにある次の記載である。

④会議や多職種連携におけるICT の活用

【全サービス】

 運営基準や加算の要件等において実施が求められる各種会議等(利用者の居宅を訪問しての実施が求められるものを除く)について、感染防止や多職種連携の促進の観点から、以下の見直しを行う。
ア 利用者等が参加せず、医療・介護の関係者のみで実施するものについて、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱のためのガイダンス」及び「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」等を参考にして、テレビ電話等を活用しての実施を認める。

イ 利用者等が参加して実施するものについて、上記に加えて、利用者等の同意を得た上で、テレビ電話等を活用しての実施を認める。

 

 厚生労働分野における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン等内に、医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(平成29年4月14日通知、同年5月30日適用、令和2年10月9日改正)[PDF形式:897KB]「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」 (平成17年3月31日通達、平成19年3月30日改正、平成20年3月31日改正、平成21年3月31日改正、平成22年2月1日改正、平成25年10月10日改正、平成28年3月31日改正、平成29年5月30日改正)[PDF形式:2021KB]があるが、難解でありどのような注意が必要かがわかりにくい。 

 

 医療分野にも同様の課題がある。オンライン診療に関するホームページ|厚生労働省が介護分野におけるICT活用の参考になる。このHPにあるオンライン診療の適切な実施に関する指針(平成30年3月)(令和元年7月一部改訂)を見ると、遠隔医療(情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為)は図のように分類される。

 

f:id:zundamoon07:20201213184538p:plain

 上記のうち、オンライン診療(医師-患者間において、情報通信機器を通して、患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムにより行う行為)とオンライン受診勧奨(具体的疾患にり患している旨の伝達や医薬品の処方等は行わない)は、オンライン診療の適切な実施に関する指針(平成30年3月)(令和元年7月一部改訂)の対象となり、医療情報安全管理関連ガイドライン(医療情報の取扱いに関わる厚生労働省総務省及び経済産業省の3省が策定している医療情報の安全管理に関するガイドラインの総称)に準拠する必要がある。この中に、介護保険分野でも参考にするように指摘された厚労省ガイドラインが含まれる。なお、遠隔健康医療相談については、本指針の対象となっていないが、「遠隔健康医療相談においても、診断等の相談者の個別的な状態に応じた医学的判断を含む行為が業として行われないようマニュアルを整備し、その遵守状況について適切なモニタリングが行われることが望ましい」となっている。

 オンライン診療の実施に当たっては、利用する情報通信機器やクラウドサービスを含むオンライン診療システム及び汎用サービス等を適切に選択・使用することが求められる。汎用サービスを利用する場合の方が注意点が多いため、本格的にオンライン診療を実施するためには専用のオンライン診療システムを利用した方が良い。最低限、オンライン診療を計画する際には、患者に対してセキュリティリスクを説明し、同意を得なければならない。少なくとも、情報漏洩、不正アクセス、なりすましなどのリスクが説明事項に含まれる。

 

 オンライン診療における指針をふまえると、介護保険分野でICTを活用した多職種連携の会議を行う際にも同様の対策が求められると予想する。事前に十分な説明のうえ同意書をとること、会議のたびに参加する医療および介護関係者、本人・家族の確認をし、記録に残すことなどが最低限求められる。使用する機器は、オンライン診療ほど厳格なものは求められず汎用サービスで構わないだろうが、セキュリティ対策を十分とったものに限られる。少なくとも、医療および介護関係者が使う機器は安全性が担保された事業所所有のものとし、個人所有のデバイスは使用不可とされるだろう。

 現在、新型コロナウイルス感染拡大が顕著となっており、多職種連携の会議が開催困難となっている。入院中の患者の場合には、要介護認定に関わる基本調査や、介護施設の実態調査も行うことが難しくなっている。厚労省から具体的な案が提示されるのを待たず、ICTを活用した各種会議や多職種連携に関するマニュアル整備を行い、介護報酬が提示された後に修正するような柔軟な対応が適当である。 

訪問看護ステーションにおける人員基準新設に関する緊急署名活動

 日本理学療法士協会日本作業療法士協会、日本言語聴覚士協会が、訪問看護ステーションにおける人員基準新設に関する緊急署名活動を実施している。

 

