派遣依存症への対策始まる

 見出しが秀逸である。朝日新聞日雇い派遣原則禁止 依存業界に危機感より。

日雇い派遣原則禁止 依存業界に危機感
2008年7月9日1時2分


 労働者派遣法の見直しで、日雇い派遣の原則禁止がほぼ確実になった。8日には与党のプロジェクトチーム(PT)も原則禁止の方針を打ち出したことで、派遣労働者からは歓迎の声とともに、当面の救済策を求める声も上がる。一方、日雇い派遣頼みだった引っ越し業や小売業などへの影響は大きく、経済界は警戒感を強めている。今後は秋の臨時国会に提出される改正案の詳細をめぐり、厚生労働省の審議会を舞台に労使の攻防が激しくなりそうだ。


◆労働者側「当然だ」「救済策を」


 日雇い派遣で生計を立てている人たちからは賛否両論の声が上がった。


 「違法な派遣だらけだし、ピンハネも大きい。原則禁止は当然だ」


 都内の男性(39)は歓迎の立場だ。6月末まで派遣大手グッドウィル日雇い派遣で働いていた。派遣が禁止されている建築現場での仕事や二重派遣の経験もある。同社の廃業決定で仕事がなくなり、現在は請負の仕事でしのいでいる。


 与党案では、「日雇い派遣事業」から日雇いの仕事を紹介する「日雇い職業紹介事業」への切り替えの促進も盛り込まれた。「貯金がないおれらにとって、重要なのは給料が日払いであること。禁止するなら、日払いの仕事を探せるような仕組みを考えてほしい」


 本業だけでは生活が出来ず、日雇い派遣で家計を補っている男性(32)は、「率直に言うと、ふざけるなという思いだ」と憤る。


 月4回、計2万4千円程度の日雇い派遣の収入があるので、妻と子との生活をぎりぎり続けられている。「禁止されても、派遣先がすぐに直接雇用してくれるわけではない。十分な救済策なしに禁止されたら、生活が困窮する人が次々に出るかもしれない」


 元日雇い派遣労働者で、現在はアルバイトの男性(32)は、「原則禁止」に懐疑的だ。人集めの手間や労災の処理など、派遣先は派遣会社に丸投げ出来るからだ。与党案では派遣先への規制強化を打ち出したが、「仕事がある時だけ人を雇うという考え方が会社側にしみついている。会社側にとっておいしい仕組みは、そう簡単にはなくならないのではないか」。


◆企業側 中小悲鳴、争奪戦に


 規制強化の流れを受け、関係業界では「脱・日雇い派遣」の動きが加速している。


 引っ越し大手のアートコーポレーションでは、昨年末ごろから求人広告費を倍増させてアルバイトを増員。日雇い派遣大手のフルキャストグッドウィル厚労省から相次いで処分を受けたためだ。日本通運も「派遣法の規制緩和前は直接雇用だったので、対応は十分可能」と、短期アルバイトなどの直接雇用にしているという。


 だが、自力で人手を確保できない中小業者は大変だ。繁忙期に1日300人程度の日雇い派遣社員を使ってきた東京都内の中堅業者は「日雇い派遣が禁止されたら、グッドウィルと一緒に廃業するしかない」(広報担当者)と悲鳴を上げる。


 以前は、登録アルバイトを繁忙期に備えて確保したり、人手に余裕がある同業大手に助けてもらったりしてきたが、「そんな仕組みはもうなくなった」。また、アルバイトの場合、顧客から引っ越し代金が入金される前にアルバイト代を支払う必要があるため、賃金を派遣会社が立て替えていた今までより、資金繰りが苦しくなるという。


 家電量販店では新商品が出る繁忙期に倉庫からの商品の出し入れ作業に日雇い派遣を使ってきたが、「今後は作業工程を見直すなどして乗り切ることになる」(中堅家電量販店幹部)という。


 外食業界では、都心部でアルバイトの確保が難しく、「支払総額が高くなっても派遣に頼らざるをえない店もある」(大手外食)という。ある飲食業関係者は「禁止されれば、日雇いから中長期の派遣へ切り替えが進むかもしれない」。


 人手不足に悩むのはコンビニエンスストア業界も同じ。都心のオフィス街などの店舗では、時給を1千円以上出しても人が集まりにくい。日雇い派遣料金はその1・5〜2倍と割高だが、「雇用の調整弁」として機能してきた。あるコンビニ大手の担当者は「人材争奪戦はますます激化する」と頭を抱える。


 業界への影響を懸念し、日本経団連の御手洗冨士夫会長は7日の記者会見で、「多種類の職業があるので、きちんと分析をして慎重に検討すべきだ」と、原則禁止に警戒感を示した。今後、労使代表らで改正案の詳細を詰める厚労省の審議会を通じて、規制強化の流れに歯止めをかけたい考えだ。


