モヤモヤ病と重複形態法の言語分布

 モヤモヤ病の遺伝子が発見された。

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 東北大大学院医学系研究科の呉繁夫准教授(臨床遺伝学)らの研究グループは、日本人に多い脳の難病「モヤモヤ病」の発症にかかわる遺伝子を突き止めた。高い確率で脳卒中を引き起こす深刻な疾患だが、これまで原因不明とされてきた。今回の発見により、遺伝子検査で発症リスクを予測し、早期治療で脳卒中を予防できる可能性が高いという。


(中略)


モヤモヤ病]脳底部の動脈が徐々に狭まる一方、細い異常血管が増殖し、脳梗塞(こうそく)や脳出血を引き起こす。患者の大半は日本や韓国など東アジアに集中し、日本人患者は世界最多の約8000人。1963年に東北大医学部教授の故鈴木二郎氏が発見。エックス線で見ると、たばこの煙のように見えることから69年に命名された。

http://www.kahoku.co.jp/news/2010/11/20101105t15015.htm


 東北大学教授が命名した疾患の遺伝子を、同じ東北大学の研究者が発見したことになる。因縁を感じる。興味深い論文だが、遺伝子解析の門外漢であるものにとっては難解なものと予想する。今回は、モヤモヤ病という名称にしぼって、話を進める。
 発見者である日本人の名称がつけられた病名としては、川崎病、橋本病、高安病、福山型筋ジストロフィー症などが有名である。モヤモヤ病も鈴木病と名づけられても異論はでなかっただろう。しかし、モヤモヤ病という名称がつけられたことにより、疾患の病態像が明確になり、インパクトある病名となった。形容詞を用いた同様の病名としては、イタイイタイ病しか思い当たらない。


 モヤモヤのように語の全体あるいは一部を繰り返すことを言語学では重複という。「世界言語のなかの日本語」(松本克己著)を読むと、世界の諸言語の中で、重複形態法を示す言葉は限られている。

世界言語のなかの日本語―日本語系統論の新たな地平

世界言語のなかの日本語―日本語系統論の新たな地平

 ユーラシアの諸言語は、これまでに見てきたいくつかの言語特徴と同じように、その内陸部と太平洋沿岸とが画然と分けられる。

 まず太平洋沿岸部の北方では、環日本海諸語、すなわちギリヤーク語、アイヌ語、日本語、朝鮮語がはっきりとひとつのまとまりを見せ、次いで南方語としては、中国語、ミャオ・ヤオ語、タイ・カダイ諸語、オーストロネシア語、オーストロアジア諸語がやはり連続して重複言語の大きな言語圏を形成している。

 一方、ユーラシア大陸で形態法・造語法上の手段として重複をほとんど用いない語族・言語群を列挙すると、西の方からインド・ヨーロッパ語族セム語族ウラル語族カフカス諸語、チュルク、モンゴル、ツングースを含むすべてのアルタイ諸語、そして上述のチベットビルマ諸語がこれに加わる。

 ユーラシアの太平洋沿岸部を特徴づける重複法は、エスキモー・アリューシャンとナデネ諸語を飛び越えて、その南に拡がるアメリカ先住民諸言語へとつながり、とりわけ太平洋を隔てて対峙する北米大陸の太平洋側に、ユーラシアのそれとほぼ完全に呼応する形で、重複法の集中的な分布圏を作り出している。


 最近、DNA解析を用いて人類史の謎を探ろうという研究が急速に進歩し、日本人のルーツに関する研究も盛んに行われている。松本克己氏は、類型地理論という言語学の手法を用いて、日本語の世界諸語との近縁関係を調べ、その中で、環太平洋諸語という概念を提唱している。孤立語と言われている日本語の近縁関係検討とDNA研究の成果が呼応し、興味深い知見が得られてきている。
 考えてみると、重複法を用いた病名として最も有名なberiberi(脚気)もジャワ語ないしシンハラ語が語源と言われており、重複言語圏に属している。
 リスクマネジメント分野で用いられる「ヒヤリ・ハット」という言葉も、重複法の変形である。重複は環太平洋諸語の特徴の一つであり、「ヒヤリ・ハット」という言葉を幼児語や擬態語と混同し、低次元のものと主張することは日本語の特質を見誤ってるということになる。