 [JPTA NEWS on-line]「訪問看護ステーションの人員配置基準」に対する3協会合同声明文を発表しました - 公益社団法人 日本理学療法士協会が出されたのが、2020年11月17日であり、署名が提起されたのが11月20日、一次締切が11月30日、二次締切が12月6日となっている。時間に追い立てられるような慌ただしい展開のなか、第1次締切り(11月30日現在)時点で合計110,127筆もの署名が集まっている。

 2021年度介護給付費改定に向け、社会保障審議会(介護給付費分科会)|厚生労働省が開催されている。3協会合同声明が出された直前、2020年11月16日にも第192回社会保障審議会介護給付費分科会が行われた。第192回社会保障審議会介護給付費分科会(web会議)資料【資料14】訪問看護の21ページに、問題となっている対応案が提示されている。

 

f:id:zundamoon07:20201201212945p:plain

 

 なお、本資料の3ページに、論点の附属資料として日本訪問看護事業協会からの要望が提示されている。

 

f:id:zundamoon07:20201201213358p:plain

 

 日本訪問看護事業協会の要望は、看護体制強化加算に関するものである。これが、介護給付費改定に関わる資料では、訪問看護ステーションの人員基準に置き換わっている。明らかな論点すり替えがなされている。

 

 在宅で生活する要介護者に対しどのような形で訪問リハビリテーションを行うのが望ましいのか、様々な意見がある。私としては、訪問看護ステーションと同様な形で、独立事業所として訪問リハビリテーションステーションを開設できるようにした方が望ましいと考えている。いずれにせよ、利用者や訪問看護ステーションに従事するリハビリテーションスタッフの反対を押し切る形で介護給付費改定が行われることがあるとすれば、拙速としか言いようがない。

 明日、12月2日には、第195回社会保障審議会介護給付費分科会が予定されている。議題は令和3年度介護報酬改定に向けて、である。署名活動が現在進行形で行われていることをふまえた議論がされることを望む。

民法改正に伴う身元保証人等に関する契約書の書式変更

 民法改正に伴い、医療施設・介護施設などで契約書の書式変更が必要となった。日本病院会HP、厚生労働省通知文(厚労省通知文)医政局関係資料を見ると、2019年6月6日付で、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の施行に関する周知について という文書が載せられている。

f:id:zundamoon07:20200712083515p:plain

 

 同様の文書が、全国老人保健施設協会HP、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の施行に関する周知についてにも掲載されている。

 

 民法改正については、法務省のHPに詳しく掲載されている。

 

 保証に関しての概略は、パンフレット(保証)【PDF】を見ると、分かりやすい。より詳しい内容を知りたい場合には、重要な実質改正事項(1~5) 【PDF】の17〜26ページに保証に関する見直しの説明がある。

 根保証とは、将来発生する不特定の債務の保証のことを言う。根保証契約を結んで保証人となる際、特に連帯保証人の場合には、催告の抗弁(まず主債務者に請求することを主張すること)、検索の抗弁(主債務者に資力があることを理由に主債務者の財産に強制執行を主張をすること)ができず、重い責任が発生する。個人の保証人に生じるリスクを回避し、保護をすることが、今回の民法の重要な改正点となっている。

 

f:id:zundamoon07:20200712090429p:plain

 

 医療施設や介護施設における身元保証人等に関する契約書の書式変更に関しては、平成30年度老人保健健康増進等事業 当初募集採択事業内にある、47 介護施設等における身元保証人等に関する調査研究事業(みずほ情報総研 : 平成29年度老人保健健康増進等事業の事業報告書)が参考となる。具体的な内容は事業報告書(PDF:2,434KB)に記載されている。

 本調査は、超高齢社会を迎え、「単身高齢者」が急激に増加する中、身寄りのない高齢者に対する身元保証が問題となっていることをふまえ、高齢者の介護施設入所時に、施設側が入所者へ身元保証人等を求めている理由及びその実態を明らかにし、その上で、介護施設等が身元保証人等に求めている役割を分析・分類し、それぞれの役割の必要性並びにその役割に対応することが可能な既存の制度・サービスを整理することによって、今後の政策に資する示唆を得ることを目的としている。

