名称類似薬の誤投与事故を防ぐために

 名称類似薬の誤投与事故があった。
 徳島新聞筋弛緩剤誤投与で患者死亡 健保鳴門病院、解熱剤と取り違えより。

筋弛緩剤誤投与で患者死亡 健保鳴門病院、解熱剤と取り違え 2008/11/20 10:13


 健康保険鳴門病院(鳴門市撫養町黒崎、増田和彦院長)は十九日、医師の処方ミスで筋弛緩(しかん)剤を投薬したことにより同市内の七十代男性患者が死亡していたことを発表した。記者会見を開き、院長らが陳謝した。病院は十八日に遺族にミスを認め、謝罪するとともに警察にも届け出た。


 病院によると、十七日午後十一時四十五分ごろ、患者の呼吸が停止しているのを巡回にきた女性看護師が発見。三十代の女性当直医らが心臓マッサージを施したが十八日午前一時四十五分に死亡を確認した。死因は急性薬物中毒による呼吸不全とみられる。


 患者は、肺炎と胸膜炎で十月末ごろ入院。近く退院予定だったが、十七日午後九時ごろ三九度の熱が出た。看護師から連絡を受けた同当直医がパソコンで薬を処方。その際、普段使わない解熱効果のある副腎皮質ホルモン剤「サクシゾン」を検索しようとキーワード「サクシ」と入力。画面に一つだけ表示された筋弛緩剤「サクシン」を選び二百ミリグラムを出力した。女性看護師が点滴した。


 患者はぜんそくの症状があり、通常の解熱剤を使えなかったという。筋弛緩剤は通常、手術以外に使用するケースはほとんどない劇物。二百ミリグラムは一気に点滴すると死に至る可能性が高いという。


 増田院長は「親族の方にはおわびのしようがない。今後このようなミスが起こらないよう徹底したい」としている。遺族の女性は「通常では考えられない事故。事故の現実を受け止められていないため、今後の対応は今は何も答えられない」とショックを受けている。


 鳴門署は「届け出を受け捜査中」としている。


 鳴門病院は重症患者を扱う二次救急医療機関。小児科、産婦人科など十三の診療科をもつ県北の数少ない公的総合病院の一つ。昨年度の患者数は外来約十五万人、入院延べ九万六千人。


 ≪筋弛緩剤≫骨格筋を弛緩させる薬物。麻酔のため気管内に管を挿入する場合などに使うが、大量に投与すると呼吸中枢をまひさせ呼吸困難に陥る。2001年の北陵クリニック(仙台市、閉鎖)の筋弛緩剤点滴事件などで使われた。


 ◎「正しい薬と思い込む」 苦渋の表情で院長謝罪


 「正しい薬だと思い込んでいた」。鳴門市撫養町の健康保険鳴門病院で起きた筋弛緩(しかん)剤の誤投与。増田和彦院長は十九日夜開いた会見で、苦渋の表情で投薬ミスの原因を明らかにした。院内にない薬剤を処方し、思い込みで治療行為をした当直医。果たして医療事故は防げなかったのか。


 午後九時から行われた会見には、増田院長のほか藤本浩史内科部長、山本克人事務局長が出席した。


 増田院長が医療事故の経緯と再発防止策を説明したが、亡くなった男性の主治医だった藤本内科部長はほとんど無言で鎮痛な表情。三人は会見の合間に何度も「誠に申し訳ありませんでした」と謝罪を繰り返した。


 増田院長によると、当直医が筋弛緩剤サクシンを処方したことに不安を感じた看護師が、当直医に「本当にサクシンでいいですか」と確認。ところが、解熱鎮痛作用のあるサクシゾンを処方したとばかり思っていた当直医は、看護師の言葉を聞き違え「二十分ぐらいで(投与して)」と答えたという。


 病院では五年ほど前から、サクシゾンを使用していなかった。当直医は今年四月ごろに別の病院から移ってきたばかり。「当直医はサクシゾンが院内にないことを知らなかったのか」との報道陣の質問に、「詳しいことは警察の捜査中なので分からない」と繰り返す増田院長。薬を取り違えた原因については「複雑な治療と違い、単純なミスほど予防しにくいもの」と釈明した。


