「全国一律不公平」

 要介護認定一次判定の欠陥について論じた本がある。

全国一律不公平―損する人トクする人が出る要介護認定 (ゆたかなくらしブックス (No.4))

全国一律不公平―損する人トクする人が出る要介護認定 (ゆたかなくらしブックス (No.4))


 本書は、介護保険制度施行直前の2000年1月に出版された。要介護認定事業が始まり、全国中に不安が広がっていた時期である。著者のホームページは、介護保険を見守る 公平な要介護認定を 一次判定の問題点である。著書とホームページを参考に、土肥徳秀氏が指摘した問題点をまとめる。


1.コンピュータソフトを使いこなせなかった。
 コンピュータによる一次判定は、「ツリー」という統計ソフトをもちいて作られた。データを同じような傾向をもったグループに分割し樹形モデルを作るという統計手法であり、多変量解析の一種である。
 統計ソフトの進歩によって、理論を知らなくても結果が自然に出てくるようになった。ソフト使用者は、用いた統計手法が適切だったかどうか、不適切な結果が出ていないかどうか吟味する必要がある。しかし、できあがった一次判定樹形モデルは、専門家がみると、統計処理する際の単純ミスが多数確認できる。具体例として、土肥徳秀氏は次のようなものがあげている。

  • 正規性のないデータを樹形モデルにかけた
    • タイムスタディの結果では、「入浴」、「機能訓練関連」、「問題行動関連」には0分の人が多く含まれている。
    • タイムスタディは2日間行われた。調査日に入浴日でなかった人が多く含まれていたため、入浴時間が0分の人が4割もいた。
    • 「ツリー」というソフトは母集団が正規分布であると仮定している。本来なら、入浴日でなかったために入浴介護が0分である人を除外する必要があったが、その手順をふまなかった。このため、樹形モデルで「身の回りの世話」のほとんどの項目で一部介助か全介助という人が、「入浴」介護時間が0.2分のところになってしまった。
  • 樹形モデルにかけた際、剪定を行わなかった
    • 単純に最小の葉が25人という打ち切り条件を設定した。大体上から2段目から3段目までしか意味がないにもかかわらず、それ以下の枝葉を残したため、説明のつかない逆転現象が残った。
  • 順位変数である基本調査項目を名義変数として扱った
    • 例えば、「食事摂取」の項目は、自立・見守りが必要・一部介助・全介助となっており、これらを順位変数として扱うべきだったが、名義変数とした。このため、枝別れのところで、自立・見守りが必要と全介助が同じグループになり、一部介助だけが別になるという意味のない互い違いを生じた。
  • 中間評価項目の得点のつくり方を間違えた
    • 中間評価項目の得点が持つ「状態に関する情報」が大幅に減少し、部分的となり、かつ偏ったものになった。
    • 樹形モデルの説明変数として、基本調査項目とそれからつくられた中間評価項目の得点を混在させた。

 

2.苦し紛れの大慌て、隠し立て、つじつま合わせ

  • 要介護認定一次判定に問題があることを厚生省は知っていた。しかし、1999年当時、「介護保険延期論」が政府部内で起こった。このため、要介護認定システムの修正の時機を逸した。
  • 「食事摂取」の樹形図で、理不尽な互い違いが発生した部分のカテゴリーを入れ替えた。本来なら順位変数にして樹形図をつくり直す必要があった。ところが、つくり直すとロジック全体が変わってしまうため、その後のスケジュールに支障をきたす。そのため、こっそり恣意的変更を行った。
  • 精度の管理も行わなかった。
  • 人はよく失敗をする。その結果として、苦し紛れの大慌て、隠し立て、つじつま合わせなどの「問題行動」を起こす。一次判定は失敗の展覧会といって良い。
  • タイムスタディのデータ調査と整合してみると、一致するのは約30%でしかない。一次判定の性能は30点程度しかない。


 私は、2000年の介護保険制度開始時点より要介護認定審査会委員をしている。多少統計をかじった程度でしかない私から見ても、一次判定ソフトは欠陥品・粗悪品としか表現できない代物である。個々の項目に多数チェックがされていても、非該当や低い認定に留まっている申請者は少なくない。審査会では、「どうしてこの人がこの認定なのでしょうね」というのが口癖になってしまっている。