 先行研究では、医療施設、介護施設とも9割以上が入院・入所(入居)時に身元保証人等を求めている。一方、身元保証人等の呼び方は、以下のグラフに示すように様々である。

 

f:id:zundamoon07:20200712092958p:plain

 

 本調査では、介護施設に対し4,900件のアンケートを行い、2,387件48.7%という高い回収率を得ている。

 まとめとして、次のような記載がある。

(1)介護施設等における身元引受人/身元保証人等の実態

<用語について>

・ 介護施設等では「身元引受人」という用語が最も多く使われている。しかしながら、各施設において共通化はされていない状況であり、定義が曖昧で、混乱を招く原因にもなっている。このような用語は今後に向け、適切な用語と法的な裏づけを持って、業界内で統一化されていくべきものと考えられる。

<身元引受人/身元保証人等の状況>

・ ほとんどの施設において、身元引受人/身元保証人等を契約時に求めている。身元引受人/身元保証人等を求めていない例としては、養護老人ホームの措置入所によるものが多かった。

・  身元引受人/身元保証人等の不在によって、入所を断る方針の施設は存在している一方で、多くの施設において条件付きで入所を受け入れている実態がある。

・ 身元引受人/身元保証人等が不在の場合、施設入所の条件として、多く挙げられているのは成年後見人制度の利用である。 

 

(2)身元引受人/身元保証人等に求める機能・役割についての整理

<求める機能・役割の分類>> ※ 次頁(図表 18・図表 19)を参照

・ 身元引受人/身元保証人等に求める機能・役割については入居者の生前と死後に大別される。

・ 死後に、介護施設側で実施することは概ねパターン化されており、身元保証人/身元引受人等に期待する役割の中で、整理が難しくトラブルの原因となり易いのは、生前中の対応に関係するものと考えられる。

・ さらに、生前中における身元引受人/身元保証人等に求める機能・役割は、本人の能力範囲(責任範囲)によって大きく 2 軸に分けられるものと考えられる。

・ このなかで、介護施設側が身元引受人/身元保証人等に求める機能・役割は、本人の能力範囲(責任範囲)を超えた場合における滞納リスクの回避(連帯保証)と、本人の能力が衰えた場合における、身上保護と財産管理(成年後見制度の活用によってカバーできる範囲)に分けられる。

f:id:zundamoon07:20200712095211p:plain

 

f:id:zundamoon07:20200712095233p:plain

 本調査の、身元保証人等の問題についてわかりやすくまとめられている。特に、連帯保証とと身上保護と財産管理の2軸に分けた観点は秀逸である。

 医療施設・介護施設における契約書においても、上記2軸に分けて同意を求めた方が適切と思える。個人根保証に相当する役割をするのが身元保証人や連帯保証人であり、身上保護や財産管理をするのが後見人という形になる。なお、現在の成年後見人制度は財産管理までが役割であるが、医療・介護のケアチームと相談のうえ医療同意を行うところまで役割とすることが法改正でできるようになれば、医療施設や介護施設の精神的負荷は軽減される。

 いずれにせよ、民法改正は既に施行されている。自らの施設における契約書書式をあらためて見直すことが急務となっている。

 

なみはやリハビリテーション病院における新型コロナウイルス感染症拡大要因

 昨日、なみはやリハビリテーション病院における新型コロナウイルス感染症拡大に関する報道がされた。

 

 元になった資料は、大阪市:新型コロナウイルス感染症について(電話相談含む) (…>健康・医療>感染症・病気に関すること)にある、なみはやリハビリテーション病院における新型コロナウイルス感染症院内発生に関する現地調査支援報告についてhttps://www.city.osaka.lg.jp/kenko/cmsfiles/contents/0000490/490878/namihaya.pdfについてである。

https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/cmsfiles/contents/0000490/490878/namihaya.pdf

 

 COVID-19患者発生状況は次のように報告されている。

 感染者は、病院スタッフ71名、出入り業者3名、入院患者59名の計133名で、うち、有症状者は99名74%となっている。PCR検査対象者全体の陽性率は41%である。最も陽性率が高かったのは、3階病棟入退院患者で90%だった。スタッフでは3階病棟看護師71%と最も高く、次いでリハビリスタッフの陽性率64%だった。

