社会格差という病「ステータス症候群」

 入院前に読んでいて、内容をまとめようと思っていた書籍がある。社会格差という病「ステータス症候群」である。

ステータス症候群―社会格差という病

ステータス症候群―社会格差という病


 あらためて読み直してみると、本書の主張はイントロダクションに整理されていたので、気になった文章を抜き出してみた。

  • 社会階層構造(social hierarchy)−社会という梯子−のどこに位置しているかが、病気になる確率や長生きする確率と密接に関連している。そしてその頂点に立つものと、底辺にいるものの格差がどんどん大きくなっており、それが世代にまたがるようになっている。
  • 健康というのは、”連続的な勾配を持った社会格差”(social gradient)に従うものだということだ。これを私はステータス症候群と呼ぶ。
  • ある一定度以上の物質的な福利厚生のレベルを越えてしまうと、別のタイプの福利厚生が中心的な役割を果たすようになるということだ。自律性を持つこと、すなわち自分の人生に対してどれだけのコントロールを持てているのかということと、そしてフルに社会と接点を持ち、社会活動に参加できる機会を持つこと、この二つが、健康や厚生、そして長寿に欠かせないものなのである。自律性(コントロール)や社会参加の機会に不平等が生じていることが、ステータス症候群の根底に潜む問題なのである。


 次のような具体例が出されている。

  • (ワシントンDCの地下鉄で)ワシントンのダウンタウン東南部からスタートして、メリーランド州モンゴメリー郡まで乗車してみるがいい。1マイル(約1.6km)進むごとにその地区の平均寿命は1.5年ずつ長くなっているのだ。乗車したところの貧乏な黒人と下車したところの裕福な白人では、なんと平均寿命が20年ちがうのだ。
  • 概念的に同じようなことが、英国公務員制度の権力の階層構造においても見ることができる。そこにもステータス症候群を示す証拠が劇的な形で存在している。私が公務員を対象にしてホワイトホール(Whitehall)研究を開始したのは1976年のことだった。そこで健康の社会格差を見出したのだった。[ホワイトホールは、日本でいうと霞ヶ関]
  • 北米でも、オーストラリアでも、英国で見られたほどではないにしても、格差は歴然としていた。[北欧、旧共産国圏、日本でもステータス症候群が存在する]
  • 健康の社会格差の原因となる要因は、国家間の健康格差の要因でもあるということだ。旅をしてみれば、健康状態が著しく損なわれている国もあり(とくに元共産圏の中欧・東欧など)、そこでは健康状態はまさに危機的な状況にある。と思えば、健康状態が著しく良い国(いちばん有名なのは日本だろう)もある。しかも、コスタリカやインドのケララ州のように、金がなく貧しいにもかかわらず健康状態がよいところもある。
  • それは1970年代後半のこと、当時のソビエト連邦各国の経済状況を調査していて、モニハン上院議員は死亡率のデータがどれも著しく悪化してきているという興味深い事実に気がついたのだ。その研究の最後にあたって、彼は上院で、ソビエト連邦は病んだ社会であり、次の10年間に共産体制は崩壊すると宣言したのだ。そんな米国に都合のいいことを考えている彼に対して嘲笑が上院内に渦巻いたという。しかし9年後、それは実際起こってしまったのだ。


 イントロダクションの最後に次のようなメッセージが記されている。

  • 健康の社会格差という現象が明らかになり、多くの先進諸国では中心的な問題となりはじめている。
  • 格差の程度は社会によって異なり、同じ社会のなかにあっても時代によって異なるということだ。こうした変化は、すべての社会が持つ二つの性質、すなわち社会階層構造と協調(Co-operation)のバランスによって決まってくる。個々人がどれだけ自分の人生にコントロールを発揮し、どれだけ社会参加の機会を享受できているかという問題に行き着く。
  • より充実した人生を送るために何をすべきか、そしてその目的を達成するために自分たちが生きている社会をどう形づくっていくことができるのかについて、われわれの考え方を変えたい。それが本書の目指すところである。


 以降の各章で、著者の長年の研究の成果が紹介されている。一番印象的だった旧共産圏についての健康悪化の論文、Marmot M,Bobak M: International comparators and poverty and health in Europe.BMJ. 2000 November 4; 321(7269): 1124–1128.が見つかった。「ステータス症候群」でも紹介されている図表を以下に示す。


 上図は、乳幼児、小児期の死亡による影響を除外するため、15歳以上の平均余命を示したものである。EU諸国の状況が年々改善しているのに対し、中央・東欧の平均余命は横ばい、あるいは減少している。さらに旧ソビエト連邦の平均余命はローラーコースターのような軌跡を描いている。1970年代、80年代は下降している。1980年代中期にいったん上昇後、1989年以降の経済混乱の中で急下降している。


 日本でも、格差社会が進行している。地域社会の絆が維持されているところでは、健康格差が目に見える形とはなっていないが、いったんそこから落ちこぼれてしまった場合(ホームレス、独居の閉じこもり高齢者など)では、健康指標が悪化するのではないかという危惧がある。
 生物的側面からだけではなく、心理社会的側面から健康施策を捉えるべきだという本書の主張に興味を覚える。元リハビリテーション医の日本福祉大学の近藤克則先生も同様の研究をしている。この分野について、様々な著書を読んで知識を深めていきたい。