BAPENレポートでみる経腸栄養の日英比較

 中央社会保険医療協議会 総会(第264回) 議事次第内にある、個別事項(その6:明細書の発行、技術的事項)について、総−2(PDF:1,697KB)の33〜34ページに、胃瘻等に関する日英比較がある。英国のデータは、BAPEN (British Association for Parenteral and Enteral Nutrition )annual report 2011からとられている。元データは、BAPEN内にある、Annual BANS Report 2011. Artificial Nutrition Support in the UK 2000-2010. Editor in chief: Trevor Smith、Click here to read the full report (PDF)である。

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 まず、中医協資料を提示する。

 日本のデータは、平成24年度社会医療診療行為別調査、平成24年「人口推計」より推計となっている。英国資料は、BAPENレポートのTable 4.2(13ページ)とFigure 4.4(15ページ、後述)にある。本データをもとに、日本における胃瘻造設数(人口百万人当)は、英国の10倍以上であり、70歳以上の割合は英国の倍である、と厚労省は述べている。




 日本のデータは、「胃ろう造設及び造設後の転機等に関する調査研究事業」(老人保健健康増進等事業)からとられている。元になる資料は、調査研究報告書:医療経済研究機構(IHEP)にある。なお、転機turning point は誤りで、転帰outcome が正しい。厚労省担当者の単純ミスである。該当資料の18ページ、図表 2-3-4 (病院:患者票)原因となった疾患【複数回答可】と全く同じである。英国データは、BAPENレポートのFigure 4.3(A)(14ページ、後述)にある。本データを元に、胃瘻造設の原因疾患は、両国とも中枢神経疾患、精神疾患が多いが、日本においては、誤嚥性肺炎、脳血管疾患、脱水・低栄養、認知症が多いと厚労省は述べている。


 英国データは、Section 4 Home enteral tube feeding (HETF) in adults(12〜19ページ)からとられている。名称にHomeが入っているが、nursing homesのデータも含まれている。2010年のデータでは、自宅69%、nursing homes or received residential care29%となっている。英国における経腸栄養の比率は日本に比べ、桁違いに少ないことがわかる。
 年次推移を見ると、次のようになっている。

 中枢神経疾患・精神疾患の割合は次第に減り、一方、癌の比率が上がっている。癌の中では頭頚部腫瘍の比率が次第に増え、2010年には77.2%となっている。


 年齢構成をみると、71歳超の高齢者が次第に減少し、若年層が増えていることがわかる。



 活動度をみると、正常者の比率が緩徐に増えている一方、屋内レベル、ベッド上レベルがゆっくりと減少していることがわかる。経腸栄養をしている寝たきり老人はヨーロッパにはいないと言われているが、本データをみると経腸栄養者3,430人の20%、686人いることになる。ゼロではないが、日本ほど多くはなく、しかも、高齢化が進んでいるにも関わらず、減少してきている。


 経腸栄養の状況に関する国際比較をしようと思い、文献を探してみたが、あまり良いものが見当たらなかった。http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=196851を見ると、nursing homeにいる重度認知障害者の34% (N = 63 101)が経管栄養を行っていたとある。Natural History of Feeding Tube Use in Nursing Home Residents with Advanced Dementiaでは、米国内でも州によっても造設率に大きな差があることが示されている。[PEG tube placement in German geriatric wards - a retrospective data-base analysis]. - PubMed - NCBIを見ると、ドイツでは年間約14万件のPEG造設が行われている。認知症の終末期と胃瘻栄養法 -PEGの施行要因分析と価値判断を経た代替法の提案-を見ると、日本のPEG造設キット販売数は、2008年で106,000本であり、人口比でみるとドイツは日本の2倍となる。
 直近のデータではないが、米国は日本より胃瘻造設が盛んに行われている。ヨーロッパでは、英国は明らかに経腸栄養は少ないが、ドイツでは胃瘻造設が多い、という結果になる。


 諸外国の状況、特に英国と米国の違いをみる限り、経腸栄養が行われるか否かは、死生観の問題よりは医療・介護など社会福祉政策との兼ね合いが大きいのではないかと感想を私は持っている。私的保険が多く、単価の高い医療をしている急性期病院から速やかに退院させる必要があるため、米国では胃瘻造設が安易に行われているのではないかと考えている。経口摂取の可能性を追求せず、nursing homesで寝かせきりになっているため、胃瘻造設の有無で生存率に差がないという仮説も成り立つのではないかという危惧も抱く。一方、英国ではNHSによる国営医療保険制度で医療が行われているが、財政問題による医療制限の問題があり、経腸栄養の適応が厳密になっているのではないかと推測する。
 日本は、どの道を歩もうとしているのか。急性期医療の制限という意味では、米国と同じ道を歩みつつある。公的社会保障費削減の必要性からは、英国流への急展開が行われる可能性もある。いずれにせよ、経腸栄養はあくまでも治療手段であり、医学的適応があれば、本人・家族との相談のうえ実施すべきものである。胃瘻=延命治療というステレオタイプな考えが広まることは不適当であり、摂食・嚥下リハビリテーションに関わる専門職として適切な情報発信に努める必要があると考えている。