英国におけるP4P

 昨日に引き続き、P4Pの話題を取り上げる。本日とりあげる英国におけるP4Pは、同国の医療制度改革と深い関係がある。

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「医療費抑制の時代」を超えて ーイギリスの医療・福祉改革(2008年1月29日)


 下記書籍、「第2章 欧米にみるP4Pの現状 第2節 英国におけるP4P 〜ブレアの医療制度改革〜」より、内容を抜粋して引用する。

P4Pのすべて―医療の質に基づく支払方式とは

P4Pのすべて―医療の質に基づく支払方式とは

 ブレア政権は医療制度改革においては、その中心課題を「クリニカル・ガバナンス(臨床統治)」に置く。クリニカル・ガバナンスとは一言で言えば「臨床組織をより安全で高質のサービスを提供するための組織として規律付け、統治(ガバナンス)する仕組みづくり」のことである。そして2000年、ブレアはさらに国民医療費をそれまでの低医療費政策を改め、1.5倍に増額するという思い切った医療費投入計画を発表する。こうした中生まれたのが英国版P4P(Pay for Performance:医療の質に基づく診療報酬支払い制)である。これによるが後述するが英国の開業医の収入が30%アップした。そして同時に医療の質パーフォーマンスも向上した。

# クリニカル・オーディット(臨床監査)
 臨床ケアの質を体系的に批判的に分析し、継続的にその質の改善にあたること。


 クリニカル・オーディットの成功の秘訣。

  • スタンダードやエビデンスに基づくこと
  • 質を定量的な臨床指標で測定すること
  • 質の改善のために根本原因を同定すること
  • 多施設間でベンチマーキングを行うこと
  • 院内で継続的モニタリングを行うこと


 全国オーディットで明らかになったスタンダードやベストプラクティスからの逸脱例や不適切な医療行為については、政府から独立して設置されたCHAI(Commission for Healthcare Audit and Inspection)による外部オーディットが行われ、病院や診療所における内部オーディット・チームと共同して原因の究明と改善にあたる。


 全国規模のオーディットプログラムや臨床指標のデータベースの整備、それを支える医療情報システムの土台の上に、英国版P4Pプログラムである「Quality and Outcomes Framework」(QOF)が2004年にスタートする。

# 開業医とP4P
 開業医(GP:general practitioner)の診療報酬体系は次のとおりとなった。

  • 包括報酬(global sum)と呼ばれる人頭支払い制度: 約30%。
  • 選択性の追加サービス(enhanced services): 約20%。
  • Quality and Outcomes Framework(QOF)に基づく支払い: 約50%


 Quality and Outcomes Framework(QOF)の導入によって、GPの収入は2004年以降、平均4万ドル、それまでの30%程度も増収になったと言われている。


 英国版P4Pは10の慢性疾患について146の臨床指標にポイントをつけその成績に応じて診療報酬をスライドさせる方式である。

  • 10の慢性疾患領域は(1)喘息、(2)がん、(3)慢性閉塞性肺疾患COPD)、(4)冠動脈疾患、(5)糖尿病、(6)てんかん、(7)高血圧性疾患、(8)甲状腺機能低下症、(9)重篤な長期療養を必要とする精神疾患、(10)脳卒中および一過性虚血性発作、である。


 こうしたP4Pの仕組みの導入によって、実際に臨床指標自体の改善も認められた。たとえば2004年と2005年の比較では、開業医グループで計測した(冠動脈疾患の)臨床指標の改善度を見ると、コレステロールが低下した患者割合が71%から79%と上昇し、アスピリンや抗凝固剤を使用する患者割合が90%から94%と上昇し、β遮断剤使用率も63%から68%と上昇し、インフルエンザ予防接種率も87%から90%と上昇したという。


 英国のP4Pは成功例としてしばしば取り上げられる。近藤克則先生は、「医療費抑制の時代」から「評価と説明責任の時代」へと英国の医療が移行してきていること、その流れの中で、医療費増加について国民に納得してもらうためには、政策評価として、構造・ストラクチャー(straucure)、過程・プロセス(process)だけでなく、成果・結果・アウトカム(outcome)が求められるようになったことを指摘している。英国では、クリニカル・ガバナンスの法整備も含めた制度設計と、医療の質を重視し、そこに大幅な資金投入を行ったことがP4Pの定着に結びついている。
 一方、長く続いた低医療費政策の中で英国では「医療崩壊」が深刻なものになっており、ブレア政権下で行われた医療制度改革が十分な成果をあげていないとも言われる。いったん壊れた医療制度を再建するためにはかなりの時間と費用が必要となる。
 日本の医療は、平均寿命の高さや乳幼児死亡率の低さなどの点でこれまで世界でも高い評価がなされていた。しかし、低医療費政策や医師養成の抑制のため、産科、小児科、救命医療をはじめとして医療供給体制は急速に脆弱化している。このような中、ある部分を削り、他のところに回すために、「質の評価」が口実として使われようとしている。医療政策の根本的転換がない状況での成果主義強行は、臨床現場の士気を下げ、医療崩壊を加速化させる。


<2008年11月19日 追記>
 「P4Pのすべて −医療の質に対する支払い方式とは」にP4P研究会の座談会がある。英国と日本とを比較した発言を引用して、本エントリーのまとめとする。

武藤 しかし、財源のない英国でP4Pができたのに、なぜ日本でできないのだろうかという思いはありますね。(笑)


秋山 英国は一度医療が完全に壊れたからですね。一度壊れて国民がみんな痛い目に遭って、それでもう嫌だというのがインセンティブになりました。日本はまだあそこまで壊れていないので、日本国民が「もうこんなの嫌だ」って言いはじめたころに、初めてブレア政権のような思い切った改革ができるのではないでしょうか。