物理的バリアは克服可能

 先日のエントリー、自らの心理的バリアーに気づかない人々(2009年7月2日)において、物理的バリアを理由として障害児の普通中学就学が断られているという話をした。物理的、制度的、心理的バリアの中で、最も手をつけやすいのが、物理的バリアである。事実、商業施設、公共交通機関バリアフリー化が急速に進んでいる。乗降客が多い首都圏の駅は、ほぼ全てのホームにエレベーターないしエスカレーターが設置されている。物理的バリアの克服は、障害者のためだけではない。小さな子供を抱えた母親、怪我をして松葉杖をついて歩いている若者、足腰が不自由となった高齢者にとって必要不可欠なものである。高齢社会を迎える日本にとって、バリアフリー化は重要なインフラストラクチャーである。


 日本は島国であり、斜面に建設された建物は少なくない。特に港町では、例外なく崖の上に家が立っている。そういえば、宮崎駿の「崖の上のポニョ」も海辺の町が舞台だった。坂で有名なのが長崎である。一度、研究会で長崎を訪れたことがあるが、山にへばりつくような形で住宅が建てられている。狭くて急な坂道の途中で何度も行き違うタクシーに乗っていて、この町で運転するには高い技術がいると感じた。とても、自分で運転する気持ちにはなれなかった。さすが、地元の人が日本一坂が多い町だと自慢するだけのものがある。
 長崎では、この斜面という物理的バリアに果敢に挑戦している。長崎斜面研究会という団体の創意あふれた活動が実を結んでいる。具体的成果は、長崎の「坂に関する雑学」に詳しい。斜行エレベーター、斜面移送機器(リフト)など、坂の町らしい様々な工夫がなされている。グラバー邸にも斜行エレベーターが設置されている。


 当然のことながら、行政の財政的援助が不可欠である。ƒoƒŠƒAƒtƒŠ[V–@‚̉ðàでも触れられているように、国レベルでは制度的バリアの克服が不充分ながら進んでいる。残念なことに、自治体レベルでは温度差が激しい。長崎市は明らかに先進地域である。どちらかというと、都市部の自治体の方が、物理的バリアの解消に熱心である。都会では土地代が高く、入所施設を作るより、公共施設や一般住宅の改修を進めた方が金銭的に容易だからと説明されたことがある。
 下市町中学校の構造をネット上で調べてみた。写真や地図も見たが、長崎と比べると斜面のきつさはたいしたことはない。車いす少女入学拒否について(元町民として)を見ると、内部構造の方がより問題となっている。多少無責任な立場の発言となるが、家屋調査を数多く実施している立場で推測すると、移動関連機器(エレベーター、階段昇降機など)、スロープ設置などで何とかなりそうだという印象を持った。となると、問題はやはり下市町の財政事情ということになる。過疎地域は、バリアフリーの遅れのために住み続ける魅力を失うという悪循環に陥ることになる。都道府県レベルでの対策が必要となる。


 本件では、町政トップ(行政、教育委員会、町議会)の心理的バリアが一番の問題である。心理的バリアは、問題解決能力の不足から生じる。お金がないならないなりに、工夫の仕様がある。障害をもった児童が普通小学校に通っている時期に、専門家に相談していれば、中学校の改修をする時間的余裕はあった。裁判中は、バリアフリー化に手をつけることはないだろう。貴重な中学校生活3年間が無為に過ぎていく。下市町議会は、裁判費用80万円の支出を議決したとのこと。そのお金をもっと有意義に使えたのではないかと残念でならない。