高齢社会における急激なキャッシュレス化推進への危惧

 国は、急激なキャッシュレス化を推し進めようとしている。

  • 検討会は、大阪・関西万博(2025年)に向けて、「支払い方改革宣言」として「未来投資戦略2017」で設定したキャッシュレス決済比率40%の目標を前倒しし、より高い決済比率の実現を宣言する。さらに将来的には、世界最高水準の80%を目指していく。
  • 「キャッシュレス推進協議会(仮称)」において、オールジャパンの取組として産官学が連携して進めていく。

 

 今年から、楽天生命パーク宮城では完全キャッシュレス化となり、コインロッカー以外は現金が全く使用できなくなった。

 

 クレジットカード以外で使用できるのは、楽天ペイ、楽天Edy、それから楽天スーパーポイントだけで、見事に自社サービスだけとなっている。それぞれの違いがよくわからず、真面目にキャッシュレス化の勉強をしないと乗り遅れると思って参考書籍を書店で物色していたところ、「キャッシュレス覇権戦争」という新書が目に止まった。

キャッシュレス覇権戦争 (NHK出版新書 574)

キャッシュレス覇権戦争 (NHK出版新書 574)

 

 

  本書では、政府がキャッシュレス化を推進する理由として、以下の3つをあげている。

  •  インバウンド消費の拡大による経済活性化: キャッシュレス決済が普通となっている外国人観光客への対応
  •  現金のハンドリングコストの削減: 貨幣の製造やATM維持管理コストなどの削減
  •  お金の流れの捕捉と徴税の徹底: 脱税やマネーロンダリングの防止

  消費者にとっても、キャッシュレス決済が当たり前になると、現金を持ち歩く必要が減る、ポイントがたまるなどの様々なメリットがあることを指摘しつつ、資産やお金の使い方が企業や国に筒抜けになるというデメリットがあることも看破している。キャッシュレス化が進む米国や中国では、「信用格差社会」が進むという問題が生じている。データ監視社会で身を守るために勝手に個人情報を使わせない仕組みづくりが必要という指摘もしている。非現金化こそが重要と宣伝する一部の論者とは一線を画しており、バランス感覚がとれた内容となっている。

 

 本書に触れられていない問題がある。キャッシュレス化弱者の課題である。キャッシュレス先進国では、高齢者や障害者が、様々な負担を強いられている。

 

 スウェーデンでは、「スウィッシュ」と呼ばれるスマホを用いた支払い方法が普及しており、一般的に市民の利便性は増したと言われているが、次のような問題が指摘されている。

指摘されているのはまず、高齢者や障害をもつ人々、ITインフラが整備されていない地域の住人や移民といった、電子決済サービスの利用機会が限定される人々の問題だ。

スウェーデン全21の県からなる「県組合」がまとめた「基本的な支払い業務の観察・2017年」という資料には、経済的、身体的、技術的な理由などさまざまな事情からスマホやPCなどを持たない・持てない人々が、キャッシュレス化の波を受け、現金の入出金や生計費の支払いといった「基本的な支払い業務」に不都合を経験していることが、各地から報告されている。

現金の必要性については、年金生活者の全国組織「PRO」も声を上げている。

スウェーデン最大級の市民団体であるPROは、デジタル決済の普及を歓迎しつつも、現金の使用が難しくなったり割高になったりした場合、まず苦境に立たされるのは年配者や障害をもつ人々、中小企業や過疎地の住民等だ、と指摘。

2016年には、「現金の取り扱いに銀行はもっと責任をもつべき」と訴えるとともに、現金を残すよう求めた約14万人の署名を政府に提出した。署名は、同団体のホームページ上で今も増え続けている。

 

 日本は世界で最も高齢化が進行している国である。それにも関わらず、国策として現金を使用できないような状況を急激に作り出した場合、キャッシュレス化弱者の負担は過大となってしまう。様々なデメリットをふまえた場合、決済率だけを指標に強引な非現金化を推進することは不適当である。また、北海道胆振東部地震のように、大災害で大規模停電が生じた場合には電子決済は全く機能しない。日本は自然災害が多い国であることを考慮すると、一定程度現金決済を残す政策こそが適当である。少なくとも将来的に世界最高水準となるキャッシュレス決裁比率80%を目指すという宣言は、非現実的で危険である。

 

 なお、現金決済を残しつつ、高齢者にとってより簡便な決済手段となるならば、電子マネーを併用することは適当と私は考えている。

 

  上記記事では、nanacowaonのようなカード式のプリペイド電子マネーは、高齢者で使用が伸びていると報告している。入金の上限、紛失時の保証などもあり、キャッシュカードを持ち歩き、ATMで現金をおろすより安全と高齢者に受け止められたことが要因と分析している。高齢の両親に子どもが手渡すことが増えているとも述べている。一方、スマホを用いた決済は60歳代で1割未満との記載もある。電子マネーの共通化が図られておらず、どこの店でも使用できるわけではなく、大手流通業の囲い込みの対象ともなっている。

 今後も、スマホを用いたQRコード決済は手間がかかり高齢者には普及しないと予想する。一方、スマホに取り込まれたクレジットカードなどによる非接触型決済(Apple Pay、Google Pay、モバイルSUICAなど)は使い勝手がカード型とあまり変わらず、慣れてしまえば高齢者でも使用可能と思われる。今後は、カード型ないしスマホ型非接触型決済+現金払いが高齢者の基本的な支払い方式として定着するのではないかと推測する。