 回復期リハビリテーション病棟である3階病棟全てと2階病棟の一部にCOVID-19患者が入室している一方、4階障害者病棟はCOVID-19患者は2名発生したのみだった。

 

 感染が持ち込まれたルートは断定困難としたうえで、院内感染が拡大した要因が次のようにまとめられている。私が重要と判断した部分を赤字かつ下線で示した。

  •  原疾患の影響で、本疾患の発症の把握が困難であり、探知の遅れがあった可能性がある。
  •  サージカルマスクや消毒用アルコールなどの医療資材の不足もあり、スタッフにおける患者に接する前後での基本的な感染予防策が不十分となっていた箇所が存在した可能性、特に、ケアやリハビリ等、同じ病棟内で患者間を横断する手技や施術があった際に感染予防策が徹底されておらず、スタッフが患者間の感染を媒介した可能性がある。
  •  病棟でのリハビリテーション施術の際の接触に伴うものや、診療や清掃、社会福祉資源等の調整のために病棟横断的に対応を行うスタッフが患者間やスタッフ間の感染を媒介した可能性がある。
  •  リハビリテーション室等の中央での施術やケアが感染を媒介した可能性もある。
  •  スタッフ間での感染拡大の要因としては、密に過ごす空間(食堂、休憩室、ロッカー、スタッフステーション)において、食事や飲水の際にマスクを着用せずに会話をする等の濃厚接触があった可能性がある。

 さらに、回復期リハビリテーション病棟である2、3階と比較すると、リハビリテーション介入のない4階障害者病棟は明らかに感染のリスクが少なかったと思われることより、今回の感染伝播にはリハビリテーションの施術が寄与していた可能性は否定できない、と再度言及されている。

 リハビリテーション医療関係者にとっては、衝撃的な調査報告書であると言わざるをえない。

 

 

 リハビリテーション医学会がまとめた「リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン第2版」においても、次のような指摘がされている。

 リハビリテーション医療の対象者は感染症に罹患しやすく、重篤化しやすい可能性が高いと考えて対応する必要がある。

 そして、療法士は訓練室のみではなく、医療機関内の様々な場所において治療を提供することがある。このため、病原微生物を医療機関内の広範囲に伝播させる危険性をもっている。

 これらのことから、リハビリテーション医療は医療関連感染に深く関連していると考えるべきであり、十分な感染対策を実施することが推奨される。 

 

 今回の調査報告書をみる限り、基本的な感染予防策がなされていなかった状況で、リハビリテーションを通常どおり実施したことが院内感染を蔓延させてしまったという可能性が高い。反面教師とすべき事例である。

 一般社団法人 回復期リハビリテーション病棟協会のHPには、新型コロナウイルス感染対応事例(更新版)6.4 役員病院その1や、新型コロナウイルス感染対応事例(更新版)6.4 役員病院その2などの具体的な対応策が例示されている。緊急事態宣言は解除されたが、再び新型コロナウイルスの感染が拡大する可能性があると考え、警戒を怠らず準備をしておくことが必要である。

医師の平均寿命は短いという主張に対する検討

 医師の平均寿命が短いというtweetがあり、気になり調べてみたところ、下記記事が根拠とされていることに気づいた。

 

 本記事中に次のような言及がある。

 2008~2017年の10年間に、岐阜県保険医協会を死亡退会した85人について、死亡時年齢を調査した。内訳は、医科会員が60人、歯科会員が25人、男性が76人、女性が9人だった。

 集計の結果、死亡時平均年齢は70.8歳だった。「この結果には本当に驚いた。あくまでも参考値だが、厚生労働省の統計にある死亡時平均年齢(2015年)は、男性が77.7歳、女性が84.3歳であり、明らかな差があった」(浅井氏)。 

 

 浅井岐阜県保険医協会会長が言及した厚生労働省調査とは、平成27年度 人口動態職業・産業別統計の概況|厚生労働省である。概況版 [4,031KB]の5〜6ページの表4、5に死亡時平均年齢が男性77.7歳、女性84.3歳となっており、値が一致している。しかし、死亡時平均年齢が高い職種の方が長生きとは言えず、結果の解釈が明らかに間違っている。職業別の死亡率の違いを調べるのなら、年齢構成を考慮した年齢調整死亡率の方を使う必要がある。

