社会保険料の転嫁問題

 法人減税しても社会に還元されず(2008年9月21日)のコメント欄で、「社会保険料の転嫁問題」に関するコメントが寄せられた。転嫁という言葉が良くわからなかったため調べてみたところ、社会保険料の事業主負担という国立国会図書館の論文を見つけた。

 少子高齢化の進展に伴い、社会保障財源の確保が大きな課題となっている。社会保険方式を中心としている我が国の社会保障制度において、企業は事業主負担という形で社会保険料を拠出しており、その総額は社会保障財源の4 分の1 を占めている。
 国際競争が厳しさを増すなか、経済団体などからは、人件費を抑制するため事業主負担を軽減し、公費負担の割合を高めることを求める声も挙がっている。しかし、国際比較によると、我が国の企業の人件費に占める社会保険料負担の割合は必ずしも高いわけではない。
 また、社会保険料の事業主負担は、賃金減少や雇用削減という形で被用者が実質的に負担をしている可能性がある。これについていくつかの実証研究がなされているが、はっきりした結論は得られておらず、今後の分析の進展が期待される。

IV 国際比較
 経済協力開発機構OECD)は、企業の人件費に占める事業主と被用者が支払う社会保険料の割合について、各国比較の可能な統計をとっている。事業主負担が国際競争力にマイナスに働くという経済団体の懸念はあるが、国際的に見ると我が国より負担が重い国も多い。図2 から、我が国の事業主の社会保険料負担割合は、イギリス、カナダ、アメリカよりは高いものの、フランス、ドイツといった欧州大陸諸国やスウェーデンに比べれば低いことがわかる。また、社会保険料負担の割合は必ずしも労使折半ではなく、フランス、イタリア、スウェーデンは被用者に比べ事業主の負担が相当高くなっている。

V 事業主負担の帰着分析
1 帰着分析の意義
 社会保険料の事業主負担が上昇すると、企業は雇用や賃金を減らす可能性がある。その場合、事業主負担も結局は被用者が負担しているとみなすことができる。名目的な負担主体と実際の負担主体を区別し、事業主負担は最終的に誰の負担になっているかという問題は、帰着問題と呼ばれる経済学の議論の一つである35。


(中略)


 以上の結果を踏まえると、社会保険料の事業主負担が賃金や雇用にどの程度影響を与えているのか、現時点でははっきりしたことはまだわかっていない段階である。企業は賃金や雇用量の調整の他に、生産性の向上や商品価格への転嫁、法定外福利厚生費の見直しなど多くの調整手段を有しており、事業主負担の転嫁のメカニズムは相当複雑ではないかという見方もできる47。社会保険料の転嫁についての実証分析はまだ緒についたばかりであり、今後研究が蓄積されていくことが望まれる。


 この問題に関して、ななしさんより、勿凝学問204 社会保険料の転嫁問題に関する経済学者の誤解を紹介していただいた。権丈善一先生の文章には、次のような記載がある。

 この社会保険料の転嫁問題は、社会保障国民会議が行った年金財政シミュレーションをどのように評価するかに関する議論でも取りざたされたトピックでもある。ところがこの問題、経済学者は、自信を持って、「経済学的に見れば、社会保険料は賃金に転嫁される」というのであるが、この点、面白いほどに、彼ら経済学者は間違えている。たしかに、経済学の論文の中には、「社会保険料は転嫁しない」という帰無仮説を棄却する研究は数多く存在する。しかしながら、社会保険料は賃金に100%転嫁するということを証明する研究は、しっかりとした分析をした研究にはまずない(なかには100%以上転嫁されていることを証明(?)しているマヌケな論文もある)。ところが、いつのまにか、経済学者の間では、社会保険料が賃金に100%転嫁する場合にのみ成立する論が常識になっているようなのである。


 社会保険料事業主負担は、被用者の給料を削って支払っている。日本の場合、事業主と被用者の負担割合が1:1であり、実質的に被用者の社会保険料負担は2倍となっている、という理論が「社会保険料は賃金に100%転嫁する」という意味である。しかし、どうやら、この理屈は一部の経済学者にとってのみ自明であるらしい。
 企業に余力があれば、社会保険料事業主負担分は利益から拠出される。一方、赤字に陥っている場合には賃金抑制や雇用調整に頼るしかなくなる。すなわち、企業の体力で転嫁方法は異なる。社会保険料は賃金に転嫁されるから事業主負担を増やすと被用者が損するという論理は、企業の利益確保のための方便にすぎない。御用経済学者の言うことに惑わされないように気をつける必要がある。