バルサルタン臨床研究不正事件の中間とりまとめ
高血圧症治療薬の臨床研究事案を踏まえた対応及び再発防止策について(中間とりまとめ)が、平成25年10月8日付で報告された。高血圧症治療薬の臨床研究事案を踏まえた対応及び再発防止策について(中間とりまとめ)内にある、中間とりまとめ(PDF:1,010KB)がその文書である。
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私が重要と思う部分を抜粋する。
ノバルティスファーマ株式会社(以下「ノバルティス社」という。) の高血圧症治療薬ディオバン (一般名:バルサルタン、以下「ディオバン」という。) の市販後大規模臨床研究について、当該研究に関わらない他の医師の疑義等に端を発し、世界的に権威のある医学雑誌からの関連論文の撤回、研究データの人為的な操作による事実と異なる結論の判明といった臨床研究の質に関する問題が複数の大学において明らかになった。また、ノバルティス社元社員によるこれら臨床研究の統計解析業務への関与及び利益相反に関する透明性が確保されていないことなどの問題も明らかになった。
当該撤回された論文等は、特定非営利活動法人・日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン」に引用されており、また、ノバルティス社が当該論文等を利用した広告を大々的に行ったことから、結果として当該論文における事実と異なる結論が医療現場に広く周知されることとなり、ひいては高血圧症治療にあたる医師の処方行動に大きな影響をもたらしたものと考えられる。このため、今回の事案に関する事実関係が明らかになるにしたがって、ディオバンを使用する患者及び国民全般に不安を引き起こしている。また、今後の我が国の成長戦略に当たり、日本発の医薬品等を創出するために不可欠な質の高い臨床研究を推進していく中で、今回の事案によって国内外で我が国の臨床研究に対する信頼性を大きく損ねるなど、国益の損失にもつながる重大な問題であると言わざるを得ない。
本年7月29日付のノバルティス社公表資料によると、「本年3月の同社による社内調査及び4月のノバルティス社のスイス本社(以下「スイス本社」という。)による第三者専門家による調査の結果、一人の元社員が5つの医師主導臨床研究に大幅に関与していたことが判明した。」と報告している。その一方、
ア. 同社から今回の研究責任者が主宰する講座に対する奨学寄附金は、社長または医薬品事業本部長決裁で決定している。
イ. 統計解析に従事したとされる元社員の大学への労務提供について、ノバルティス社の営業関係者であるプロダクトマネージャーを通じて手配されている。
ウ. 当該元社員の大学への労務提供にかかる交通費等はノバルティス社が支給している。
エ. 当該元社員の上司と経営陣の一部の者は、当該元社員の研究への関与の程度について認識していた、ないしは認識して然るべきであった。
オ. ノバルティス社は奨学寄附金が今回の研究事案の支援に用いられることを意図及び期待していた。
カ. 奨学寄附金が寄付された期間は、それぞれの臨床研究の開始から関連論文の公表までの期間とほぼ同じであった。
などの状況が本検討委員会の調査及びノバルティス社公表資料等で 明らかにされている。
これらを総合的に判断すると、当該元社員が今回の事案に深く関与していた実態がノバルティス社にとって最近になって判明したものとは言い難い。また、当該元社員の関与のみならずその上司及び一部の経営陣による認識などの人的状況、並びに当該元社員にかかる必要経費の会社負担及び会社の意図及び期待等を伴った奨学寄附金の提供などの金銭的状況などから、今回の事案は、当該元社員一個人が関与していたというよりは、実態としてはノバルティス社として今回の事案に関与していたと判断すべきものである。
いずれにせよ、大学及びノバルティス社双方において、利益相反状態を適切に把握し、管理する組織・機能がないと考えられた。
検討委員会は、これまで述べてきた状況を踏まえると、今回のデータ操作による結果に対する責任のみならず、我が国の医学界に対する信頼性が低下したことに対する責任は、ノバルティス社及び関係大学の双方で負うべきと考える。
関連大学及びノバルティス社は、問い合わせ窓口を設置するなど、今般の事案に係る被験者や患者・国民に対し十分な説明ができるよう、その体制を整えるべきである。
いずれにせよ、薬事法66条では何人も医薬品の誇大広告等をしてはならないと規定しているところ、今回の事案に関する広告は結果的に誇大広告に該当するおそれがあることから、国は立入検査等の権限を有する者による詳細な実態解明をすすめ、関係者の薬事法上の違法性を十分検証し、厳しい対応を図るべきものと考える。
今回の事案は、先人が様々な実績を積み重ねて築いた我が国の臨床研究に対する信頼を損なうものである。一旦失った信頼を回復することは容易ではない。このような事態を招いたことに対する研究責任者及び大学並びにノバルティス社の責任は非常に重く、十分な反省と再発防止に向けた真摯な対応が求められる。また、信頼回復のためには、臨床研究に関わる全ての関係者が真剣にこの事案と向き合い、愚直に再発防止策を実行しつつ有用な研究成果を積み重ねていくほかないと考える。本検討委員会としては、今後とも引き続き調査等を進めることとしているが、我が国の臨床研究に対する信頼回復のため、大学等研究機関、製薬企業、学界、行政等、研究に関わる全ての関係者・関係機関が早急に対応を開始することを望む。
ノバルティファーマ社は、2013年7月29日付で出されたhttp://www.novartis.co.jp/valsartan/0729/index.htmlにおいて、謝罪と真相解明の決意を述べている。しかし、「バルサルタンの医師主導臨床研究」に示されているように、責任は主に医師側にあるという立場に立っており、責任を一個人である元社員に押し付けようという意図さえ伺える。「バルサルタンを用いた5つの医師主導臨床研究におけるノバルティスファーマ株式会社の関与に関する報告書」を見ても、再発予防策としてあげられているのは、プロモーション資材の審査プロセスの厳格化、社員教育、医師主導臨床研究に関する手順の強化、当該社員元上司に関する懲戒処分、8月末までのバルサルタン関連講演会の自粛という程度であり、重大性の認識が全く足りない。
厚生労働省の検討委員会の中間とりまとめでは、このようなノバルティスファーマ社の姿勢を断罪している。直接的証拠は明らかではないが、状況証拠をみる限り、同社の利益相反違反は明らかである。
今回のような重大事例では、薬事法違反による行政処分として、業務停止が行われる可能性が高い。しかし、現時点に至っても、ノバルティスファーマ社は反省を示さず、通常どおりの営業活動をしている。当院では、このような状況をふまえ、ノバルティスファーマ社へ抗議をするとともに、安全情報以外のプロモーション活動を無期限停止とすることにした。同時に、利益相反問題に関して、医師をはじめとした職員への啓蒙活動を行うことにした。これまで起こってきた数々の薬害事件への反省をふまえ、今回のバルサルタン臨床研究不正事件のような事件を再び起こさないようにするために、医療界として襟を正す必要があると痛切に感じている。