 

 平成27年度 人口動態職業・産業別統計の概況|厚生労働省の表4 性、就業状態・職業別にみた死亡数・死亡率・年齢調整死亡率(平成27年度)を、男女別に分けて表示した。医師が含まれるのは、B.専門・技術職である。なお、総務省|統計基準・統計分類|日本標準職業分類(平成21年12月統計基準設定) 分類項目名をみると、この中には看護師ほかの医療従事者も含まれている。

f:id:zundamoon07:20200531165510j:plain

f:id:zundamoon07:20200531165532j:plain

 年齢調整死亡率が最も高いのは、男性では無職であり人口千対13.2となっている。この群は死亡時平均年齢は79.6歳と高く、総数77.7歳と比し長生きしているように見える。しかし、年齢調整をしてみると、最も死亡率が高くなるという逆転現象が生じる。このことだけでも死亡時平均年齢が高いことを根拠とし寿命が短いと主張してはならないことがわかる。一方、女性では建設・採掘職において年齢調整死亡率が22.9と抜きん出て高く、死亡時平均年齢も72.6歳となっている。高齢女性が慣れない肉体労働をして亡くなっているのではないかと危惧される。

 医師、その他医療職が含まれる専門・技術職の年齢調整死亡率は男性3.5、女性2.8と就業者のなかでは高くなっている。しかし、本群には弁護士や教員など数多くの職種が含まれており、医療従事者の死亡率が高いという根拠とはなりにくい。

 

 表5 性、就業状態・産業別にみた死亡数・死亡率・年齢調整死亡率(平成27年度)を、男女別に分けて表示した。こちらは、総務省|統計基準・統計分類|日本標準産業分類(平成25年10月改定)(平成26年4月1日施行)−目次に準拠しており、医療従事者は第3次産業 P 医療、福祉に含まれている。本分類には病院、診療所、歯科診療所、助産・看護業、療術業、歯科技工所など医療に附帯するサービス業、医療の管理・補助的経済活動を行う事業所しか含まれておらず、より正確な実態を示している。

 f:id:zundamoon07:20200531165750j:plain

f:id:zundamoon07:20200531165805j:plain

 

 年齢調整死亡率をみると、男性では鉱業、採石業、砂利採取業が抜きんでて高いが、サンプル数は少ない。ついで、情報通信業、漁業が高値となっている。一方、女性では複合サービス業、運輸業、郵便業が高いが、こちらもサンプル数は多くない。一方、医療、福祉は男性0.9、女性2.2といずれも就業者全体の値を下回っている。

 

 職業別、産業別の年齢調整死亡率をみる限り、医師を含む医療従事者の死亡率が他の職業や産業と比して明らかに高いと主張する根拠はなく、むしろ低い方ではないかと推測する。様々なストレスを抱えている職業であることは間違いないが、自分たちが早死にするような仕事を選んだわけではなさそうだとわかったので、本日は安眠できそうである。

インフルエンザ超過死亡推測システムを用いて他疾患の超過死亡を判断すべきではない理由

 インフルエンザ超過死亡推測システムを用いてCOVID-19の超過死亡を推定しようとする試みが散見される。最近では、下記エントリーが話題となった。日本における超過死亡に関しては、インフルエンザ関連死亡迅速把握システムを用いて推測している。 


 これに対し、数値が何度も見直されていることを理由として、使用を控えた方が良いと提案する記事もホットエントリーになっている。

 

 私も後者のエントリーと同意見である。ただし、理由はいささか異なる。

 2018/19シーズンにおける超過死亡の評価において、国立感染症研究所で用いている2種類のインフルエンザ超過死亡推測システムが説明されている。ひとつは、大都市を対象としたインフルエンザ関連死亡迅速把握システムであり、もう一つは全国を対象としたシステムである。前者には次のような特徴がある。