 一方、労働者側は「日雇い派遣だけを禁止しても、低賃金や不安定雇用、労災多発の問題は解消されない」(派遣ユニオン)と、攻勢を強める。審議会に参加する連合も、仕事がある時だけ派遣会社と雇用契約を結ぶ「登録型派遣」の対象を限定することや、労災が起きた時の派遣先の責任を重くすることなどを要求していく方針だ。


◆派遣法改正に関する与党PTの提言骨子


日雇い派遣は原則禁止。一部業務はポジティブリスト化して例外的に認める


・グループ企業内での「専ら派遣」への規制強化


・派遣元企業にマージン率の公開を義務づけ


・登録型派遣で働く労働者のうち、希望者の常用雇用化を促す仕組みづくり


・派遣先企業にも法律上の労災防止責任が反映されるための措置をとる


偽装請負などを繰り返す派遣先には、より強い行政措置を発動


 続いて、経済界の立場から、日雇い派遣禁止に対する反対論を紹介する。日経新聞社説2 日雇い派遣の禁止でいいのか(7/7)より。

社説2 日雇い派遣の禁止でいいのか(7/7)


 日雇い派遣ワーキングプアの「温床」として禁止すべきだとの機運が高まっている。与党は通訳など専門性の高い業務を除き禁止の方針を固めた。民主党など野党もすでに原則禁止の方向を打ち出している。厚生労働省は秋の臨時国会へ改正法案を提出する予定だ。だが、日雇い派遣は本当にワーキングプアの温床なのか。きちんと検証しないまま禁止するのは安易ではないか。


 問題が多い業界なのは確かだ。派遣法が禁止した業務への派遣や二重派遣などの違法行為が相次ぎ、1月に厚労省から事業停止命令を受けたグッドウィルは、7月末での廃業を決めた。不安定雇用で低賃金、労働災害が多いとの批判もある。とはいえ禁止で問題は解決するのか。


 禁止しても繁閑の激しい仕事や週末だけ必要な業務は減らない。ニーズのあるものを無理に禁止すればより劣悪な業者が闇でばっこする危険がある。企業が直接雇えばいいともいわれるが、人材を集められない零細企業にとって負担は大きい。結果として失業が増える恐れもある。


 厚労省の調査では、日雇いで働く人のうちフリーターは54.3%で残りは学生や主婦、社会人だった。働く理由は「働く日時を選べて便利だから」が半数を占める。禁止はこれらの人の利便性も損なう。


 考えるべきは労働者の保護だ。労働基準法は使用者の都合で仕事をキャンセルすれば休業手当を払うよう義務づけ、給与からの不透明な天引きも禁じている。派遣法は労働安全衛生の責任を派遣元と派遣先に課している。法令違反は徹底的に取り締まらなければならない。必要ならば罰則の強化も考えるべきだ。


 派遣元が徴収する手数料を公開し働く側が有利な登録先を選べるようにするとともに、企業間の競争を促すことも大切だ。やむなく日雇いで働かざるを得なくなった若者への教育・訓練などの支援も考えてよい。


 与党は、グループ会社だけに派遣する「専ら派遣」の規制強化も打ち出しているが、問題の根本にあるのは非正社員全体の処遇の低さだ。正社員との均衡処遇を置き去りに、日雇い派遣の禁止などの“わかりやすい”対策でお茶を濁そうとするのは、政治の怠慢ではないか。


 規制緩和の名のもとに、労働者派遣法は改定が繰り返された。その結果、日雇い派遣なしでは成り立たない業界が増えてきた。いわば、「派遣依存症」とも言うべき体質が作り出された。
 日経新聞社説を読むと、「繁閑の激しい仕事や週末だけ必要な業務」では日雇い派遣は必要悪ではないかと主張しているように読み取れる。朝日新聞では、引越し業者、家電量販店、外食業界、コンビニエンスストアなどが代表的業種として紹介されている。しかし、このような業種は、本当に日雇い派遣なしでは成り立たないのであろうか。
 『日本通運も「派遣法の規制緩和前は直接雇用だったので、対応は十分可能」と、短期アルバイトなどの直接雇用にしているという。』という部分にヒントがある。戦後長らく労働者供給事業は違法行為として禁止されていた。労働者派遣が原則自由になったのは1999年の労働者派遣法の改定後であり、たかだが10年しか経っていない。規制緩和以前の状態に戻るだけであることを認識すべきである。「働く者の利便性」という言葉もまやかしである。そもそも、日雇い派遣という形態が「通常」になってしまったため、短期間のアルバイトの需要が減ったのではないか。


