歴史を変えた演説

 アメリカ合衆国は、古のローマ帝国になぞらえることが多い。ともに肌の色も言語も異なる多民族からなる国家であり、強大な軍事力をもとに、パクス・ロマーナパクス・アメリカーナという平和と繁栄を誇った。


 バラク・オバマ氏の勝利演説を聞いて、なぜかローマ帝国第4代皇帝クラウディウスのエピソードを思い出した。*1

歴史を変えた演説


クラウディウス帝の時代のローマは世界帝国としての体制を確立しつつあったが、元老院議員たちは本国生まれでないガリア人などに元老院議席を与えるのに反対していた。長年の政争・内乱で没落した名門貴族らは、元老院議員としての権威までもを失うのを拒んだからである。そこでクラウディウスは次のような演説を行って元老院議員を説得し、ガリア人の元老院入りを納得させた。

予個人の先祖の中でも、その最も古いクラッススは(ローマ人ではなく)ザビーニ族の出身である。しかしローマ人は彼とその一族にローマ市民権を与えただけではなく、同時に彼に元老院議席を与え、ローマ貴族の列に加えた。この先人たちの例に励まされて予はこれと同じような方針を国家の行政面に応用すべきだと考える。それは出身地や出身部族を問わず、皆この首都に移植させ、(敗者として扱うべきではなく)優れた者であれば、政治の中央に関与させるということである。われわれは(カエサルなどの)ユリウス一門が3代目の王に征服されたアルバからの移住者であることを知っている。(大カトーや小カトーなどの)ポルキウス一門の出身地が(紀元前380年になってからローマ市民権を与えられた)エトルリアであることも周知の事実だ。このように優秀な人材であれば出身地や出身部族を問わず、イタリア全土から元老院に迎えられたのがわれわれの歴史なのである。


(中略)


元老院議員諸君、現在諸君がたいそう古いと思っているものは、かつてはみな新しかったのだ。例えば、国家の要職もローマの貴族に続いて、ローマの平民が、平民の後でラティニ族が、ラティニ族の次には、その他のイタリアの諸部族に門戸が開放されたのだ。議員諸君、今われわれが議論しているガリア人への門戸開放もいずれローマの伝統になるに違いない。そして今日われわれはこの問題を討議するうえで、いくつかの先例をあげたが、この問題もいずれは先例の一つとしてあげられるようになるだろう。


1528年、フランスのリヨンで青銅版に刻まれたこの演説の原文が発見されたことで、従来は虚弱な暗君と思われてきたクラウディウスの評価は一変した。歴史家としての側面を強く感じさせる具体例に富んだ文面からは、クラウディウスの機知と教養がうかがわれる。この演説は「ローマが人類に残した最大の教訓」とまで言われ、後世の人権思想を押し広げる際に度々引用された。アメリカ第3代大統領のトマス・ジェファーソンはこの演説文を読んだ翌日に所有していた黒人奴隷を全て解放したという。


こうして、カエサルによって議席を与えられつつもアウグストゥスによって元老院から排斥されたガリア人らは完全にローマの一員となり、同化していった。これ以降、ローマは真の意味での世界帝国となっていく。


 門戸を開放したローマ帝国は危機に陥るたびに、新たな指導者層が出現した。五賢帝として名高いトライアヌス帝は属州だったスペイン出身である。アフリカ属州出身の皇帝も生まれた。
 オバマ大統領の誕生は、病めるアメリカ合衆国にとって必然の選択だった。気になるのは、Change(変革)を推進しようとする時に生まれる既得権益者の反発である。大統領の任期をオバマ氏がまっとうできなくなる事態が生じないことを祈る。