死亡届の数段階ある死因のいずれかにインフルエンザあるいは肺炎の記載がある死亡者数が, おおむね週に一度保健所の協力を得て感染症サーベイランスシステム(NESID)に登録され, その情報から全国と同様に確率的フロンティア推定法を用いて超過死亡が推定され, 公開されている。おおむね死亡日から2週間でwebsite上に公開されている。本迅速把握システムは毎シーズン12月~3月までの事業であり, 4月~11月のデータは欠損している。また, 実際には報告遅れが生じるために, 実施期間中の実際の死亡者数や超過死亡者数も変動することに留意が必要である。 

  インフルエンザ超過死亡が疑われる際に迅速な対応をすることが主目的であり、正確性に欠けることを最初から明示している。さらに言うと、4月以降(今年で言うと第15週以降)のデータはいくら待っても出てこない仕組みとなっている。

 一方、全国における超過死亡の推定は、 総死亡(死亡理由を問わない)を用いており、死亡から50日後に厚生労働省統計情報部から公表される速報値に基づいて推定され公表されている。インフルエンザ関連死亡迅速把握システム内のシーズン毎の超過死亡数にあるのが全国データである。

f:id:zundamoon07:20200506083710p:plain

 前回エントリー1998/99シーズンにおけるインフルエンザ超過死亡 - リハ医の独白にも記載したが、2011年に起こった東日本大震災でも超過死亡が生じているが、本図では反映されていない。詳細は記載されていないが、インフルエンザ超過死亡推測をすることがあくまでも目的であるため、大量に発生した不慮の事故死を補正したうえで算出された数値と思われる。

 いずれにせよ、インフルエンザ超過死亡予測を目的としたシステムであり、他疾患に基づく超過死亡があったとしても補正されてしまう仕組みとなっている。このことを考慮すると、本システムの目的外使用は控えることが妥当である。では、他疾患の超過死亡を推定するためにどうしたら良いのか。

 

 最初に紹介した国際比較に使える唯一の指標「超過死亡」で明らかになる実態では、ファイナンシャル・タイムズが、3月と4月の総死亡数(あらゆる死因)を2015~2019年の同時期の平均と比べたと紹介している。本来なら統計学的な処理をした手法が望ましいが、同様の手法が超過死亡を推定するうえで簡便である。

 死亡数報告は、人口動態調査 結果の概要|厚生労働省にある人口動態統計速報が最も速い。最新データは、人口動態統計速報(令和2年2月分)|厚生労働省である。約50日後の公表となるため、3月分が5月下旬、4月分が6月下旬に明らかになる。ちなみに、令和2年2月分の死亡数は前年度を下回っており、超過死亡は生じていない。

 なお、死亡率(人口千対)は毎年0.2ずつ上がっていることに留意する必要がある。東日本大震災時には、死亡率(人口千対)は男性で10.3→10.7、女性で8.7→9.2とさらに上昇している。このことを考慮すると、毎月の死亡数が概ね11万人だとすると、前年度と比し月あたり500〜600人以上増えていれば、東日本大震災時なみの超過死亡が生じている可能性がある。ただし、少なくない変動が月ごとにあり、単月のみでの断定は避けることが適当である。

 

 ちなみに、余談になるが、人口動態統計速報(令和2年2月分)|厚生労働省をみると、2月の婚姻件数が45 499件から74 147件への63.0%も増えている。同様の異常な増加は令和元年5月にあったが、こちらは改元婚として説明可能である。今年2月の婚姻数増加は、不安な世情を反映したコロナ婚と呼べる現象なのかもしれない。

 

<追記> 2020年5月24日

 感染症疫学センターより、5月24日付けで下記Q&Aが出されており、「本事業で新型コロナウイルス感染症による超過死亡への影響を評価することはできません。」と明確に表明されている。

 

Q.  2019-2020年シーズンは東京で超過死亡が発生しているように見えます。

A. このシステムでは、東京では過去3シーズンにわたって超過死亡を認めています。2019-2020年シーズンも東京で超過死亡が観察されていますが、「実際の死亡数」は過去3シーズン並みか、やや低い傾向にあります(図)。

f:id:zundamoon07:20200524172237p:plain

Q.このシステムで新型コロナウイルス感染症の影響を評価することはできますか?

