障害者の社会復帰政策と施設コンフリクト

 http://mainichi.jp/shimen/news/m20150101ddm041040040000c.htmlという障害者差別について考えさせられる記事があった。

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 集会所の置き時計がむなしく時を刻んでいた。2014年3月30日、川崎市北部の住宅街に移転を計画する精神障害者グループホームと、約20人の地区住民の話し合いは平行線のまま、3時間がたとうとしていた。


(中略)


 同じ町内の老朽化した一軒家から1キロ離れた新築アパートへ移る予定で、工事は終わりかけていた。だが、話し合いからまもなく、さらに大きなショックが待っていた。工事業者から連絡を受け、駆けつけた青野さんの目に飛び込んだのは、10本近いのぼりと横断幕だった。「精神障害者 大量入居 絶対反対」。夕闇の中、赤い文字が揺らめいていた。


 障害者施設をめぐっては各地でトラブルが起きている。http://www.nhk.or.jp/ohayou/marugoto/2014/01/0126.htmlでは、このような事例を「施設コンフリクト」という用語で紹介し、その実態を次のように示している。

井上記者
「そうなんです、こうした反対運動のことを『施設コンフリクト』と言うんですが、NHKが全国の自治体に聞いたところ、この5年間でこうした反対運動が、少なくとも58件発生していたということなんです。
そして、障害がある人の家族会にも聞いたところ、その発生件数は60件に上るということでしたので、つまりどちらに聞いても、60件程度は発生しているとみられるんです。」


近田
「双方から聞いた数字から、だいたい60件ぐらいと。」


井上記者
「そうなんです。 この60件のうち、設置を断念したり、予定地を変更したりしたケースは36件に上っていたんです。 研究者は、こうした反対運動には一定の傾向があると指摘しています。」


大阪市立大学 野村恭代准教授
「古くからの住宅街ではなくて、どちらかというと新興住宅街で多く、“施設コンフリクト”が確認されている。障害者にこれまで接する機会が無かった方々が非常に多いので、どうしても障害者が怖いのではないかと判断される傾向が強い。」


 施設コンフリクトに関しては、http://www.life.osaka-cu.ac.jp/report/rep17.html、研究だより VOL17 :施設コンフリクトとリスクコミュニケーション(人間福祉学科 准教授 野村 恭代)に詳しく記載されている。この文章内に次のような記述がある。

「施設コンフリクト」とは、いわゆる「迷惑施設」に対する地域住民と施設建設者側との紛争や闘争等を表す言葉です。迷惑施設にはさまざまなものがあります。近年、問題となっている原子力発電所や米軍基地なども迷惑施設として認識される場合が多くあります。ごみ処理場や火葬場などに対しても、地域住民からの反対運動等が起こることは多々あります。また、社会福祉施設に対しても、施設コンフリクトが起こることがあるのです。


 迷惑施設に関わる反対運動のことを、NIMBYと表現することがある。NIMBYとは、理念としては必要だが、我が家の裏庭にはお断り(Not In My Back Yard)という意味である。NIMBY 研究の動向と課題(鈴木晃志郎)では、マネジメントの視座からNIMBYが取り上げられるようになった背景として、エコロジーの台頭と、障害者の社会復帰政策があるということを述べたうえで、後者に関しては、次のような指摘をしている。

スティグマは(1)傷跡、肥満などの外的な徴、(2)アルコ ール中毒や薬物依存などの個人的性向による逸脱、(3)民族、国家、宗教などの差異に基づく集団的スティグマの 3 つに大別され、Link and Phelan (2001)によれば、社会的弱者の立場に置かれた人々は、(1)区別と差異によるラベル貼り、(2)優占的な立場の文化的信条による、逆の属性に対しての結びつけ、(3)結びつけられた人々に対する差異化、(4)差異化によってもたらされる不平等な状況の創出(地位喪失や差別の感覚)の4 つの段階を経て差別化される。社会はこうした烙印づけにより、逸脱行動を周知せしめることにより成員にそれを抑制させる機能を持っているというのである(ゴッフマン 2001)。


(中略)


NIMBY 現象は「社会空間的スティグマ化」(Strike et al. 2004: p. 271)の過程と解釈され、NIMBY を引き起こすのは、社会的弱者を排斥できる立場にいるその他大勢の「ノーマルな」関係者である。

脱施設化にともなって NIMBY 現象が起きることは以前からも知られていた。1896 年のニューヨークで、犯罪者の社会復帰支援施設(希望の館)の立地に対して起こった反対運動は、その好例である(Welty 1961)。
この研究領域は迷惑施設のみならず、そこに収容される人への NIMBY を含むため、前述したスティグマ論と論点が重度に重なる。


 施設コンフリクトとNIMBY現象はほぼ同様の課題を扱っていることがわかる。どちらの用語がより適切かということになるが、NIMBYに反対住民を揶揄する響きがあることを考慮すると、施設コンフリクトの方がより望ましいように思える。いずれにせよ、ノーマライゼーションを推進し障害者の社会復帰を進めるうえで、この課題は避けては通れない。


 施設コンフリクトに関する文献的研究については、施設コンフリクト研究の課題 野村恭代により詳しく記載されている。このなかで、障害者施設でのコンフリクトを解消するためには、障害者や施設への理解を求めることが重要であるという「理解重視アプローチ」を展開する必要性を強調したうえで、合意形成のために必要な要因をいくつか指摘している。そのなかで、私がより重要なものと感じているのが、接触体験と地元有力者や信頼できる第三者の介入の2つである。


 未知の漠然とした不安が、偏見や差別を引き起こす。かつては、認知症高齢者施設も同様の問題を生じていた。しかし、高齢化の進行に伴い、むしろ、家族の居住地近くに施設があることが望まれるようになり、トラブルが表面化することは減っているように思える。この背景には、認知症患者が増えその実態が理解されるようになったことがある。一方、知的障害者精神障害者施設は、未だに施設コンフリクトが生じ続けている。先行研究をみても、実際に障害者と接し理解を深めていくことがもっとも基本的で重要な手段であることが強調されている。
 地元有力者や信頼できる専門家が第三者として介入することも、施設コンフリクトを未然に防ぐことやトラブルの解決への道筋をつける。心理学の世界で、しばしば取り上げられる「権威」の利用が、この問題でも効果的である。逆に、「権威」あるものが、反対運動の中枢を担うと対立は先鋭化する。冒頭にあげた記事では、地元の小児科院長である女性医師が主導的な役割を果たしたことが指摘されている*1。医師という権威を利用して、精神障害者に対する偏見や差別を助長したことを考えると、この女性医師の対応には大きな疑問を持つ。


 未知を既知に変えていくためにも、「権威」として施設居住者と地域住民との橋渡しをするうえでも、医師をはじめとした医療関係者の役割は大きい。障害者が同じ街に暮らしていることが当たり前の世の中になっていくことを心から願いたい。


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