 日雇い派遣依存業界だけが問題ではない。本来ならば常用型雇用とすべきところを短期の登録型派遣で雇用調整を行っている企業が最も派遣依存症度が強い。その代表が日本経団連御手洗冨士夫会長が会長をつとめるキャノンである。大分キャノンの2つの工場あわせて6,000人近くの働き手のうち、正社員やアルバイトなどの直接雇用は1,200人、キャノンの人材派遣子会社キャノンスタッフサービスからの派遣スタッフが500人、残りの約4,000人が請負労働者となっている。キャノンの人材派遣子会社キャノンスタッフサービスが行っている方法は、「専ら派遣」という方法であり、違法性がきわめて高い。


 「派遣依存症」は、「アルコール依存症」や「ニコチン依存症」と同じ種類の病気である。依存症患者の常で、止められない理由を必死に考え出そうとする。放置すると様々な弊害を生むことに気づかず、手遅れになってから後悔する。短期的な人件費削減により一時的に会社の業績をあげることは確かにあるだろう。しかし、それでは企業の発展に貢献する人材は育たない。さらに、低賃金労働が蔓延化することにより、貧困層が増え内需が落ち込む。長期的にみると、日本経済にとってはマイナスでしかない。


 【声明 与党PT「日雇い派遣禁止案」に関する派遣ユニオンの見解】を紹介し、本日のエントリーを締めくくる。大手マスコミの記事ではわからない本質をつく指摘が随所に認められる。

【声明 与党PT「日雇い派遣禁止案」に関する派遣ユニオンの見解】
ワーキングプア、不安定雇用を生み出す登録型派遣の原則禁止を!
(2008年7月2日・派遣ユニオン


7月1日、自民、公明両党の「新雇用対策に関するプロジェクトチーム(PT)」が日雇い派遣を原則禁止する案をまとめた。(1)日雇い派遣については通訳など専門性の高い業務を除いて原則的に禁止(2)派遣会社に手数料(マージン)の開示を義務化(3)特定企業だけに労働者を派遣する「専ら派遣」についての規制強化―などとしている。
この内容では、具体的にどのような内容の規制になるのか、実効性があるのか不明である。今後、実効ある規制にまとめ上げていくことができるか、その内容が問われる。


《専門業務以外の日雇い派遣禁止》
例えば、「(1)専門業務を除いて日雇い派遣は原則禁止」としているが、「ワーキングプア」の温床となっている製造派遣や物流派遣などにおいて、日々雇用や、あるいは1ヶ月や3ヶ月以下の派遣を禁止しても、低賃金や不安定雇用、労働災害多発の問題は解消されない。
物流を中心に広がる時給850円程度の低賃金は放置されたまま、日々雇用から1〜3ヶ月の短期契約を反復更新する「細切れ契約」に切り替わるだけで、「契約満了」の一言で切り捨てられる雇用の調整弁であり続けることに変わりはない。
極めて専門性の高い通訳などの業務や育休代替などを除いて、有期雇用契約を前提とする登録型派遣を禁止すべきであり、常用型派遣(派遣会社と派遣労働者は期間の定めのない雇用契約)を原則とする制度に転換していくべきである。


《マージンの開示を義務化》
「(2)マージンの開示義務」については、派遣会社全体の1年間のマージン平均を開示するというようなおざなりな開示であれば、派遣労働者が自分の取られているマージンを知ることができず、意味がない。個々の派遣労働者に対して、個別契約の派遣料金とマージンを開示すべきである。
また、マージンを4割取っても5割取っても適法であるという現行の派遣制度がワーキングプアを生み出しているのであるから、マージン率の上限規制を定めるべきである。


《専ら派遣の規制強化》
そもそも直接雇用が困難な場合にのみ例外的に派遣を認めるという派遣制度の趣旨からみて、子会社の派遣会社を経由して間接雇用する「専ら派遣」が脱法的であることは明白である。しかし、現行の「専ら派遣」規制に実効性がないため、「専ら派遣」は横行している。連結決算の対象となる派遣会社からの派遣を禁止するなど、実効ある「専ら派遣」の禁止を定めるべきである。


派遣労働者の権利保護》
正社員との格差が拡大し、低賃金による生活苦を強いられ、5年先、10年先の将来が見えない不安定な働き方を強いられている派遣労働者が希望をもって働ける派遣制度にしていくためには、「登録型派遣の原則禁止」とあわせて、「みなし雇用」「均等待遇」など、派遣労働者の権利保護を定めるべきである。
(1)「みなし雇用」−派遣法を逸脱(期間制限違反、事前面接、偽装請負等)して派遣労働者を受け入れた派遣先は派遣労働者を雇用しているものとみなす旨を定めるべきである。
(2)「均等待遇」−同一の業務を行っている派遣先の労働者と同一の労働条件とすべきことを定めるべきである。


以上