銃・病原菌・鉄

 丸善に立ち寄った時、朝日新聞ゼロ年代の50冊」(2000〜2009年)の第1位に選ばれたとのことで、本書が大々的に宣伝されていた*1。題名にも惹かれ、購入した。上下巻あわせ600ページを超える大著である。

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎


 プロローグで、著者は本書の要約を次のように述べ、人種差別的な見解を否定している。

歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的差異によるものではない。


 狭い範囲の歴史学だけでなく、様々な学問の知見を用いて、巨視的な立場に立ち記載されている。医学的分野に関しては、疫学や遺伝学、栄養学の成果が紹介されている。
 例えば、「第3章 スペイン人とインカ帝国の激突」では、「免疫のある人たちが免疫のない人たちに病気をうつしたことが、その後の歴史の流れを決定的に変えてしまった」例として、次のような事例が紹介されている。

  • アステカ帝国は1520年のスペイン軍の最初の侵攻には耐えているが、その後に大流行した天然痘によって徹底的に打ちのめされた。
  • ヨーロッパからの移住者が持ち込んだ疾病は、南北アメリカ大陸の先住民部族のあいだに広まり、コロンブスの大陸発見以前の人口の95%を葬り去ってしまった。


 本書は、言語学の知見を用いて、先史時代の民族の興隆を浮かび上がらせる。オーストロネシア語系の言葉の広がりを探る試みでは、台湾で祖語が生まれた後、インドネシアからポリネシア全域に民族の移動が起こったことを提示している。さらに、同語系がアフリカ大陸東方に浮かぶマダカスカル島に及んでいる不思議さについても言及する。言語学からみた人類史という視点に、推理小説を読むような味わいを感じてしまう。


 もともと歴史好きなのだが、人類史という立場で記載された本書は新鮮であり、一気に読み終えてしまった。医学的興味もそそる。また、リハビリテーション医として失語症に関わる中で、日本語の特殊性を知るためには言語学の勉強をする必要を感じている。その立場からしても、本書はつぼにはまる要素が満載である。