早期リハや介護予防、生活習慣病対策における短期的視点と長期的視点の区別

 昨日のエントリー、「たばこ1000円」論争に関して、二木立先生の主張*1をご紹介する。

私のかつての主張・試算の修正 ー短期的視点と長期的視点の区別


 次に、私のかつてのリハビリテーション医療の効率化についての主張・試算を一部修正します。私は代々木病院での脳卒中早期リハビリテーションの経験に基づいて、脳卒中の早期リハビリテーションと施設間連携・ネットワーク化を進めることにより、大きな医学的効果が得られるだけでなく、医療費も大幅に節減できる(つまり効率化ができる)と考え、その試算を行ったことがあります。短期的に見ればこれは今でも正しいと言えます。
 しかし、その後、長期的に見れば必ずしもこうは言えないことに気付きました。その理由は以下のとおりです。早期リハビリテーションにより「寝たきり老人」は減らせるので、医療・福祉費は短期的には確実に減少し、余命の延長も期待できます。しかし、寝たきりを脱した患者にはさまざまな基礎疾患があり、しかもたとえ早期リハビリテーションを行っても、なんらかの障害が残ることが普通なので、延長した余命の期間に、脳卒中が再発したり「寝たきり」化する確率が高いため、累積医療費が増加する可能性が高いのです。
 この点についての実証研究は私の知る限りまだありませんが、アメリカの禁煙プログラムの医療費節減効果のシミュレーション研究のロジックと計算結果は非常に示唆的です。それによると、禁煙プログラムの実施により、医療費は短期的には減少するが、喫煙を止めた人々の余命の延長とそれによる医療費増加のために、長期的には(15年後以降には)累積医療費は増加に転じるという結果が得られています*2
 私は、このようなロジックと計算結果は、リハビリテーションに限らず、介護予防、生活習慣病対策にも当てはまると判断しています。2005年の介護保険改正時に、厚生労働省は介護予防(新予防給付)により要介護状態の発症・悪化を予防でき、その結果、介護給付費の伸び率を大幅に抑制できると主張し、その根拠となる「文献集」を公表しました。しかし、私がそれに含まれる全文献を個別に検討したところ、介護予防による長期的な健康増進効果と費用抑制効果はまだ証明されていないことが判明しました。
 そのために、私は、早期リハビリテーションや介護予防、生活習慣病対策はあくまでも患者・障害者のQOLの向上のために行うべきであり、医療制度改革法案や介護保険制度改革のように、それによる大幅な費用抑制を見込むのは危険であると判断しています。


 達見である。「喫煙率が低下することで肺がんなど健康被害が減少すれば、伸び続ける国民医療費を抑制する」という意見は、後半部分に関していえば確かに短期的視点でしかない。かといって、「たばこ1000円論」は意味ないものではない。長期的な視点でみた国民の健康被害の減少のためにも必要である。


 前日のエントリーのまとめ部分を一部補強する。


 「仮にたばこが有害ならば、やめると寿命は延び、高齢者医療費も増える。安易な主張だ」という部分には苦笑を禁じ得ない。医療費抑制第一でそのために国民の健康が悪化してもかまわないという主張は、厚労省と瓜二つである。この論を推し進めると、長生きは医療費増につながるので、タバコを吸って早死にしましょう、ということになる。
(以下、補強部分)
 医療費抑制第一主義からの転換を目指すべきである。喫煙率が低下により、健康被害が未然に防がれ、その結果高齢者が増えることは国にとって本来望ましいことである。長寿を喜べない社会はいびつである。医療費等社会保障費増額が必要なら、ぞの財源調達法を考えるべきである。安易な消費税論議に与せず、たばこ税論議に火をつけた笹川陽平氏の主張に共感する。

*1:二木立: 補論2 医療経済学から見たリハビリテーション医療の効率.医療改革 危機から希望へ.勁草書房、2007、p.28-32

*2:Barendregt JJ,et al: The Health Care Costs of Smoking.N Eng J Med 337:1052-1057,1997.