A.新型コロナウイルス感染症の流行により、超過死亡が発生する可能性はあります。しかし本事業は毎年冬に流行するインフルエンザを想定して長年にわたって運用されているシステムです。本事業で新型コロナウイルス感染症による超過死亡への影響を評価することはできません。

 

1998/99シーズンにおけるインフルエンザ超過死亡

 出生や死亡など重要な統計情報を調べる際には、人口動態調査 結果の概要|厚生労働省を必ず確認するようにしている。平成30年我が国の人口動態(平成28年までの動向)[1,522KB] には、人口動態の主な内容がグラフ化されており、資料を作る時に役立つ。

 1899年から2016年にかけての死亡数及び死亡率の年次推移は下図のようになっている。

f:id:zundamoon07:20200506075906p:plain

 

 左上に、1918年から1920年にかけてのインフルエンザ流行による超過死亡が図示されている。1923年に起こった関東大震災を比べても、疫病による人的損失が大きかったことが一目瞭然である。

 第二次世界大戦後、死亡数・死亡率とも急速に低下したが、最近は人口の高齢化に伴い、両者とも一貫して増大傾向にある。その中でも、時々突出して死亡数が多い年がある。1995年は阪神・淡路大震災、2011年は東日本大震災と注釈がついているが、1999年には何の説明もない。

 本当にこれらの年で死亡率が高かったかどうか、まず年齢調整死亡率で確かめてみた。人口動態調査 人口動態統計 確定数 死亡 年次 2018年 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口の、5-2 年次別にみた性別死亡率及び年齢調整死亡率(人口千対)にある資料をもとに、1989年から2018年までの性別年齢調整死亡率をグラフ化すると以下のようになる。

f:id:zundamoon07:20200506081708p:plain

 

 男性では明らかに、1995年、1999年、2011年に年齢調整死亡率が増大している。女性では、2011年は明らかだが、1995年と1999年は前年と同値である。ただし、長期低落傾向にある年齢調整死亡率のトレンドを見ると男性と同様の傾向があると判断して良さそうである。

 では、1999年に何が起こったのか。答は、インフルエンザによる超過死亡である。国立感染症研究所2018/19シーズンにおける超過死亡の評価に次の記載がある。

 1987年から2018/19シーズンまでの総死亡者数, ベースライン, 閾値の動きが一般公開されている(http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/a/flu.html)。(中略)シーズン中に一度も総死亡者数が閾値を上回らなければ超過死亡者数は0となる。これによると1998/99シーズンで超過死亡者数は35,000人を超えているが2004/05シーズン以降1万人を超えることはなかった。2018/19シーズンは3,276人であり, 直近5シーズンでは3番目と特別に大きな超過死亡が発生したわけではなかった。 

 

 インフルエンザ関連死亡迅速把握システム内のシーズン毎の超過死亡数にわかりやすい図がある。1994/95シーズンから2004/05シーズにかけて超過死亡が多く、その後に低下していることが示されている。

f:id:zundamoon07:20200506083710p:plain

 

 この間の事情については、逢見憲一らが日本公衆衛生誌に出した論文わが国における第二次世界大戦後のインフルエンザによる超過死亡の推定 パンデミックおよび予防接種制度との関連に詳しく記載されている。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/58/10/58_867/_pdf

 学童へのインフルエンザ集団予防接種への批判を受け、任意接種になった時期(1994-95年〜2000-01年)に年齢調整死亡率は増加した。特に65歳以上の高齢者に死亡率上昇が顕著だった。その後、予防接種法改正により高齢者へ予防接種が行われるようになった時期に65歳以上の高齢者の超過死亡率は低下している。

 1998/99シーズンには、高齢者施設でのインフルエンザ集団感染が問題となったことをおぼろげながら覚えている。しかし、この時の超過死亡数が35,000人超にもなったということを知り、あらためて衝撃的を受けている。インフルエンザは、現代社会における最も身近な疫病である。ワクチン接種だけでなく、手洗いなど標準予防策の徹底が必要である。このことを医療関係者だけでなく、社会全体で推進していくことの重要性を確認していかなければならない。

 

<追記>

 医学史という視点からまとめられた下記サイトも参考になる。