「『5分ルール』は医療崩壊を加速」

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「『5分ルール』は医療崩壊を加速」
【特集・第9回】2008年度診療報酬改定(9)
池川明さん(神奈川県保険医協会副理事長)


 今回の診療報酬改定では、「外来管理加算」の算定要件に5分以上の診察時間を義務付ける「5分ルール」が導入された。5分ルールについては、「診察の内容をおおむね5分という時間で評価すること自体が不適切」という批判が少なくない。神奈川県内の小児科と200床未満の中小病院を対象に緊急アンケートを実施した同県保険医協会の池川明副理事長に、5分ルールや今回の改定に関する問題点などを聞いた。(山田利和)


−今回の改定を、どう評価していますか。
 一言で表すと、国が医者を管理していく仕組みをうまく入れ込んできたという感じです。医者とは元来「自由人」で、自分が適すると判断する治療法で患者さんを治したいという希望があります。だから、“フリーハンド”でありたいのですが、今回の改定では、その枠がかなり狭められたと思います。


−それに5分ルールが関係しているのでしょうか。
 そうです。患者さんにどのくらいの診察時間を使うかは本来、医師の裁量で決めるものです。わたし自身、一人の患者さんに1時間をかけることもあるのですが、必要と考えるから時間をかけるのであって、お金になるからという理由ではありません。逆に言うと、短い診察時間でも、患者さんの状態をよく知っていて、コミュニケーションが取れていれば、5分という要件は不要です。しかし、国は診察時間に5分という「規制の網」を掛けてきたのです。


−国の狙いは、どこにあるのでしょう。
 医師一人当たりの患者数を減らすには、診察時間が長い方がいい。そうすると、医療費を抑えることができるわけですから。国の狙いは、医療費抑制にあります。決まった医療費で長く診察すれば、それだけ医療費は少なくなるでしょう。そのために、今後も医師の診察行為をどんどん縛ってくると考えられます。今回の改定は、そのための布石だったとも言えるでしょう。


−神奈川県保険医協会では、いち早く5分ルールに関するアンケートを実施しました。
 5分という要件を満たして時間内に診察を終えようとすれば、一日に診察できる患者さんが減り、収入は悪化して、経営の悪化につながります。また、要件を満たした上で、すべての患者さんを診察するには、診察時間を大幅に延ばさざるを得ないなどの問題点が想定されます。その影響は、一体どのくらいなのかを調べてみることにしたのです。


−かなり深刻な結果になったようですが。
 県内の小児科と200床未満の中小病院の計68医療機関から回答を得ました。その結果、5分ルールをクリアできて「外来管理加算」を算定できるのは、小児科の患者で25.6%。小児科では5割が10%以上の減収になり、その平均額は288万円でした。また、中小病院の患者では、クリアできるのが58.8%、平均の減収額は587万円でした。こういう影響から、5分ルールについては、小児科の94.1%、中小病院の80.6%が反対を表明しています。


−5分ルールは、医療現場が否定していますね。
 今回の改定は、医師不足が特に目立つ小児科や産科、病院勤務医への対策が柱だったと言われていますが、医療現場の実態とは矛盾した改定だったことが、アンケートからも浮き彫りになりました。アンケートでは、小児科の70.6%、中小病院の71.0%が「5分ルールは医療崩壊を加速させる」と答えています。


−保険医協会では、後期高齢者医療制度にも反対していますが。
 これも大きな問題だと思っています。国は「『主病』は一つで、一人の患者に一人の医師」としていますが、実際には、一人の患者さんがいくつもの病気を抱えていることがある。にもかかわらず、「『主病』は一つ」と決めてしまう。人間には多面性があるということを認めないという発想です。75歳以上の高齢者に、複数の病院に行ってもらっては困るという考えで、これも「5分ルール」と同様、医療費の抑制というのが根本にあるのです。


−医療費抑制が“錦の御旗”になっています。
 医療費については、国民的な議論が必要です。安い保険料で今のフリーアクセスを求めるのか、保険料を高くしてフリーアクセスにするのか、病院に行かないように制限して安い医療費でいくのか。こうした選択に迫られていると思います。問題なのは、医療費が同じだとすると、「限られたパイ」をどう配分するかになりますから、高齢者の数が増えていく中、診療行為へのしわ寄せ、いわゆる医療の内容が乏しくなることも考えられます。
 このことについては、後期高齢者医療制度に典型的に表れています。「後期高齢者診療料」が新設されましたが、診療報酬は月額600点(6000円)です。これについても保険医協会で検証したのですが、従来の老人医療費と比較するとマイナス27%の低水準です。医療内容を軽視する報酬で、対象者に質の高い医療を難しくさせます。採算割れの報酬で、現場には疑問が噴出しています。


−今回の改定は本体部分がプラス改定でしたが、内容を見ていると問題が多いですね。
 「5分ルール」にしても、後期高齢者医療制度にしても、医療への「制限」が鮮明になっており、今回の改定で、国が医師をコントロールする「管理医療」が強まりました。これでは、いい医療を提供することができません。


