ビフォーアフター「転げ落ちる家」と脳卒中後遺症者の環境調整

 http://asahi.co.jp/beforeafter/list/d00025lgun.phpを観た。「ビフォーアフター」は、問題となる住環境を変更することにより、生活の質が劇的に向上することを映像で示す。今にも朽ち落ちそうな家がここまで綺麗に機能的になるのかといつも驚かされる。
 今回は、昨年5月に脳梗塞になった67歳の女性が住む住宅リフォームがテーマだった。脳卒中後遺症者の環境調整について、思うことがあり、記載する。


 映像をみる限り、女性の生活機能は次のとおりである。左片麻痺重度で両側金属支柱付短下肢装具+4脚杖使用で介助歩行レベルである。端座位保持は安定している。移乗や排泄は自立〜監視ではないかと推測する。会話の状況をみると、著しい高次脳機能障害はない。開頭手術後のためか短髪で帽子をよくかぶっている。夫(63)と2人暮らしである。夫は仕事を退職しており、健康状態にも大きな問題はない。介護力はある。


 重度脳卒中後遺症者の環境調整をする際、以下の5点について対策を練る。

  • ベッド周辺環境
  • 屋内移動手段
  • トイレ・排泄
  • 浴室・入浴
  • 屋外アクセス


 この女性の自宅が抱えている問題は次のとおりであると番組スタッフ及び匠(建築士)は認識していた。

  • 道路からの高さ5m・傾斜角45度の長くて急な鉄製の外階段を下りなければ、玄関に辿り着けない
  • 外階段は、新聞配達員が足を滑らせて転げ落ちたことがあるほどで、踏み板の幅が20cmと狭い
  • 介護が必要なお母さんにとって、窮屈なトイレや風呂場も問題
  • 1階のリビングの窓からは、崖の斜面を固めたコンクリートの擁壁(ようへき)しか見えず、光も差し込まない
  • 家の中の階段には手摺りが無く、寝室である2階は、お母さんが自力で辿り着くことは出来ない


 匠(建築士)は、屋外アクセスに関する工夫を中心に、改造のアイディアを練った。2階を主な生活場所とし、寝室・台所・トイレ・浴室を効率的に配置した。玄関の段差をなくし、道路までのアクセスを工夫した。特に、折り返し型のスロープ設置は大規模なものであり、匠(建築士)の技術の高さを伺わせる。屋内移動時のてすりの設置は高さも含め妥当である。格納式のテーブル、車椅子格納場所の確保など、空間の有効利用はさすがと思わせる。
 ただし、ベッドはこれまで使用していたものをそのまま利用したことから分かるように、課題であるという認識がされていなかった。ベッドに移乗用てすりは設置されておらず、起き上がり・立ち上がり時に支障をきたすおそれがある。しかも、枕の位置からすると、左片麻痺であるにも関わらず、通常と反対の左側から起き上がる構造になっている。なお、浴室、トイレの工夫についてはわずかしか紹介されなかったため、本人の生活機能からみて適切かどうかは判断はできなかった。


 重度障害者が自宅退院する際、環境因子ばかりに目を奪われてはいけない。本人の生活機能、家族の介護能力を評価し、工夫を行っていく。退院前に家屋調査を行い、退院前調整会議などを経て具体化する。さらに、退院後も訪問リハビリテーションなどの評価を継続し、微調整をしていく。入院中のリハビリテーションチームおよび退院後の介護サービスチームが有機的に連携する中で、安定した在宅生活が可能となる。


 本番組で実施された改修は、住宅環境に主眼をおいて行われたものである。本人の生活機能評価をふまえ、さらに工夫が必要であることを認識する必要がある。番組の性格もあるのだろうが、匠(建築士)の技術に焦点を当てたため、関連するリハビリテーションチームが環境調整で大きな役割を果たしていることを見落としている。
 ちなみに、この方が入院していたのは横須賀共済病院であり、知り合いのリハビリテーション科専門医が常勤で勤めている。ベッド周辺環境調整、排泄方法の確認、入浴介護時の工夫、機能維持の工夫などを目指して、退院調整が無事行われたと予測する。リハビリテーション医療関係者からすると、後日談でも良いので、これらの工夫を紹介して欲しいものである。