働き手の選択肢狭めるな、という不誠実な主張
朝日新聞、オピニオンで「日雇い派遣の禁止」というテーマで3人の論客が意見をたたかわせた。八代尚宏国際基督教大教授の意見に我田引水的な統計引用があった。問題となるところを抜粋する。
働き手の選択肢狭めるな
日雇い派遣の禁止は労働者のためと言われているが、疑わしい。本人が自分の意思で行っている働き方について選択肢を狭めることが、労働者のためなのか。与党の主張する30日以内の派遣禁止で、正社員としての雇用は増えるのだろうか。
07年に厚労省が日雇いで働く698人を対象に行った「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」では、短期で働く理由として、「正社員で就職できない」が8%、「正社員の仕事がみつかるまでのつなぎ」が25%、やむを得ずやっている人は3割程度ということが。少ないからいいというわけではないが、残りの7割は禁止されたら迷惑をこうむる。
(後略)
八代尚宏氏が取り上げた調査は、日雇い派遣労働者の実態に関する調査及び住居喪失不安定就労者の実態に関する調査の概要である。住居喪失不安定就労者とは耳慣れない言葉だが、ネットカフェ難民のことである。まとめのPDFファイルには、次のような記載がある。
調査結果としては、
(1)「短期派遣労働者」には若年者が多く、特に男性においては、正社員になることを希望する者も多く見られること
(2)住居を失い寝泊まりのためにネットカフェ等を常連的に利用する「住居喪失者」は、約5,400人と推計され、その年齢構成は20歳代と50歳代に山がみられること
(3)「住居喪失者」である「短期派遣労働者」は、両調査において一定数見られたが(概数調査によれば約600人)、「住居喪失者」は「短期派遣労働者」ばかりでなく、むしろ「短期直用労働者(1ヶ月未満の直接雇用契約)や「失業者」のほうが多いこと
などが把握できたところである。
「短期派遣労働者」には若年者が多く、特に男性においては、正社員になることを希望する者も多く見られること、という部分は、八代尚宏氏の論調とだいぶ異なる。日雇い派遣労働者の実体に関する調査結果報告書を詳しく見ると、その理由が明らかになる。
【短期派遣で働く労働者調査】 対象698名
1 性別: 男性58.0%、女性40.0%、無回答2.0%
2 年齢構成: 19歳未満7.0%、20-24歳が25.4%、25-29歳が20.5%、30-34歳が15.9%と、7割弱が34歳未満の若年層。
3 現在の状況: 「主に仕事をしている(短期派遣のみ)」が53.2%、「主に仕事をしている(短期派遣以外にも、正社員・自営業など、主たる職業がある)」が25.5%、「主に学生」が13.2%、「主に主婦」が2.9%、「無回答」が5.3%。
本調査で最も驚いたのは、正社員・自営業など他の職業があるにも関わらず短期派遣の仕事をしている者が25.5%もいることである。通常の仕事だけでは十分な収入を得られず、やむを得ず日銭稼ぎをしていると推測する。
6 短期派遣で働く理由
理由 働く日時を選べて便利であるため 47.8% 収入の足しにするため 36.7% 正社員としての就職先が見つかるまでのつなぎとして 24.7% 働きたい仕事内容を選べるため 12.2% 正社員で就職できないため 8.1% 会社の人間関係に煩わされないから 6.6%
7 今後希望する就業形態
就業形態 現在のままでよい 45.7% 正社員 29.6% パート・アルバイト 8.2% 派遣労働者(1ヶ月以上の有期) 3.2% 契約社員 2.8%
* 男性の回答(一部抜粋)
19歳未満 20-24歳 25-29歳 30-34歳 35-39歳 現在のままでよい 90.5% 54.3% 34.8% 37.7% 39.6% 正社員 4.8% 32.1% 53.6% 58.0% 45.8%
* 短期派遣で働く理由ごとの回答(一部抜粋)
男性
現在のままでよい 正社員 正社員で就職できないため 21.2% 69.7% 正社員としての就職先が見つかるまでのつなぎとして 13.6% 81.6% 女性
現在のままでよい 正社員 正社員で就職できないため 41.7% 16.7% 正社員としての就職先が見つかるまでのつなぎとして 18.9% 59.5%
他の職業がある群および、学生、主婦あわせて41.6%は、属性から考えて「働く日時を選べて便利であるため」、「収入の足しにするため」と答える者が多く、就業形態も「現在のままでよい」と回答することは不思議ではない。
一方、短期派遣のみの者は、「正社員としての就職先が見つかるまでのつなぎとして」ないし「正社員で就職できないため」と回答している者が多いのではないか。短期派遣のみ53.2%、正社員化を望む者29.6%という数字を比較すると、短期派遣のみの者のうち半数以上が正社員化を希望していると推測する。実際、25-29歳、30-34歳の男性では半数以上が正社員化を望んでいる。また、「正社員で就職できないため」ないし「正社員としての就職先が見つかるまでのつなぎとして」を短期派遣で働く理由とした男性の7〜8割ほどが正社員化を望んでいる。
労働コストを抑え、雇用調整弁としての派遣労働が横行している。「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」で明らかになった最も重要なことは、「短期派遣労働者」には若年者が多く、特に男性においては、正社員になることを希望する者も多く見られること、ということである。この部分を意図的に無視し、「残りの7割は禁止されたら迷惑をこうむる」と主張する八代尚宏氏の姿は醜悪である。なお、学生や主婦の場合、短期派遣がなくなったとしても、99年の派遣労働法改定以前の状態、すなわちパート・アルバイトなどの形態で企業が、短期間の直接雇用をすることで解決する。
八代尚宏氏は、経済財政諮問会議の民間議員として、規制緩和を推進し、労働条件改悪を推進した。混合診療解禁を提唱し、医療に営利産業を持ち込もうとする筋金入りの新自由主義者である。その人物が「働き手の選択肢狭めるな」と主張すること自体、笑止千万としか言い様がない。
なお、朝日新聞のオピニオンでは、二重派遣やピンハネなど違法行為に対しては労働基準法や労働者派遣法の遵守をさせるべきなどについて、八代尚宏氏も主張せざるをえなくなっている。労働者の立場にたった規制強化が必要であるということが世論の大勢となった証拠である。