−どのような対策が必要でしょうか。
 医療をより良くするには、患者さんと医師が連携を取らなければならないと思います。患者さんは医療現場の実態を知り、医師は患者さんのニーズをつかむ。お互いが医療に望んでいることをすり合わせ、大きな声にしていく必要があります。
 神奈川県保険医協会が窓口になって、「医療費の窓口負担『ゼロの会』」を立ち上げましたが、これは患者さんと医師が望ましい医療について話し合うことが目的です。医療保険・制度は国民みんなで支え合って成り立っています。この制度が「崩壊」していると言われている今こそ、患者さんと医師が問題を共有し、どのような医療を進めていくか、じっくり話し合わなければなりません。そのために「ゼロの会」を役立てたいと考えています。


(診療報酬改定は今回で終わります。今後も、後期高齢者医療制度や死因究明制度など、タイムリーな話題についてのインタビュー記事を毎週金曜日に掲載します)


更新:2008/05/02 18:18 キャリアブレイン


 神奈川保険医協会の先進的な活動に敬意を表する。速やかにデータを収集し、結果をもとに政策提言をする。機動性に富み、厚労省の企みを正確に把握する先見性がある。ちなみに、神奈川保険医協会のホームページは、いい医療com http://www.iiiryou.com/ と名づけられている。


 医療費の窓口負担「ゼロの会」アピール文をご紹介する。患者負担増大の歴史を簡潔に振り返り、重すぎる患者負担の解消が喫緊の国民的な課題と訴えている。「ゼロの会」の活動に賛同する。

医療費の窓口負担「ゼロの会」アピール文


 日本の医療制度では「いつでも、どこでも、だれでも」が保険証1枚で受診できます。これは日本の医療制度がもつ大きな特徴です。
 諸外国はどうでしょうか?イギリスなど欧州諸国は登録医制度のため、医療機関を自分で自由には選べません。病院へかかる時には登録医からの紹介がないと受診できず、イギリスでは常に入院待ちの人が100万人います。医療先進国と考えられている米国では、医療保険に入っていない無保険者が4,500万人に上り、医療そのものを受けることができません。また日本では当たり前の超音波診断装置やCTなどの検査は費用が高く、自分の希望であってもそう簡単に検査を受けることもできません。
 日本はこの医療制度により、WHO(世界保健機関)が認める世界一の健康達成度を成し遂げています。しかも、国の経済力(GDP比)で比較した医療費水準は先進諸国30カ国中21位と極めて低いのです。つまり、日本の医療制度は安くて質がよく、とても効率的なのです。
 日本は1961年に国民皆保険制度を創設し、健保本人10割給付(患者負担0割)、家族5割給付、国保5割給付からスタートしました。当時、3,000万人の無保険者の人々を医療保険にというスローガンがうたわれました。その後、多くの国民により良い医療を提供するための医療運動により改善されてゆき、1963年に国保世帯主7割、68年に家族7割、73年には老人医療無料化へと、給付内容が充実していきました。
 この流れが一転するのが臨調行革路線による1984年の健保法1割負担導入です。その後、「構造改革」路線により97年に健保2割負担、2002年には健保、国保が入院・通院ともにオール3割負担となり、2006年10月から老人の一定部分も3割負担となったのです。実に、医療「改革」で国民の85%が3割負担となったのです。
 この患者負担が重くなったため、医療制度は患者・国民の手から遠い存在となってしまいました。
 日本の医療制度は憲法25条の生存権保障によるものです。生存に必要なものを保障することが原則であるため、お金の給付ではなく治療や薬そのものを給付する「現物給付」という制度となっています。だからこそ、当初、健保本人は0割負担だったのです。
 諸外国に目を向けると、ヨーロッパ諸国は受診時の患者負担は原則無料です。保険料を月々支払っているからです。受診時の負担は当然という今の考え方は、世界から見ればそもそもおかしな話なのです。
 しかも、患者さんの負担を増やして受診を抑制したからといって、医療費全体は安くなりません。なぜならば30兆円の国民医療費の75%は、高額な費用を要する病気が占めていて、人数からみれば、わずか25%の患者さんでかかっている費用なのです。残りの医療費の25%が、大半の75%の患者さんに使われている医療費なので、患者負担を増やした受診抑制でこの中の数%の医療費が抑制されるだけなのです。また逆に受診を我慢し控えることで病気が重症化し、結果的にむしろ医療費が高くつくことになります。
 安全、安心、納得のいく医療の実現のためには多くの問題があります。日本の安くて質のいい医療は、実は少ない医師・看護師による、長時間・過密労働という犠牲によって支えられているのです。
 しかしながら、まず財布を気にせず「安心」して医療機関に受診・入院できてはじめて治療が始まります。わたしたちは、この重すぎる患者負担の解消が喫緊の国民的な課題だと考え、医療費の窓口負担をゼロとすることを政府ならびに関係機関に提案し、その実現のためにあらゆる努力をされるよう訴えます。


呼びかけ団体:神奈川県保険医協会