医療従事者のための自動車運転評価の手引き

 今年のリハビリテーション医学会で行われたシンポジウム「脳障害者の自動車運転」で言及されていた本を購入した。脳損傷者に対する自動車運転リハビリテーションに関するアメリカの研究書である。

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医療従事者のための自動車運転評価の手引き

医療従事者のための自動車運転評価の手引き

  • 作者: Maria T. Schultheis,John DeLuca,Douglas L. Chute,三村 將:監訳
  • 出版社/メーカー: 新興医学出版社
  • 発売日: 2011/07/30
  • メディア: 単行本
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 概要をまとめると、次のようになる。

# 背景

  • 自動車運転は身体機能や感覚・認知機能、感情等あらゆる情報を統合して行われる活動であるため、人が行う活動の中でもっとも難しい活動の一つである。
  • 自動車運転リハビリテーションは、有疾患者の運転技能を評価し、運転再開に向けたアプローチを行うことに特化したリハビリテーション分野の一つと定義できる。
  • アメリカでは、障害者自動車運転教育協会(Association of Driving Educators for the Disabled:ADED)が設立され、啓蒙活動や自動車運転リハビリテーション専門家の資格認定プログラムを設立した。
  • 障害のあるドライバーに対する運転可否判定には、通常、自動車運転リハビリテーションプログラム(Driver Rehabilitaition Program:DRP)と自動車運転リハビリテーション専門士(Driver Rehabilitation Specialist:DRS)がその任に当たる。アメリカには300人近い認定自動車運転リハビリテーション専門士がいる。
  • 対象者としては、(1)発達障害により通常の運転教育課程では対応できない者、(2)運転を希望する脳損傷者、(3)認知機能が低下しつつある高齢ドライバー、の3群がある。
  • なお、今日では、障害者の運転を補助する運転支援装置は利用しやすくなっている。


# 運転技能評価

  • 路上評価(実車運転評価等)と実車前運転評価(知覚検査、認知検査など)が重要であることが明らかになっている。自動車運転評価においては、この両者を含む包括的自動車運転評価が最適である。
  • 包括的自動車運転評価には、次の内容を含む。
    • 関連情報の収集:視覚機能、診断名、既往歴などの医学的情報や運転歴などの関連情報を事前に収集する。
    • 医療機関における実車前評価(off-road test):視覚機能(視力、視野など)、神経心理学的検査などを評価する。運転シミュレーターも実車前評価の一つである。
    • 実車運転/路上運転評価(on-road test):操作、注意・集中、情報処理速度、判断、内省、衝動性などをチェックする。


# 患者への説明

  • 通常、患者説明は以下の4つに分類できる。運転再開可と不可群については、具体的説明例を記載する。
    • 運転再開可:「あなたの運転技能を注意深く観察しましたが、他のドライバーと大きく異なる点は何も見られませんでした。このことはあなたが安全運転を行うことを保証するものではありません。ただ、そうする能力があるということを示しているだけです。また、評価結果は、あなたが運転再開後の危険性や運転を行うことに対する自己責任について理解していることも示しています。」
    • 要訓練:総合的に運転技能が低下しており、交通法規の遵守にも問題がある。今後の教育プログラムや運転技能に対する事故認識を高める取り組みが運転技能改善に有効である。問題が身体障害に起因する場合には改造車両による練習が必要となる。
    • リハビリテーション後に再教習:安全運転を行うための基本的な操作技能は保たれているものの、未だ運転再開に向けたアプローチを受けるまでに達していない。
    • 運転不可:「あなたは今後二度と安全に運転を行うことができない可能性があることについて十分に考えてください。今後運転できないということを考慮して、住む場所や職業のことをどうするかといった点について考えてください。」


 本書では、各論として、頭部外傷、認知症脳卒中、その他神経精神疾患注意欠陥多動性障害多発性硬化症てんかん精神障害)などのトピックスが記載されている。聞き慣れない検査バッテリーも多数紹介されている。
 脳卒中後の自動車運転研究レビューがまとまっているので、以下に記載する。

  • 運転再開能力を判断するための評価法やガイドラインは存在しない。
  • 路上評価を行う前段階として、視覚操作、視覚情報処理などの視覚性注意機能の評価を行うことは有益である。
  • 路上評価を行う前段階として、注意機能、情報処理能力、ワーキングメモリー、視空間認知能力の評価を行うことは有益である。
  • 運転評価は一つの評価をもって完結するべきではなく、種々の評価を用いることが推奨される(例;実車前運転評価、路上評価、運転シミュレーターによる評価)
  • 右半球損傷は運転再開に至るまで多くの困難さを伴う場合が多い。
  • 理論的に構築された路上運転適性を測るいくつかの運転検査バッテリーが開発されている。
  • 運転シミュレーターを用いた評価は、安全性が担保され経済的であり、臨床的な有用な手段である。
  • 運転評価としてもっとも有益な評価は、路上運転評価である。しかし、標準化が不十分である点、安全性という観点から評価コースの設定が限られてしまうといった問題点がある。
  • 今後の研究課題として、運転再開の基準の確立、その妥当性を検証するための指標の作成などがあげられる。現在の基準は、実際の運転行動を評価していると断言できない。
  • 自己内省力、感情の安定性、加齢といった要因も考慮した運転評価を行うことが望まれる。


 日本リハビリテーション医学会で行われたシンポジウムで強調されていた内容とほぼ同じである。
 今後、日本においても自動車運転を希望する脳損傷者は増加してくると予測する。リハビリテーション関係者にとって、自動車運転リハビリテーションは関心を払うべき重要な課題といえる。ただし、確立された自動車運転リハビリテーションプログラムがない現状を考えると、実車前評価をしっかりと行い、運転不適格者をスクリーニングすることが医療機関として行う最低限の役割と判断する。ただ、本書を読んでも、実車前評価スクリーニングテストのカットオフポイントは明示されていない。日本とアメリカの国情も異なることを考えると、本分野の臨床研究が本邦においても進むことを期待する。当面、左半側無視の残存、注意機能低下が机上テストで認められている高次脳機能障害残存患者に対しては、運転不可であるということを、患者と家族に丁寧に説明していくことにしたい。