規制緩和政策と企業倫理の低下

 昨日に引き続き、東横イン不正改造事件に言及する。


 南山大学社会倫理研究所/懇話会、瀬口昌久氏(名古屋工業大学大学院工学研究科 教授)の講演(2007年6月16日)、ユニバーサルデザインをめぐる法と倫理より、不正の背景と制度上の問題点について言及した部分を紹介する。

 次に企業不正に関する問題点を5つ挙げます。耐震強度偽装の問題、東電のトラブル隠し、石原産業のフェロシルト問題、つい最近起こったジェットコースター事故、これらに共通する構造的な問題点だと思います。1点目は、監督すべき行政機関に検査する専門能力・人材がないということです。2点目に、最終書類審査をパスすれば、その後の長い運用の期間に査察やチェックを行わないことです。現状では実質的にその施設を運営する企業任せになってしまいます。3点目、専門知識と技術を持った独立した第三者機関が定期的に検査しない。4点目、法令違反への罰則が非常に軽い。そうするとどうなるかというと、故意の偽装や不正を見破ることが不可能な安価で無力な社会システムが温存されるという構造になります。その結果として、事故や公衆の被害が発生してしまう、あるいは不正が告発などで発覚する。そうすると、案件処理のために莫大なコストがかかります。

 経営素人の私の考えですが、新興企業のバブル後の「勝ち組」にはある共通した経営戦略があるのではないかと思います。それは技術革新ではなく、規制緩和政策を利用して、従来よりも格段に安いサービス・商品を販売する戦略です。こうした戦略をバブル後の新興企業の「勝ち組」の多くが採ったのではないか。画期的な技術革新を行ったわけではなく、規制緩和によって、あるいは新しい制度(たとえば介護保険制度)に乗っかるかたちで、極めて安い商品やサービスを売りにして、事業を急激に拡大していくやり方です。コスト削減のためには、サービスを特化し、安い労働力を利用します。派遣業をやっていたトップ企業が最近怪しいことが明らかになりつつありますが、女性の労働力や、正社員としての就職が困難な人たちの安い労働力を使う。「低コスト・オペレーション」というのが、東横インの西田社長の言葉です。

 東横インも、コムスンも、NOVAも同じように、大規模、急速に事業を拡大して、多くが低コストを掲げている。そのためにサービスの質が追いついていかない。その企業の従業員の多くも苦しみます。また、こうした企業が利益を拡大することによって、法令を遵守する優良企業が市場を奪われ、そのしわ寄せを食うことにもなるでしょう。きちんと法令や顧客の安全や従業員の待遇を守っている企業や事業者が、だんだん利益を奪われていくことになります。悪貨が良貨を駆逐していくパターンです。それをバブル破綻以降の日本の政策が勧めて助長した責任は、これから問われることになるだろうと思います。


 本講演で初めて知ったことだが、東横インは女性スタッフだけで運営していることがうたい文句となっている。しかし、女性の社会参加にとりたてて熱心な訳ではない。子育て支援体制などない。低賃金で雇用できるから女性を採用しているだけである。
 低コストのためには何でもあり、という風潮が日本企業にひろがっている。「名ばかり管理職」、「偽装請負」、「過労死」など急激に社会問題化した労働問題と、「不正改造」、「耐震強度偽装」、「トラブル隠し」など企業倫理の低下は、根っこの部分で一緒であることを瀬口昌久氏は示している。
 被害が出てから対応すると、最終的に企業が負担しなければいけないコストはかえって膨大になる。コムスンやNOVAは市場からの退場を余儀なくされた。アメリカでは、バブルがはじけ、濡れ手で粟の大儲けをしてきた金融グループの再編成が進んでいる。日本でも、派遣労働法改正など規制緩和政策の見直しが行われている。新自由主義(市場万能主義)の弊害が明らかになり、揺り戻し現象が始まっている。
 企業が社会的存在として存続してくために、昨今、CSR(企業の社会的責任)という概念が強調されてきている。*1ユニバーサルデザインという概念を理解し、障害をもっていようがいまいが使用しやすい製品を開発することは、企業にとっても新たな市場開発につながる。利用者の声に耳を傾け、能動的に事業展開をしていく企業が評価され、生き残っていく。
 日本では、公務員過剰論が根強くある。しかし、食の安全等に関わる部門などは米国などと比べても大幅に不足しており、むしろ拡充が必要と私は判断している。


 瀬口昌久氏の講演は、1. UD(ユニバーサルデザイン)についての理解度、2. ホテル東横インの不正改造問題から学ぶこと、3. 「バリアフリー新法」をめぐる課題の3部構成となっている。今回は、ホテル東横インの不正改造問題から学ぶことより一部を紹介した。他の部分もユニバーサルデザインに興味ある者にとって興味深い内容が多い。一読をお勧めしたい。