日本の歴史をよみなおす 畏怖と賎視

 網野善彦氏の「日本の歴史をよみなおす」という文庫本を読んだ。その中の、「畏怖と賎視」の章で被差別者に対する歴史的背景について興味深い論述がされていたので、まとめた。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

# 縄文時代

  • 身体障害者や人に嫌われる病に罹った人に対する差別は、縄文時代にはなかった。
  • 縄文時代の平均余命は17歳といわれているが、縄文人の骨のなかに、明瞭に身体障害者と見られる人(兎唇や足に障害を受けた人)の骨が残っている。


# 古代における差別の問題

  • 身体障害を持つ者は廃疾、非常に重い病気の人は篤疾として、戸籍に記載し、課役は賦課しない。建前で見るかぎり、ハンセン病に罹った人、身体障害者を共同体から排除する動向は考えられない。
  • 五色の賤を制度上定めて、平民と区別している。官庁、国家に属する奴婢が官戸と公奴婢、私人に属する奴婢が家人と私奴婢、そして、天皇の陵を守る使命をもった陵戸である。陵戸は聖なるものの奴婢と位置づけられており、むしろ特権を持つ人びとであり、中世の神人(神の直属民)、寄人(仏の直属民)、供御人(天皇の直属民)と関係する。
  • 古代における差別の問題を身分の上で考えると、2種類あって、ひとつはいまの奴隷と良民との区別、もうひとつは、人間の力を超えた聖なるものに属する人びとに対する区別である。


# ケガレを清める職能集団としての非人

  • 律令国家の弛緩とともに、職能民が国家の規制から離れて、独自の集団をつくりはじめた。
  • 10〜11世紀頃、天皇のいる京都が人口の集中する特異な町となったという条件のなかで、ケガレは伝染すると考えられ、神経質な忌避感が肥大し、制度化されていった。ケガレとは、人間と自然とのそれなりに均衡のとれた状態に欠損が生じたり、均衡が崩れたりするときに生じる畏れ、不安と結びついていた。
  • ケガレを清めることを職能集団としての非人の集団が形成されていった。非人の集団にはさまざまな人がいたが、なんらかの理由で平民の共同体に住めなくなった人たち、身寄りのない人、身体障害者ハンセン病に罹った人がいたことがわかっている。障害が重い人たちは乞食をしていた。
  • 非人のなかには、寺社と結びついて犬神人と呼ばれたものもいた。また、死刑を行う放免という人びともいた。
  • 非人とは、社会外の身分、身分外の身分だったという考えは実態にあわない。非人のなかの主だった人びとは神人・寄人という地位を与えられ、神仏の直属民と社会的な位置づけを与えられ、誇りをもっていた。犬非人は、独特な形の白い覆面をして、赤系統の柿色の衣をつけており、僧形の姿をしている。*1
  • 河原者という人びとは、牛や馬の死に伴うケガレの清めをしていた。僧形の非人とは異なり、俗人の名前を名乗っていた。「裏無」という履物を寺社に貢納し、清目とも呼ばれており、自分の仕事に誇りをもつ職能民だった。


# 聖別から卑賤視へ

  • 穢多(えた)、「穢れ多し」という差別語が、13世紀後半の「天狗草紙」にはじめて登場する。この頃、ケガレを恐れる、畏怖する意識が次第に消えて、これを忌避する、汚穢として嫌悪する意識が強くなってきた。人間と自然との関わり方が大きく変化してきたこととかかわりがある。
  • 一方、13世紀後半ごろを頂点として、「悪」とは何か、あるいは非人、女性の賎視の問題にかかわるケガレの問題を、いかに考えるべきか、思想的な緊張があった。
  • 一遍聖絵」には、特異といってよいほど、たくさんの非人や乞食が描かれている。その他、浄土宗、一向宗日蓮宗禅宗など「鎌倉新仏教」は悪人、非人、女性に関わる悪、ケガレの問題に正面から取り組もうとした宗教だった。キリスト教も同様だった。
  • しかし、16,7世紀までに世俗の権力によって、宗教が徹底的に弾圧されたり、骨抜きにされていく過程のなかで、非人や遊女などに対する差別が定着していくことになった。
  • 差別の問題は、西日本を中心とした話であり、東日本では鎌倉を例外として、被差別部落は少ない。ケガレに対する感覚の違いがあり、非人という職能集団が東日本では形成されなかったことが理由のひとつと考える。


 疫病と世界史 上の中で、日本では天然痘や麻疹が13世紀頃に小児病化し、その後、人口増が顕著になった、という主旨の記述がある。おそらく、度重なる疫病や飢餓に対する畏れが減るなかで、死を予感させる仕事や姿をもつ集団が賤民視されていったと予想する。また、網野善彦氏は、別章で14〜15世紀頃に近世の村につながる集村が生まれたと記述しており、共同体の運営のなかで異質の人びとの排除が強化され、被差別集団が生まれたのではないかと推測する。さらに、江戸時代に統治手段としての身分制度の強化がされたという流れが、日本における差別問題を解釈するうえで重要な点と考える。
 本書を読むと、文明の進行のなかで差別が強化されていくという流れが俯瞰される。死が如何ともしがたい時代から、ある程度コントロールできる状況になる中で、可視化できる特徴のある集団が烙印を押され、スケープゴートとなっている。畏怖が偏見や差別の要因となることは、現代の日本でも通じる問題であり、心しなければならないと自戒する。

*1:参照:網野善彦と『もののけ姫』の話 - tukinohaの絶対ブログ領域に次の記載あり。「覆面をして柿色の衣を着て、絵巻から取り出されたような犬神人が石火屋衆という役割で鉄砲をつくっているのです。」