お役所言葉の外国語訳推進

 ある会議で、日常生活用具の英訳が話題となった。日本リハビリテーション医学会用語集では、daily living utensilとなっているが、和製英語ではないかということだった。そもそも、日常生活用具は学術用語ではない。行政用語であり、厚生労働省が規定した言葉である。
 調べてみると、法令外国語訳推進のための基盤整備に関する関係省庁連絡会議が開かれ、次のような視点で外国語訳事業が推進されていることが分かった。

「今後の司法制度改革の推進について」(平成16年11月26日司法制度改革推 進本部決定)において、我が国の法令の外国語訳を推進するための基盤整備を早急に 進める必要があるとされたことから、これについて関係省庁間の連携を確保しつつ、 施策の円滑な実施を図るために、法令外国語訳推進のための基盤整備に関する関係省 庁連絡会議が設置されています。


 実施推進検討会議最終報告(PDF)、および、同概要(PDF)に具体的方針が記載されている。既に、検索機能を備えたホームページとして、Japanese Law Translationが運用されている。
 それではということで、日常生活用具について検索してみたところ、全く引っかからない。そこで、日常生活用具給付等事業の概要|厚生労働省を見てみると、日常生活用具給付等事業は、障害者自立支援法(平成十七年法律第百二十三号)第七十七条第一項第二号の規定が根拠になっていることがわかった。日本法令外国語訳データベースシステム - [法令本文表示] - 障害者自立支援法に次のような記載がある。

第七十七条 市町村は、厚生労働省令で定めるところにより、地域生活支援事業として、次に掲げる事業を行うものとする。
Article 77 Municipalities shall provide the following services as community life support services pursuant to the provision of Ordinance of the Ministry of Health, Labour and Welfare.


(中略)


二 聴覚、言語機能、音声機能その他の障害のため意思疎通を図ることに支障がある障害者等その他の日常生活を営むのに支障がある障害者等につき、手話通訳等(手話その他厚生労働省令で定める方法により当該障害者等とその他の者の意思疎通を仲介することをいう。)を行う者の派遣、日常生活上の便宜を図るための用具であって厚生労働大臣が定めるものの給付又は貸与その他の厚生労働省令で定める便宜を供与する事業
(ii) Services which dispatch sign language interpreters, etc. (means to mediate the following persons with disabilities, or others and other persons with a sign language or other means prescribed in Ordinance of the Ministry of Health, Labour and Welfare) for such persons with disabilities, or others having difficulties communicating due to disabilities of auditory sense, language functions, phonetic functions or other disabilities or persons with disabilities, or others who have other problems that interfere with the enjoyment of daily life; and provide or lend tools to afford benefit in daily life which is specified by Minister of Health, Labour and Welfare; or provide other benefit prescribed in Ordinance of the Ministry of Health, Labour and Welfare.


 日常生活用具の説明はあるが、独立した用語として扱われていない。ちなみに、補装具については、第五条第十九項に次のように記載されている。

19 この法律において「補装具」とは、障害者等の身体機能を補完し、又は代替し、かつ、長期間にわたり継続して使用されるものその他の厚生労働省令で定める基準に該当するものとして、義肢、装具、車いすその他の厚生労働大臣が定めるものをいう。
(19) The term "prosthetic devices" as used in this Act mean artificial limbs, braces, wheel chairs, and other which are specified by the Minister of Health, Labour and Welfare as what complement or alternate physical functions of persons with disabilities, or others and are used continuously for a long time, and as the others fall under the standard prescribed in Ordinance of the Ministry of Health, Labour and Welfare.


 補装具の英訳としてprosthetic deviceが用いられているが、誤訳である。Prosthetic には、「人工の」という意味がある。ちなみに、義肢は、prosthetic limb ないし artificial limbとなる。Prosthesisも使用されるが、この言葉には義肢の他に、義歯や人工骨頭という意味もある。すなわち、Prosthesisには、人工の代用物という意味が内在されている。したがって、prosthetic device を正確に訳すと人工装具となり、意味不鮮明である。他の辞書をみると、補装具としてはadaptive equipment や assistive device という訳語が用いられているが、こちらの方が適当である。
 残念ながら、日常生活用具に関しては、お役所も訳語を決めていない。Utensilは、調理用具という意味で使用されることが多く、医学用語としても福祉用語としても用いられることがあまりない。PubMedで調べてみても、daily living utensilは全く引っかからない。むしろ、daily living + equipment、device、aidsなどがしばしば用いられている。
 日本法令外国語訳データベースシステム - [法令本文表示] - 介護保険法の方をみても、「?」と思う英訳が多い。例えば、通所介護、通所リハビリテーションは、Outpatient Day Long-Term Care, Outpatient Rehabilitation となっている。Day serviceやDay care といった立派な学術用語があるのに無視されている。Outpatient Rehabilitation は外来リハビリテーションのことであり、介護保険の通所リハビリテーションとは異なる。他の分野はともかく、日本法令外国語訳データベースを用いて、医学用語、福祉用語を英訳することに関しては、慎重さが求められる。