中国の交通事故死者数が不正確な理由

 中国の交通事故事情について、http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(11)61153-7/fulltextが興味深い報告をしている。

 At best, the Chinese Government's data for road-traffic fatalities are contradictory, and at worst, they misrepresent the level and trends of road-traffic safety in the country. Ted Alcorn reports.


 交通事故死に関する中国政府のデータは、良くとっても矛盾したものであり、最悪の場合には国の交通安全に関する水準と傾向に関し誤表示したものである。
 具体的には次のようなデータが示されている。

  • 1991年には、30万台の乗用車しかなかった。
  • 20年間でその数は100倍以上になり、毎日平均5万台の車が売られている。
  • 2004年に道路交通安全法が通り、スピード違反と飲酒運転の制限が強化された。
  • 公安部の交通警察のデータによると、死者数のピークは2002年であり、毎年6%ずつ低下している。2010年10月の人民日報には、「中国の交通事故犠牲者は2004年から2009年の間に30%減少した」という見出しが載った。
  • しかし、研究者や政策立案者は示されたこれらの統計と傾向の正確性に疑問を感じている。
  • 公安部のデータだと、2010年の中国における人口10万人あたりの交通事故死者数は、たった4.9であり、比較すべき他の国の1/4である。
  • 世界中の交通事故死亡率を推計するためにWHOが作った統計モデルによると、中国は公的発表より12万4千人死者が多いと示唆される。他の国でも過小報告されているが、これほど大きい乖離はない。
  • 2011年1月に出版されたWHO報告書によると、公安部が報告した死亡者数は、中国の衛生部が計算した死亡証明書数の半分以下となっている。


 http://www.stat.go.jp/data/sekai/14.htm#h14-04内にある、 14-4 交通事故〔統計表〕(エクセル:32KB)に、各国のデータがある。中国(08年)の人口10万人あたり事故件数は20.0、死亡者数は5.6となっている。日本(08年)の事故件数が599.9、死亡者数4.0と比べてみても事故件数の低さは際立ち、死亡者数はほぼ同じとなっている。同程度に発展している国としてBRICsを選ぶと、死亡者数はブラジル18.6、ロシア21.1、インド10.5である。まさに、「中国の奇跡」としか呼べない数値となっている。


<追記> 2013年5月26日
 上記資料がリンク切れとなっていたため、下記のように修正。
 統計局ホームページ/世界の統計2018内にある、 第14章 国民生活・社会保障、14-3 交通事故 (エクセル: 97KB)のワークシート14-3に各国のデータがある。中国(09年)の人口10万人あたり事故件数は17.9、死亡者数は5.1となっている。日本(09年)の事故件数が577.5、死亡者数4.5と比べてみても事故件数の低さは際立ち、死亡者数はほぼ同じとなっている。同程度に発展している国としてBRICsを選ぶと、死亡者数はブラジルは3.8と低くなっているが、ロシア18.4、インド10.9である。まさに、「中国の奇跡」としか呼べない数値となっている。
(追記終了:なお、ブラジルが前回データとかなり乖離があり、中国と同じような傾向になっているのが疑問。)


 不正確なデータの原因として、次のような推測がされている。

  • 交通官僚は、管轄地域内で事故が少ないと高い成果があると評価され、報償される。道路官僚の故意の過小評価が不正確さの一因とすべきである。
  • 利害の抵触が、交通事故者数全てを計上することを思いとどめさせる。
  • 過小報告は、中央政府が故意に不明瞭化させているというよりは、地方警察組織が誤った利益誘導で生み出した。
  • これは政府の政策ではないと思う。中央政府は本当は正確で信頼できるデータを欲しいと思っていると推測する。しかし、今となっては実態は彼らのコントロール外となっている。


 些細な事故を含め正確なデータを集め、内容を分析し、より重大な事故を予防する手だてを考えることがリスク管理の基本である。しかし、中国では全く正反対のことが行われている。成果重視で結果のみを追求する政治姿勢が生みだした問題であり、政府批判がままならない国情がチェック機構の成熟を妨害している。最近、中国で起こった高速鉄道事故にも相通ずるものがある。