 十八日未明に男性が死亡したのに、十九日夜まで公表しなかったことにいて問われると、院内マニュアルで公表は遺族の了承が必要であることを話した上で「遺族は当初、公表を了承しなかった」と説明。「事故を隠そうとしたのでは」との報道陣の追及を強く否定した。


 「過重労働があったのでは」との質問に、増田院長は当直医がこの三カ月間、休日も出勤するなどほとんど休みがなかったことを説明した上で「勤務は他の病院よりきついかも。過労がなかったとは言えないかもしれない」と伏し目がちだった。


 本事例は典型的なシステムエラーである。名称類似薬の誤投与事故として、日本中で起きている。個人責任を追求しても再発は防げない。刑事事件とすべきではない。


 医療事故に関する行政評価・監視結果に基づく勧告 平成16年3月 総務省医薬品・医療用具に係る医療事故防止対策の推進に次のような記載がある。

ア   医薬品・医療用具に関連するインシデント事例に係る情報提供


  厚生労働省が新聞報道等を端緒に把握した平成11年1月から15年10月までの間の医療事故事例428件をみると、このうち医薬品に関連した事故は81件(18.9パーセント)、医療用具に関連した事故は44件(10.3パーセント)となっている。
  また、ネットワーク事業において平成13年10月から15年5月までの間に医薬品・医療用具等に関連するインシデント事例として収集された情報は1,392件であり、このうち医薬品に関連する情報は1,077件(77.4パーセント)、医療用具に関連する情報は255件(18.3パーセント)となっている。
  この医薬品に関連する情報及び医療用具に関連する情報について当省が分析したところ、同一の医薬品・医療用具及び要因に係るインシデント事例が複数回報告されているものがみられ、医薬品の「名称類似」に係るものでは(i)投与すべき量が異なるため、取り違えて投与すると死亡に至るおそれのあるタキソール(抗がん剤)とタキソテール(抗がん剤)とを取り違えて投与しそうになったものが第3回報告から第5回報告までに計4件、(ii)低血圧の患者に投与すると症状を悪化させるおそれのあるアテレック(血圧降下剤)をアレロック(抗アレルギー剤)と取り違えて投与しそうになったものが第2回報告から第5回報告まで及び第7回報告に計7件等が報告されている。


(中略)


  ちなみに、当省が調査した217医療機関のうち、医療事故事例及びインシデント事例を把握することができた152機関における、平成12年4月から14年7月までの間の医薬品に関連する医療事故事例及びインシデント事例についてみたところ、同一の医薬品及び要因に係る事例が複数の医療機関で発生している例があり、(i)即効型のインスリンを30パーセント含んだ血糖値降下剤であるペンフィル30Rと効果の発現時間が遅く持続時間が長い血糖値降下剤であるペンフィルNとの取り違えが35機関(23.0パーセント)、(ii)タキソールとタキソテールとの取り違えが12機関(7.9パーセント)、(iii)誤って使用すると死亡に至るおそれのある、アマリール(血糖降下剤)とアルマール(血圧降下剤)との取り違えが7機関(4.6パーセント)等で発生している。


 新たに製品開発をする場合を除き、製薬メーカー側に名称変更させることは不可能である。したがって、名称類似薬があるという前提で対応する必要がある。


 具体的対応としては、次のようなものがある。

  • 同一医療機関内では、名称類似薬を採用しない。
  • 要注意薬(抗がん剤、血糖降下剤、筋弛緩剤など)に関しては、コンピューター画面上に注意を促すマークをつける。例えば、コンピュータ上の名称自体を「サクシン(筋弛緩剤)、劇薬」というような表示に変更する。さらに、処方時には警告表示を出す。
  • 多重チェック体制を強化する。特に要注意薬に関しては薬剤師が必ずチェックする体制を構築する。救急で投与する可能性が少ない薬は、薬局管理とする。


 健康保険鳴門病院の事例では、「サクシン」と間違いやすい「サクシゾン」の採用中止となっていたようだ。コンピューターで処方する際に、どのような表示になっていたのか、警告表示が出される設定になっていたかは不明である。当直帯であったこともあり、薬剤師のチェックは望めなかった。その場合、「サクシン」を病棟におかずに薬局まで取りに行かなければならない体制になっていれば、当直医は途中で気づいた可能性がある。


 人は誰でも間違える。間違いやすい環境に置かれた当事者を責めてはいけない。名称類似薬誤投与事故は予防するために、各医療機関のシステム再点検が求められる。