脳卒中痙性片麻痺に対するボトックス使用

 ボトックス(Botox)は、A型ボツリヌス毒素の注射製剤である。ボツリヌストキシンは神経筋接合部などでアセチルコリンの放出を妨げる働きをする。毒素は投与されると直ちに神経終末への取り込みが始まるが、実際に臨床効果が確認されるのは3〜4日後である。最大効果は3〜4週間後に発現され、3〜4ヶ月効果が持続する。


 日本では、1996年に眼瞼痙攣、2000年に片側顔面痙攣、2001年に痙性斜頸、2009年には2歳以上の小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足の適応で承認されている。また、美容外科領域で皺とりにも用いられている。
 Wikipediaをみると、日本以外における適応取得状況はそれぞれである。脳卒中後の痙性麻痺に関しては、ヨーロッパ諸国では上肢麻痺に限っているところが目立つ。一方、オーストラリア、チリ、韓国では、痙縮(成人)という適応が通っている。


 先日行われた第5回ISPRMのKeynote lectureで、脳卒中後の痙性麻痺に対するボトックス使用の研究が紹介された。

[L-109]


Management of spasticity in patients following stroke


Anthony B Ward
North Staffordshire Rehabilitation Centre, University Hospital of North Staffordshire, Stoke on Trent, UK.

 Ward氏のところでは、Spasticity Serviceという部門が院内からの紹介を受けている。ここでは、次のような治療をおこなっている。

  • Physical treatments, including casting and splinting(キャスティングと装具療法を含む理学療法
  • Functional electrical stimulation(機能的電気刺激療法)
  • Botulinum toxin treatment(ボツリヌストキシン療法)
  • Intrathecal baclofen treatment(髄腔内バクロフェン療法)


 部分的な痙性に対し1ヶ月間理学療法を行っても改善しない場合に、Spasticity Serviceへ紹介され、ボツリヌストキシン療法の検討がされる。なお、詳しくは、下記文献を参考にして欲しいとのことだった。
 References: Turner-Stokes L, Ashford S, Bhakta B, Heward K, Moore AP, Robertson A, Ward AB. The Management of Adults with Spasticity Using Botulinum Toxin: A Guide to Clinical Practice. Chapter Five. London. 2008)


 ボトックスが著効した症例が動画で提示された。麻痺側下肢に著しい屈曲痙性があり、移乗時に接地が全くできない。当然のことながら、支えなしでは立位も困難である。その患者が、ボトックス使用後、股関節伸展・膝関節伸展・足関節背屈が可能となり、介助歩行が可能となった。


 なお、ネットで調べたところ、脳卒中で手足が麻痺した豪男性、ボトックス注射で歩けるように 写真3枚 国際ニュース:AFPBB Newsを見つけた。20年以上前に脳卒中に見舞われ四肢が麻痺し歩けなくなっていたオーストラリア人男性が、ボトックス注射を受けたところ再び自分の足で歩けるようになった、という記事である。


 最近は、急性期リハビリテーションが普及した効果もあり、痙性が著しい脳卒中患者は減ってきている。しかし、急性期治療に難渋した症例を中心に、通常のリハビリテーションでは対応困難な痙性麻痺の患者に遭遇することは決して稀ではない。また、美観の問題を考え、金属支柱付短下肢装具に拒否反応を示す女性患者もいる。
 ボトックスが脳卒中患者の痙性対策に利用できないかと以前から思っていた。ISPRMのKeynote lectureを聞いて、その思いを強くしている。