危機を解く:/2 東大名誉教授・宇沢弘文氏
◇市場原理主義、転換を
−−金融危機の本質を、どう見ますか。
◆市場原理主義の破綻(はたん)だ。1980年代以降の米レーガン政権や英サッチャー政権の経済改革以来、市場原理主義が主流となり、米ブッシュ政権も推進した。その結果「もうける機会があれば、何をしてももうかればいい」という考え方がはびこった。危機は市場原理主義の結末であり、世界経済を破壊した打撃は計りしれない。
◆大統領は33年のグラス・スティーガル法(銀行法)で銀行と証券を分離した。預金を幅広く集める銀行と株式でもうける証券は性格が全く違う。銀行はバブルをあおったが、本来は経済活動が円滑に機能し、人々が安定した生活を営むために基軸的な役割を果たす「社会的共通資本」であり、決して投機に利用されてはならない。この理念を明確にしたのがニューディール政策で、資本主義の歴史上大きな意味を持つ。
−−しかし米国は再び投機に走りました。
◆市場原理主義で規制緩和が推し進められ、銀行は放漫経営になった。今回の金融危機は返済能力の低い人たちに住宅ローンを売りつけ、そのローン債権を加工した金融商品をあたかも安全な商品であるかのように世界中にばらまいた結果だ。
−−規制撤廃による自由な経済活動の保障が必要、との指摘も根強くあります。
◆自由には、市場原理主義の「フリーダム」と、人間の尊厳を守り、市民の基本的権利を尊重し市民的自由を最大限に享受できる社会にする「リバティー」の二つの意味がある。市場原理主義は貧しい人や苦しんでいる人を搾取する。日本も競争原理を導入し医療や教育が荒廃した。
◆自国の経済成長を追求し、「他国はどんな被害にあっても構わない」という論理で、もうけ優先の市場原理主義の発想だった。イラク戦争も含めた米国の単独行動主義はひどかったが、最終的に金融危機という形で跳ね返ってきた。危機を契機に米国の一極支配は終わりを迎えつつある。
−−オバマ新大統領の経済政策は「新ニューディール政策」とも言われています。
◆オバマ氏は志も高く、素晴らしい人物だ。市場原理主義を抜本的に転換し、新たな国際協調の枠組みを再構築するリーダーシップを発揮してほしい。ただ、経済チームには市場原理主義に近いメンバーもいて、実際にどこまで期待できるかは分からない。【聞き手・木村旬】=つづく
危機を解く:/2 東大名誉教授・宇沢弘文氏
宇沢弘文先生は、「社会的共通資本」という概念の重要性を主張している。100年ほど前に,ヴェブレンというアメリカの経済学者が制度主義という考え方を提起した。20世紀後半に入って、「社会的共通資本」という概念をヴェブレンの考え方の中心に据えて経済学の展開が続けられてきている。*1
「社会的共通資本」の中で最も重要なものが医療と教育である。今回、宇沢弘文氏は、銀行も経済の潤滑油として働く「社会的共通資本」であり、投機に利用されてはならないということを明確に主張している。
規制改革の名の下に、銀行が金儲け主義に走ったことが、世界同時不況の原因となった。しかし、市場原理主義の経済学者は、規制緩和が足りないことが問題だということを相も変わらず主張し続けている。深刻な事態になっても誤りを認めない姿勢が傲慢に思えてならない。