官僚の習い性

 要介護認定問題に関する舛添厚労相の見解が興味深い。

(記者)
昨日、検討会で認められた介護の内部文書について、大臣の見解をお願いします。


(大臣)
昨日、要介護認定基準の見直しということで、これは色々な関係の方に入っていただいて良い議論ができたと思います。その中で、共産党の小池議員から委員会で質問があった文書、つまり、意図的に財政的な観点から介護認定を減らすというような検討が行われたのではないかということについて、委員の樋口さんから説明して欲しいということがありました。私は途中までしか出られなかったので、あとは局長の方から説明をわかる範囲でしなさいということで言いました。基本的には役所の中で色々な検討をする、樋口さんもおっしゃっていたように、役人の立場というのは、「これだけの財源の中でやりなさい。2,200億円をカットしなさい」と来たときに、どこで辻褄を合わせるか、今回の2,200億円でもどこからお金を取ってくるか、本当に苦労しました。後発医薬品ジェネリックは230億円位しか無いわけですから、よくぞこんな所にお金を捻出できたなという感じになってしまうわけです。本来は役人の仕事というのはそうではなくて、どうすれば介護が良くなるか、どうすれば医療が良くなるかに全力を尽くす環境を政治家が作らなくてはいけない。だから、例えば難病にしても、25億を4倍にしたのは、「一生懸命やって下さいよ」と言えば官僚は一生懸命やる。ところが、これだけの金しかない中でやれというのがあって、もし予算が増えなければどうなんだろうといって、官僚の習い性で一生懸命やったのだと思います。「とてもじゃないけど介護の分をどんどん削れ」と言われた時にどう削るのか内部で検討をした。もちろん私も見ていません。今の局長も見ていません。どういう所でどう行ったかまで、細かい関係者は他の所に行ってますからわかりませんが、そういうことの一部が出たということなんですね。だから、一つは文書管理をしっかりしないといけないということは当然ですが、それより前に、政治家の立場として言うと、そういう議論に役人が力を使うのは、非生産的で、むしろ私達政治家のリーダーがやることは、2,200億円にしても、縛りをかけるのではなくて、どうすれば介護が良くなるのか、国民の立場に立って検討しなさいということを指示すれば、彼らも一生懸命やると思います。今、3%上げ、今度の検討している補正でも予算規模を上げれば、生き生きとやろうということが出てくるわけです。ですから、私は、樋口さんがいみじくも言ったように、こういうことをやるのはけしからんけれど、元々、2,200億円があったからこういうことになったということは彼女も良く理解していました。色々なシュミレーションを検討することが悪いとは言いません。ただ、やっぱり、役人だけの責任ではなくて、大きな大枠を決めることに対して、政治の決断をやるべき時期に来ている。そうしないと、私に言わせると、くだらない検討までしないといけなくなります。幸い、あのようなものは公式な見解にもなっていないし、「ちょっとやってみたよ」ということだけです。そういうことではなくて、全体の処遇を上げようとして、今、努力をしている。認定基準の問題も、問題があるので、希望者は前の基準のままでしばらくはいいですよということをやっているので、そういうリーダーシップを今後とも発揮していきたいと思います。先ほどご質問のあったように、国民が安心できる社会保障とは何なのか、そういう原点に返った議論をやらないと、役人の使わせ方ももったいないというか国民の為になっていません。ですから、省を挙げて反省し、謝罪するところは謝罪するにしても、積極的に、ポジティブに更に良い方向に目指すように努力したいと思っています。

厚生労働省:平成21年4月14日付大臣会見概要


 舛添厚労相は、社会保障費一律2,200億円削減が要介護認定問題の元凶であることを公言している。小泉構造改革路線に明確な異議を唱えている。この間の舛添大臣の言動をみる限り、医療、介護、雇用など様々な分野で、政治家としてのリーダーシップをとろうとしている。
 ただ、社会保障費削減があたかも仕事であるかのようにふるまう厚労省官僚の習い性は、一朝一夕に生じたものではない。少なくとも、1983年の医療費亡国論まで遡る。厚労省(旧厚生省)官僚は、四半世紀に及ぶ期間ひたすら医療費を初めとした社会保障費を切り下げることばかりに取り組んできた。いまさら行動パターンを変更することは難しいのではないかと感じる。