あなたの隣のサイコパス
難しい脳科学をわかりやすく解説することで定評がある中野信子氏の著書「サイコパス」について紹介する。なお、本エントリーの表題「あなたの隣のサイコパス」は、本書の「はじめに」から引用したものである。

- 作者: 中野信子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/11/18
- メディア: 新書
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私が重要だと思うところを箇条書きにまとめると次のようになる。なお、脳科学について触れた部分については、次のエントリーにまとめた。
- サイコパスは、猟奇的な犯罪や連続殺人を犯しやすい反社会的人格を説明するものとして定義された概念である。精神医学では、「反社会性パーソナリティ障害」という診断基準が最も近い。近年の脳科学の発展のとともに、そのサイコパスの実態が明らかになってきている。
- サイコパスは尊大で、自己愛と欺瞞に満ちた対人関係を築き、共感的な感情が欠落し、衝動的で反社会的な面を持つ。また、無責任な生活スタイルを選択する傾向がある。
- ただし、すべてのサイコパスが犯罪者予備軍ではない。「サイコパス=犯罪者」というレッテル貼りは非常に危険である。
- サイコパスはグレーゾンを含め、おおよそ100人に1人の割合で存在する。
- サイコパスは、共感性が低いが、相手の目つきや表情からその人が置かれている状況を読み取る才能が際立っている。サイコパスは人の弱みにつけこみ、コントロールする技術に長けている。
- 悪意をもったサイコパスに利用されないように、サイコパスを見抜く力が求められる。
- サイコパスには、「勝ち組サイコパス(成功したサイコパス、捕まりにくいタイプ)」と「負け組サイコパス(悪事が発覚し捕まりやすいタイプ)」がある。「負け組サイコパス」は共同体から排除され子孫を残すことは困難である。
- 一方、歴史上の人物には、排除されずにのし上がった「勝ち組サイコパス」と思われる者も散見される。織田信長、毛沢東、ロシアのピュートル大帝などが疑わしい。ジョン・F・ケネディやビル・クリントンなど何人もの米大統領がサイコパス特性を示している。アップルのスティーブ・ジョブスは、世界で最も洗練された「勝ち組サイコパス」ではないかと考えられる。
- サイコパスは、遺伝的要因と後天的要因との相互作用で発現するが、前者の影響の方が大きいと想定される。一方、幼少期の虐待、母性の剥奪、劣悪な養育環境といった負の刺激がが引き金となって反社会性が高まる可能性があることも指摘されている。
- サイコパス、すなわち「良心を持たない人たち」の存在は、人間がなぜ良心を持っているのか、良心は何のためにあるのかを改めて気づかせてくれる、格好の比較対象になる。
- サイコパスの倫理観や道徳観念を変えようとする努力は無駄である。暴力や破壊行為に直接結びつくリスク要因に照準を定めた介入が適当である。
- 自分がサイコパスかもしれないと思った場合、サイコパス向きである仕事を見つけ、それに邁進することが最も現実的な手段、選択肢である。
サイコパスである可能性があるのかどうかを推測する指標として、「PCL−R(The psychopathy Checklist-Revised)」がある。
本書の最後に、ケヴィン・ダットンの調査によるサイコパス度が高い(サイコパスが多い)職業ベスト10と、サイコパス度が低い(サイコパスが少ない)職業ベスト10を紹介されているので、引用する。なお、原著は主要参考文献に上がっていた以下の書籍と推測する。ケヴィン・ダットンはイギリスの心理学者であり、上記結果をそのまま日本に当てはめることは慎重にしなければならないが、なんとなくうなづける結果となっている。

- 作者: ケヴィン・ダットン,小林由香利
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2013/04/23
- メディア: 単行本
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サイコパスの多い職業トップ10
- 企業の最高経営責任者
- 弁護士
- マスコミ、報道関係(テレビ/ラジオ)
- セールス
- 外科医
- ジャーナリスト
- 警官
- 聖職者
- シェフ
- 公務員
サイコパスの少ない職業トップ10
- 介護士
- 看護師
- 療法士
- 技術者、職人
- 美容師、スタイリスト
- 慈善活動家、ボランティア
- 教師
- アーティスト
- 内科医
- 会計士
歴史をひもとくと、権力者の交代に伴い残虐行為、大量粛清が繰り返されていることがわかる。権力を握る過程のなかで、サイコパス特性のある者が優位となる可能性があることが理由として考えられる。一方、個人主義の欧米と比べ、集団主義の日本ではサイコパスの発生率が低いのではないかということも指摘されている。平清盛は悪名高い人物だが、序列を乱された公家からの評判が悪いだけで、源義朝の子供たちを助けたことからわかるように、対立者を根絶やしにするようなことはしていない。平安時代には長期間死刑が行われなかったことも、世界史上特筆すべきことと言われている。ただし、戦国時代のように残虐な刑罰が行われていた時代もあり、日本人にサイコパスが本当に少ないかどうかについては留保が必要である。
現代の世界情勢をみてみると、残虐行為を平然と行う為政者が少なからずいる。反対勢力の大量処刑を行っているとアムネスティーから批判されているシリアのアサド大統領や、政権幹部を含め反対勢力と見なされた者を残虐な方法で処刑していると伝えられる金正恩は、サイコパスではないかと私は思う。現米大統領のトランプ氏もサイコパス傾向がかなり強い人物ではないかという危惧をいだく。本書にも以下のような記載があるが、よく当てはまる。
口がうまく、主張や態度をコロコロと変え、自己中心的で支配欲が強く、おのれの過失の責任は100%他人にあるような物言いをし、誇大妄想に取り憑かれているように見える。この人はいったい何をやりたいんだろう、何が楽しくて生きているのだろう、というふうに疑問を感じさせる著名な政治家や実業家が、誰にも幾人かは思い浮かぶのではないでしょうか。
サイコパス特性を持つものが反社会的行為を行わないようにするために、遺伝子検査をして排除するのではなく、幼少時の環境を調整することによって反社会性の発現を抑えたり、適正のある職業に就くように促したりした方が良いという著者の主張は適切であると思う。ただし、医療職に関しては、やや違う意見を持つ。例えば、サイコパスは、一般人では不安や痛みを感じてしまいとても手を出せないようなことでも平気でやりとげることのできる才能を持つという意味で外科医の適性があるとなっている。ただし、日本の場合は手術だけをしている外科医は少なく、術後管理や患者・家族の心理的サポートもしなければならない。人間関係を築くことが不得手で、この人大丈夫かなと思う外科系医師は確かに存在するが、サイコパスは外科医に向いていると勧めるのは適当ではない。なお、リハビリテーション医は、上記リストには含まれていないが、介護士、看護師、療法士などと同じ範疇に入る。共感を感じることのできない人間には不向きな職種である。